【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢

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本編

第29話 死なず人だ(2)(SIDEアグニ)

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 穢れを払う浄化の一種だ。竜が聖なる生き物と分類される理由の一つが、この魔法の存在だった。怨嗟や憤怒が絡みつく人間の憎悪を、簡単に消し去ることができる。

 動物や植物を含めた人間以外の種族は、他者への憎悪を長く保てなかった。すべて吐き出してしまうのだ。漂う穢れを嫌う竜種が、有り余る魔力でそれを浄化する魔法を覚えたのは……まあ掃除の一環だったのだろう。己の住処を快適に整えるための手段だ。それを他種族が褒め称えたのが始まりらしい。

「これでフランカやティファを心配させずにすみます」

 綺麗な姿に戻ったエミリオは表情を和らげた。足元に転がるクラウディオは気を失ったのか、指一本動かない。紫の光を吸い込んだ額に、歪な模様が浮かんでいた。

「ありがとうございます。アグニ、彼は……」

 どうなるのか。今後の処罰を問うエミリオは途中で言葉を切った。

 足元の虫けらを見つめる俺の赤い瞳は鋭く、嫌悪感も含まれる。視線を交わした先で、エミリオが首をかしげた。尋ねる所作に答える。

なずびとだ」

 滅多に聞かぬ単語だが、竜に関わる伝説に記載がある。死なずの言葉通り……人の輪から外れた死ねない存在だった。人が望む不老不死ではなく、老いるのに死ねない。身体が老いて動けなくなり、石のように固まっても死なずに生かされる呪いだった。

「竜の重罪人は死なずの呪いを受ける。決して死ねず、かと言って自由に動くことも出来ず、いくつかの山には今も彼らが眠っているであろう」

 過去の記憶を懐かしむように饒舌になった俺は口角を持ち上げた。何匹もの竜がその罰を受けている。クラウディオの額には、紫の模様が刻まれた。それは魔法陣と呼ばれる文様や記号であり、興味深そうに額の模様を眺めたエミリオが呟く。

「この文字は見覚えがあります」

「竜の乙女が手記に残したか」

 後ろの牢でけたけたと笑い声をあげる壊れた国王を振り返り、狂った様子に顔をしかめた。この程度の罰で狂気に逃がす気はない。正気のまま苦しませるのが罰だ。時間を戻す治癒は母が得意だった。頼むなら彼女だろう。

 邪魔をしないよう待つエミリオに向き直り、階段の上を示す。

「白青の髪を持つ竜を迎えてくれ」

「はい」

 頷いたエミリオが牢番に合図をした。牢番は目の前で起きた超常現象に目を瞬かせていたが、慌てて階段を駆け上がる。この場に長くいたくないらしい。案内が終われば外へ出してしまった方がいいだろう。善良な人間には刺激が強すぎたか。

 算段をつけるエミリオの横顔を見ながら、意識下で仲間との打ち合わせを続けた。

「随分と待たせましたね。アグニ、陛下が苛立っておいでよ」

 降りてくるなり文句をつけた母竜は、膝まで届く白青の長い髪を三つ編みにしながら肩を竦めた。尋ねるまでもなく竜帝テュフォンを指した言葉だ。言われるまでもなく、共有した意識に棘をまき散らす竜帝の感情は伝わっていた。

「わかってる」

「それならいいわ。私はこれをいいのね」

 意識を共有した竜同士は、互いの考えや行った罰は伝わる。場合によっては視界や感情まで共有するため、この場で起きた事象は承知していた。

 逃げ損ねて狂った国王へ小さな呪文の紐を編んで絡めた母マリエッラは、少しするとリボンを消す。対象物に干渉し、物質に残る時間の経過を曖昧にした。自我を手放す前まで精神を引き戻された国王が「ひっ」と悲鳴をあげて、甥のエミリオから逃げようとする。

 よほどひどい捕らえ方をしたようだ。それでこそ我らの輪に加える価値がある。

 鼻先をそぎ落とされた醜い男の顔に、白青のマリエッラは「この顔も直すの?」と尋ねた。先ほどから治癒を意味する「治す」ではなく、物を修復する「直す」を使用する彼女も、この場の罪人をモノとして扱っている。

 残酷なほど優先順位がはっきりした竜の性格を厭うことなく、エミリオが笑みを浮かべた。人の中で浮いてしまうほど愛する家族と婚約者を優先するエミリオの気質は、身内を重視する竜の特性そのものだろう。

「この顔は放置しましょう」

 いつまでも醜い姿で這いつくばればいい。そんなエミリオの発言に、俺たちはくすくす笑って同意した。
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