2 / 9
1、
しおりを挟む
「雨笠さんって、ホントに恋人いないんですか?」
「いないよ。なんで?」
資料室から引っ張り出してきた外回り用のファイルを、杉田が机にぶちまける。
それを拾い読みしながら、適当に流す。
「だって、そんだけ中身はイケメンで、彼女も彼氏もいないって、おかしいでしょ。普通」
中身は、は余計だ。
今年から仕事を組み始めた入社二年目の杉田は、根は良いやつかもしれないが、何分、話したがりだ。
まあ、営業向きではあるが。
「そういうお前は…、例の彼女とはどうなったんだよ」
杉田の顔が、デレッと垂れ下がる。
「いや、も。聞いて下さいよ~」
本題はそっちか。
つまりは、彼女との話を聞いてほしかったわけだ。
そのあと、延々、彼女の惚気話に移行しそうだったので、適当なところで話を戻す。
「それで、今度の企画会議に出す提案書に使えそうな物は見つかったのか?」
「あ~、たぶん大丈夫っす。あざっす」
以外とあっさりしている。
「昼どうします?」
「すまん。今日は先約がある」
「ええ~。今月、金欠だから雨笠さん頼みだったのに」
「そいつは悪かったな。例の彼女に、手料理でも振る舞ってもらえるよう、頑張れ」
会社を出て、待ち合わせの店に向かう。
愛想のいい店員に個室へと案内され、久しぶりに顔を合わせた。
「待ったか?」
「今、来たから。ごめん。仕事なのに…」
「それは、お互い様…だろ?」
冬の外気のまとわりついたコートを脱ぐ。
十六で芸能界入りした青磁と俺は、今は別々に暮らしていた。
「卒業祝い、…考えたか?」
「……まだ」
今年で、高校卒業。
時がたつのは、本当に早い。
「早くしないと、締め切るぞ」
冗談めかしてせっつく。
青磁が、むぅとでも擬音が付きそうな顔で押し黙る。
身体は年相応にデカくなっても、そういうところは相変わらずか。
ふ、と口元が緩む。
子供の望めない自分が、息子を持ったような気になる。
「――紺さんは、おれにして欲しいことってないの?」
「うん?お前に?」
「うん。もうすぐ誕生日…でしょう?」
「ん~。そうだなぁ、考えとく」
「…早くしないと、締め切っちゃうよ?」
ふと、青磁が柔らかくほほ笑む。
やり返された。
「……ったく。どこで覚えてくるんだ」
わざと拗ねたようにすると、クスクスと笑いを深めた。
ガシャンッと、グラスか何かが割れる音が、壁越しに聞こえてくる。
続いて、慌ただしい店員の声。
個室から顔を出し、通りすがった店員に、
「何かありましたか?」
と、声をかける。
店員が頭を下げ、
「すみません。お客様の中に、番のパートナーでご来店された方がいらっしゃったのですが、ど うも、相手の方が、ちょうど発情期中だったらしく…」
お騒がせして申し訳ありません、と、もう一度、頭を下げて足早に立ち去る。
「…発情期か。それは、災難だったな」
店側にとっても、そのカップルにとっても。
抑制剤や安定剤を飲んでいても、フェロモンを抑えきれずに、往来で立ち往生したオメガやアルファの不慮の事故は、未だにちらほら聞く。
医療がだいぶ発達したとはいえ、未だによく解明されていない部分が多い、男女の性差から、さらに派生してホモサピエンスに備わった、オメガバースという、性。
環境の変化による生殖機能の変化とも提唱されているが、何よりもまだ歴史が浅く、医療も法も、昨今、ようやく整備されてきた。
空調を介してか、かすかに甘い香りが漂ってくる。
これは、例のカップル、どちらかのモノだろうか?
「紺さん、ひょっとして、におう?」
「…ちょっとな。青磁、お前は?」
首をフルフルと振る。
そう言えば、青磁はいつ、初ヒートが来るだろう?
目の前の若者を、ちらりと盗み見る。
大体、第二次性徴に伴ってバースも固まっていく…とは、テレビのワイドショーの受け売りだが。
今のところ、そういう気配がまったくない。
一応、中学の一斉検診では、オメガと診断されたから、もうとっくに来ていてもおかしくないはず。
自分の時は…、と考え、やめた。
自分の時も、何も…。
「…紺さん?」
青磁が、訝しそうに首を傾げていた。
「いや…、なんでもないよ」
笑ってごまかす。
そうしているうちに、料理がきた。
「いないよ。なんで?」
資料室から引っ張り出してきた外回り用のファイルを、杉田が机にぶちまける。
それを拾い読みしながら、適当に流す。
「だって、そんだけ中身はイケメンで、彼女も彼氏もいないって、おかしいでしょ。普通」
中身は、は余計だ。
今年から仕事を組み始めた入社二年目の杉田は、根は良いやつかもしれないが、何分、話したがりだ。
まあ、営業向きではあるが。
「そういうお前は…、例の彼女とはどうなったんだよ」
杉田の顔が、デレッと垂れ下がる。
「いや、も。聞いて下さいよ~」
本題はそっちか。
つまりは、彼女との話を聞いてほしかったわけだ。
そのあと、延々、彼女の惚気話に移行しそうだったので、適当なところで話を戻す。
「それで、今度の企画会議に出す提案書に使えそうな物は見つかったのか?」
「あ~、たぶん大丈夫っす。あざっす」
以外とあっさりしている。
「昼どうします?」
「すまん。今日は先約がある」
「ええ~。今月、金欠だから雨笠さん頼みだったのに」
「そいつは悪かったな。例の彼女に、手料理でも振る舞ってもらえるよう、頑張れ」
会社を出て、待ち合わせの店に向かう。
愛想のいい店員に個室へと案内され、久しぶりに顔を合わせた。
「待ったか?」
「今、来たから。ごめん。仕事なのに…」
「それは、お互い様…だろ?」
冬の外気のまとわりついたコートを脱ぐ。
十六で芸能界入りした青磁と俺は、今は別々に暮らしていた。
「卒業祝い、…考えたか?」
「……まだ」
今年で、高校卒業。
時がたつのは、本当に早い。
「早くしないと、締め切るぞ」
冗談めかしてせっつく。
青磁が、むぅとでも擬音が付きそうな顔で押し黙る。
身体は年相応にデカくなっても、そういうところは相変わらずか。
ふ、と口元が緩む。
子供の望めない自分が、息子を持ったような気になる。
「――紺さんは、おれにして欲しいことってないの?」
「うん?お前に?」
「うん。もうすぐ誕生日…でしょう?」
「ん~。そうだなぁ、考えとく」
「…早くしないと、締め切っちゃうよ?」
ふと、青磁が柔らかくほほ笑む。
やり返された。
「……ったく。どこで覚えてくるんだ」
わざと拗ねたようにすると、クスクスと笑いを深めた。
ガシャンッと、グラスか何かが割れる音が、壁越しに聞こえてくる。
続いて、慌ただしい店員の声。
個室から顔を出し、通りすがった店員に、
「何かありましたか?」
と、声をかける。
店員が頭を下げ、
「すみません。お客様の中に、番のパートナーでご来店された方がいらっしゃったのですが、ど うも、相手の方が、ちょうど発情期中だったらしく…」
お騒がせして申し訳ありません、と、もう一度、頭を下げて足早に立ち去る。
「…発情期か。それは、災難だったな」
店側にとっても、そのカップルにとっても。
抑制剤や安定剤を飲んでいても、フェロモンを抑えきれずに、往来で立ち往生したオメガやアルファの不慮の事故は、未だにちらほら聞く。
医療がだいぶ発達したとはいえ、未だによく解明されていない部分が多い、男女の性差から、さらに派生してホモサピエンスに備わった、オメガバースという、性。
環境の変化による生殖機能の変化とも提唱されているが、何よりもまだ歴史が浅く、医療も法も、昨今、ようやく整備されてきた。
空調を介してか、かすかに甘い香りが漂ってくる。
これは、例のカップル、どちらかのモノだろうか?
「紺さん、ひょっとして、におう?」
「…ちょっとな。青磁、お前は?」
首をフルフルと振る。
そう言えば、青磁はいつ、初ヒートが来るだろう?
目の前の若者を、ちらりと盗み見る。
大体、第二次性徴に伴ってバースも固まっていく…とは、テレビのワイドショーの受け売りだが。
今のところ、そういう気配がまったくない。
一応、中学の一斉検診では、オメガと診断されたから、もうとっくに来ていてもおかしくないはず。
自分の時は…、と考え、やめた。
自分の時も、何も…。
「…紺さん?」
青磁が、訝しそうに首を傾げていた。
「いや…、なんでもないよ」
笑ってごまかす。
そうしているうちに、料理がきた。
79
あなたにおすすめの小説
楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………
息の合うゲーム友達とリア凸した結果プロポーズされました。
ふわりんしず。
BL
“じゃあ会ってみる?今度の日曜日”
ゲーム内で1番気の合う相棒に突然誘われた。リアルで会ったことはなく、
ただゲーム中にボイスを付けて遊ぶ仲だった
一瞬の葛藤とほんの少しのワクワク。
結局俺が選んだのは、
“いいね!あそぼーよ”
もし人生の分岐点があるのなら、きっとこと時だったのかもしれないと
後から思うのだった。
ランドセルの王子様(仮)
万里
BL
大学生の森下優太(20)は、ある日の夕暮れ、ひったくり犯に襲われ絶体絶命のピンチに陥る。そんな彼を救ったのは、鮮やかなシュートで犯人を撃退した小学生の少年、日向蒼だった。
ランドセルを背負いながらも、大人顔負けの冷徹さと圧倒的なカリスマ性を持つ蒼。その姿に、優太はあろうことか「一目惚れ」をしてしまう。「相手は小学生、これはただの尊敬だ」と自分に言い聞かせる優太だったが、蒼のクールな瞳と救われた手の温もりが頭から離れない。
親友には「自首しろ」と呆れられながらも、理性と本能(ときめき)の狭間で葛藤する。禁断(?)のドキドキが止まらない、20歳男子による「かっこよすぎるヒーロー(小学生)」への片思い(自認はリスペクト)。
泡にはならない/泡にはさせない
玲
BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――
明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。
「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」
衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。
「運命論者は、間に合ってますんで。」
返ってきたのは、冷たい拒絶……。
これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。
オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。
彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。
——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる