幻獣を従える者

暇野無学

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081 潜入

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 「お探しのヒンメル伯爵とツアイス伯爵の馬車は見掛けておりません。それらしき人物が国境を越えたとの報告も受けていません。ただ、此処は国境から離れていますし、クラウディオ王国の使者や外交団の通過もありまして」

 「馬車の中までは確認出来ないって事ですか」

 「そうです。連絡を受けて国境を越えたクラウディオ王国関係の馬車を調べさせましたところ、明らかに数が多いのです。往復で14台、国境警備隊の責任者の報告では、イザークとマルゼブの間を往復している馬車もあったそうです」

 「そうすると、ロンベルト領に入る前に馬車は捨てたとみて間違いなさそうですね」

 「そうですね。領境のサントスで乗り捨てれば私の所へ報告が来ますので」

 「国境を往復した不審な馬車に乗っていたとすれば、手遅れか」

 「監視が徹底しておらず、申し訳ありません」

 「それは仕方がないでしょう。警備兵達も、お互い相手方と通じている者も多いはずでしょうから」

 「確かに、イザークとマルゼブ双方に親族がいる者も多いですので」

 苦笑いで答えるブリスト伯爵も、それを利用してクラウディオ王国側の情報を得ているはずだ。
 現在のところ、対岸のマルゼブの町に居る者から異変を知らせる報告は無く、平和なものですと伯爵は笑っている。

 * * * * * * *

 スザンヌでぼんやりしているのも暇なので、イザークの町と国境を確認するために移動する事にした。
 クレメンテの街まで一日、そこからイザークまでは半日ちょいの距離なので、ブリスト伯爵の馬車を借りて移動する。
 アッシュとグレイにウルフ二頭を従えた馬車は目立つために騒ぎになるが、ブリスト伯爵が付けてくれた護衛がいるので問題はなし。

 イザークの町で一日イザーク砦内や町の周辺を散策して、地形を頭に叩き込む。
 安易な命名だが、砦名を聞けば何方の国の砦か一発で判る。
 イザーク砦は50m四方程度の大きさで、国境検問所の宿舎も兼ねた物で総勢120名。
 此は双方の取り決めで、大きさや人数が決まっていると教えてくれた。

 その為に俺達は砦には泊まる事が出来なくて、町の近くに土魔法のドームを複数造り拠点にする。
 一つは俺達用で、もう一つはヘイラート様とブリスト伯爵が付けてくれた世話係の為に、そして20名の護衛達の宿舎と馬車や馬を囲っておく高い塀を作っておく。

 砦から国境の川までは馬で30分少々の距離なので、国境を守る警備兵の案内でアッシュとグレイと共に見物に向かう。
 川幅は50m前後あり深さは胸の高さ程度との事で、荷馬車の通れる木橋が架かっていて濡れる事はない。
 橋のたもとに小屋と簡単な木柵の検問所があり、警備員は砦から通ってきているそうだ。
 日の出から日没までが通行可能で、濡れるのを厭わなければ密入国は自由といったところか。

 数日ドームに籠もり、時に気が向けばアッシュやグレイと共に草原を駆けて気晴らしをするが、ファングとウルファはお留守番。
 ヘイラート様や世話係も近づけるなと命じている。
 ヘイラート様は、提供した酒と美味しい肉とつまみを食べてのんびり過ごしていて、護衛達が交代で周辺警戒をしている。
 当然町の人達の注目の的だが、公爵家嫡男とあって誰も近寄って来ない。

 * * * * * * *

 「ヘイラート様、一週間前後の予定ですので宜しくお願いします」

 「グレイだけを連れて行かれるのですか」

 「アッシュは目立ちすぎますからね。それにフラッグもいますので大丈夫ですよ」

 野営地周辺が暗くなってから、グレイに掴まりジャンプしてドームから離れると、国境検問所から見られない場所を目指す。
 夜だが久々に隠形を纏いグレイの後に続いて歩くが、フラッグがフードの中から後方を警戒しているのでお散歩気分。

 国境の川はグレイに掴まって飛び越し、クラウディオ王国側のマルゼブの町を目指す。
 夜明け前には地面に掘った穴の中で眠り、日が落ちるとマルゼブ周辺を探る。
 ブリスト伯爵の言葉通り異変はなさそうなので、マルゼブの一つ先クロデイの街を目指してて街道を駆ける。
 夜の移動は人影も無く、時に出会す野獣もグレイとフラッグがストーンアローで撃ち抜き埋めてしまう。

 夜の街道が此程快適だとは知らなかった。
 此ならアッシュと共に走っても騒ぎが起きる心配がないので、今後の移動は夜にした方が良さそうだ。

 クロデイの街に着いて一眠りし、朝一番にグレイを残して街の入場門に並んだまでは良かったが、ギルドカードが無い。
 持っているのはホールデンス公爵様と王国の身分証の二枚に、商業ギルドの会員カードのみ。
 こっそり列を離れてみたが、同じ様に列に並ぶ者達からの視線が痛い。

 「お前、どうして列から離れるんだ?」

 「あー、ちょっと用事を思い出したので、戻らなくっちゃ」

 声を掛けて来た奴は俺の言葉など信用していないのが丸わかりだが、興味を無くした風を装って横を向いた。

 《グレイ、聞こえる?》

 《あい、ランディ》

 《魔力二つのファイヤーボールを思いっきり上に打ち上げてよ》

 《一つだけ?》

 《そう、お願い》

 列から離れて歩き出した後ろで〈パーン〉とファイヤーボールの破裂音が響いた瞬間、魔力を込めた隠形で姿を隠して回れ右。
 俺に声を掛けて来た奴とその仲間が警備兵の所へ行き、俺の居た方を指差して何事かを伝えている。

 隠形を久し振りに使うので慎重に動き、入場門の傍らに座って様子を見る。
 列に並ぶ農夫や冒険者達は誰一人気付いた様子がなく、此ならとゆっくりと立ち上がり人の流れに身を任せて街の中へ入る。

 後ろでは「本当なんですよ。見た事もない野郎が一人でいたんですよ」何て言っている声が聞こえてくる。
 男の仲間達も「間違いなく居たんだけど」とか「俺達よりよっぽど良い服を着ていました」なんて言っている。

 興味が湧いたので暫く警備兵の近くで聞き耳を立てていると、どうやら見知らぬ者や不審者を見掛けたら届け出るようにとのお達しが出ている様だ。
 報告者には銀貨一枚の褒賞金がもらえる様で、その為に報告した男達が「知らせたのだから金を寄越せ」と警備兵に詰め寄り、「誰もいないのに金など払えるか!」と怒鳴られている。

 どうやら隠したい物があるの様なので、この街を捜索する事にした。
 冒険者ギルドと代官の屋敷に警備兵の宿舎や訓練場を覗いてみたが、不審な点はなし。
 なら街の外かと思い三日がかりで捜索したが収穫はなし。
 ただ、あの時の男達を見掛けたので後をつけて行き、ゴブリン討伐後魔石を抜き取っている所を狙って捕獲。
 土魔法使いが二人、二頭もいると便利で助かる。

 〈痛てっ〉
 〈ウッ〉
 〈何だ、此って?〉
 〈たっ、立てねえぞ〉

 両足の太股や脹ら脛にストーンニードルを射ち込まれて、訳が判らずに騒ぐ奴等を、後ろから殴りつけて静かにさせる。
 総勢七人だが、どう見てもEランクかFランクの様で、稼ぎが悪そうだ。
 静かになった奴等の前で姿を現すと、呆気にとられてポカンとしている。

 「よう、稼いでいるかい」

 「だっ、だっだ、誰だ?」

 「誰って、この間お前達が警備兵に売り渡そうとした不審者だよ。忘れたのか」

 「あっ、あの時の奴か!」

 「そうそう、覚えていてくれた様なら話が早い。何故俺を警備兵に売ろうとしたんだ」

 俺の質問に、お互いが顔を見合わせて気まずそうにしている。
 言いたくないのなら、喋りたくなる様にしてやるのが手っ取り早い。

 マジックポーチから金貨を取り出して、目の前で弾いて見せる。

 弾かれた金貨が、キラキラと輝きながら掌の上に落ちてくる。
 次いでもう一枚取りだして弾くと、奴らの目は金貨に吸い寄せられて離れない。

 「何故警備兵は不審者を捜しているんだ。教えてくれたら・・・」

 そう言ってもう一枚金貨を取り出して指で弾くが、今度は一番トロそうなそうな奴に向けて弾いた。
 慌てて受け止めると、掌の金貨を嬉しそうに握りしめている。

 「まだお前の物じゃないぞ。さっきの質問に答えたらお前の物だ」

 「おっ、俺が喋る! 喋ったらそれをもらえるんだよな」

 「ああ、喋ったらな」

 「クロデイとバリシアの間、クロデイ寄りの草原に」
 「貴族達の兵士が集まっているんだ! 喋ったから金貨をくれ!」
 「俺の金貨を横取りする気か!」
 「此の辺りの貴族の騎士や兵隊達が大勢集まっていて・・・」
 「演習だと言っているが、俺達が近づくと追い払われるんだぜ。さぁ、金貨を寄越せ!」

 「静かにしろ! 俺の質問に答えてくれたら、一人一枚の金貨をやるよ」

 「本当だな!」
 「何でも聞いてくれ」
 「冒険者ギルドから幻獣使いを集めているぞ」
 「おお、奴等は一日銀貨三枚を貰っているって話だ」
 「でも訓練に参加して、役立たずは直ぐにお払い箱だとよ」
 「貴族の魔法部隊の奴も大勢いて、攻撃訓練をしていて煩いので誰も近寄らないけどな」
 「あんなに煩くすれば、獲物が全部逃げてしまわぁ」
 「というか、俺達が近づけば追い払われるけどな」

 「どれ位の数が居るんだ?」

 「知らねえよ。色んな貴族の紋章があるので、沢山としかなぁ」
 「おお、見た事もない紋章もあるぞ」

 知りたい事は判ったので、それぞれに金貨を投げてやると嬉しそうに受け取るが足の痛みで正気になる奴もいる。

 「此って、あんたがやったのか?」

 「ああ、それはストーンアローの小さい奴で、思いっきり引っ張れば抜けるぞ」

 自分で抜き取る者、恐くて仲間に頼んで抜いてもらっている奴。
 痛みよりも手の中の金貨を大事そうにポケットに入れる奴と様々だが、一言注意しておいてやる。

 「街に戻って金貨を見せびらかせば、警備兵が飛んで来て何処で手に入れたのか尋問されるぞ。下手すりゃ取り上げられて終わりだな」

 「それじゃー使えないって事か」
 「どうすりゃ良いんだよ」

 「冒険者の店にでも行って、何かを買って金貨で支払えば良いのさ。その時は、一度に一人か二人にしておけよ」

 俺の言葉を聞いて、嬉しそうに金を使う相談を始めた奴等の前から姿を消して、クロデイの向こうバリシアを目指した。
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