幻獣を従える者

暇野無学

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082 開戦

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 クロデイの街からバリシアの街へ向かうと、奴等の話したとおり街道から外れた草原に多数の見張りが立ち、野営用のテントが立ち並んでいた。
 グレイ共々人目に付かない様に地面に掘った穴の中で寝て過ごし、夜になるとフラッグと闇に紛れて偵察して回る。

 闇に潜み、万が一の時のバックアップ要員のフラッグをフードの中に潜ませて、隠形で姿を消して野営地を徘徊する。
 一際警備の厳しい土魔法のドームが有り、入り口近くで聞き耳を立てる。
 話の内容からホールデンス王国への侵攻に間違いなさそうだ。

 バテスト街道はブリスト伯爵の領地を抜ければ、ヒンメル伯爵の領地までは一気に行ける、などと盛り上がっている。
 そして国境を越えたイザークの町に俺達が居る事を知っているが、強力な魔法を使う幻獣と謂えども無敵ではない。
 周辺貴族から集めた魔法部隊と幻獣使い達の一斉攻撃を加えれば、簡単に倒せるさ、と笑っている。

 この戦はバテスト街道沿い主要貴族三家の反撃は無いので、上手く行けばホールデンス王国の王都カンタスを蹂躙できるかもと、夢を膨らませている。
 此処でその夢を潰しても良いが、そうなるとホールデンス側の反撃とは受け取られないかも知れないので、国境を越えるまでは夢を見させておく事にした。

 夜の闇を利用して国境を越え、ヘイラート様のドームにお邪魔して偵察の報告をしておく。

 「ランディス殿は、クラウディオ軍が国境を越えるまで放置しておくのですか」

 「楽しい夢を見ているのです。目覚める迄は楽しませてやりましょう。目覚めたら焼け野原の中に立っている事になるのですから。他国を侵略することが如何に高く付くのか教えておかねば、懲りずに同じ事を繰り返しますからね。明日は此処を引き払い、スザンヌまで下がりましょう」

 * * * * * * *

 俺達がスザンヌに戻って十日目に、ブリスト伯爵が放っている者から、クラウディオ軍がマルゼブの町に向かって移動を開始していると知らせてきた。
 王都を出発してスザンヌに到着したのが31日後で、周辺散策と偵察で十日、スザンヌに戻って十日。
 途中で十日以上引き返したり停滞していたので結構日数が経っている。
 ヒンメル伯爵が逃げ込んでから街道沿いの貴族に出兵を命じたのなら、割合素速い動きなんだろうな。

 「ランディス殿、迎え撃つ準備を」

 「あー、ブリスト伯爵様は後始末の準備をお願いします」

 「ランディス殿と幻獣の事は宰相閣下より連絡を受けていますが、クラウディオ王国軍は万に近い数と報告を受けています」

 「ブリスト伯爵殿、彼とグレイに任せておけば宜しいですよ。グレイが本気を出せば、国境の砦など一発で消し飛びます。下手に近寄れば、巻き添えで死にますよ」

 「そんなに?」

 「手加減したファイヤーボールを見ましたが、それでも砦やこの館を吹き飛ばす威力は有ります。国王陛下も宰相閣下も、兵を寄越すと言ってこないのはそう言う事です。ランディス殿に任せましょう」

 「相手が国境を越えて砦を攻撃するか、迂回して進撃を始めたら攻撃します。砦の責任者には予定通り籠城していてもらいます。俺達はイザークの手前で待機しますので、くれぐれも連絡係以外は近づかない様にして下さい」

 「承知致しました。ご武運を」

 深夜伯爵邸を抜け出し、人気の無い場所の防壁を転移魔法ですり抜けてイザークの町に向かった。
 万に近い軍の移動だ、クロデイの街を抜けマルゼブの町に集結するまでには、早くても4、5日は掛かるだろう。
 両国の砦周辺の地理は把握済みだし、やることは単純なので人に見られない様に待つだけだ。

 * * * * * * *

 イザーク砦から少し離れた藪の下、地下トンネルの中でのんびりとしているとファングから知らせが来た。

 《ランディ、人族が枝を振り回しているよ》

 《驚かせない様にゆっくりと近づくんだぞ。枝を置いたらそれを持って来て》

 連絡係の男はイザーク砦から離れた場所で、教えられた藪を見つけると木の枝を振りながらゆっくり進む。
 藪の近くからグレイウルフが姿を現すと、恐れる風もなく近づいて来る。
 群れでなく一頭のみで首に赤い布が巻かれているのを確認すると、グレイウルフに見える様にゆっくりと枝を置き後ろにさがる。
 グレイウルフは置かれた枝を咥えると、男には何の興味も示さずに背を向けて歩き出した。

 ファングが咥えて来た枝に結ばれた文を開くと、クラウディオ王国軍はマルゼブの背後に集結中で、2、3日中に進軍を開始する模様と書かれていた。
 やれやれ、王都を旅立ってから二月近くかかってやっとかよと思う。

 今のところホールデンス王国とはお互いに干渉せず平和なので、此の国が乱れるのは好ましくない。
 それに他国に侵攻しようって国に行けば、俺達を利用しようと煩いだろう。
 ホールデンス王国に隣接する三国のうち二カ国が非友好的とはねぇ。
 此処で力を示しておけば、他の勢力も迂闊に近づいてこないだろう、と思う。

 砦の上に立つ旗竿には、ホールデンス王国の紋章が描かれた幟がはためいているが、今日は幟の下に赤い三角の旗が付いている。
 その夜、ウルファがイザーク砦の壁の灯りが三個並んでいると教えてくれたので、アッシュとウルファにフラッグを送り出した。
 俺はグレイと二人、のんびりとファングからの連絡を待つ。

 月も沈み東の空が白み始める頃に、ファングから灯りの一つが点滅していると知らせてきた。
 ファングはお留守番で、グレイと二人予定地点に向かい待機する。
 薄明かりの中イザーク砦を取り囲むクラウディオ王国軍と、砦を迂回してイザークの町に向かう隊列に分かれて進軍してくる。
 少数の軍とは言え、砦からの攻撃を用心している様だが前を見ろと言いたい。

 クラウディオ王国軍の先頭が、イザーク砦と町の中間点にさしかかった時に、グレイがイザーク砦上空に向けてファイヤーボールを打ち上げた。

 〈ドーン〉 〈ドーン〉 〈ドーン〉

 * * * * * * *

 《合図よ。フラッグは確り掴まっていなさい。ウルファは離れない様にね》

 《はい、アッシュママ》
 《未だ守らなくても良いの?》

 《ランディスが攻撃してからよ。敵が逃げてきてからね》

 《アッシュママ、始まったみたいです》

 遠くイザーク砦の方角が赤く明滅し、遠雷の様な爆発音が聞こえてくる。

 * * * * * * *

 「ん、何だ?」

 「此の辺りに敵軍はいない筈です」

 「イザーク砦の方に変化は・・・」

 突如上空が真っ赤に光り、次の瞬間〈ドォーン〉と轟音が轟き、爆風によって地面に叩きつけられた。

 〈敵襲!〉
 〈攻撃だ! 伏せろー〉
 〈何処からの攻撃だ!〉

 〈ドォーン〉 〈ドォーン〉 〈ドォーン〉

 「凄いファイヤーボールだぞ」

 「隊長、先頭集団が総崩れになっています!」

 「踏みとどまらせろ! 強力なファイヤーボールでも、当たらなければただの音だけだ。行けー、進めー!」

 グレイに魔力は三つと言いつけて頭上にファイヤーボールを射たせている。
 しかし敵の指揮官は中々胆力がありそうだが、兵の方はどうかな。

 《グレイ、魔力二つで奴等の前にばら撒いてやれ》

 《あい、ランディ》

 〈ドーン〉 〈ドンドンドン〉 〈ドンドンドンドン〉

 自分達の正面で連続爆発するファイヤーボールに、恐れをなした兵達が散り散りに逃げ始めた。
 イザーク方面で連続する爆発に背を向けて逃げれば、自国領のマルゼブ砦に向かう事になる。
 それを手助けする様に背後でファイヤーボールが爆発し、爆風で背中を押して追いたてる。

 隊列の先頭がファイヤーボールの攻撃を受けて逃げ始めれば、後続の部隊とぶつかり大混乱になる。
 それを煽る様にファイヤーボールの爆発が近づいて来る。
 大混乱だが逃げられる方向はマルゼブ方面しかないので、国境の川を目指して必死に逃げる。
 冷静な奴は横に逃げるが、そんな奴は殆どいない。

 「隊長、奴等が逃げています!」
 「今突撃すればすれば大殊勲で昇進ものですよ」
 「行かせて下さい!」

 「駄目だ! 御領主様より絶対に打って出てはならないし、一矢たりとも射つなと厳命されている。それに見ろよ、あの中に打って出れば俺達も死ぬぞ」

 「ファイヤーボールを喰らわなくても、踏み潰されて終わりですね」
 「しかし、凄いなぁ」
 「見ろよ、敵軍の後ろには、あの人と幻獣が一匹だけだぞ」
 「あれって、幻獣の攻撃なのか?」

 「ああ、幻獣の攻撃の邪魔になるので、砦から絶対に出るなと命じられたのだが、まさかと思っていたが・・・」

 「それを操っているのがあの男ですか?」

 国境の川に飛び込み逃げ帰る敵を追いたてる様に、川の上空に特大のファイヤーボールが打ち上げられた。

 〈ドオーオォォン〉 〈ドオーオォォン〉 〈ドオーオォォン〉

 「凄っげぇぇ!」
 「何だありゃー!」
 「さっきまでのは、手加減をしていたのか?」
 「あれで手加減かよ」
 「あんなの喰らったら、砦が吹き飛ぶどころじゃないぞ」

 * * * * * * *

 「おい、先頭の方で何が起きている?」
 「ファイヤーボールの連続爆発の様だぞ」
 「うちの魔法部隊が攻撃しているのか?」
 「逆だ、段々此方に近づいて来るぞ!」
 「もしや・・・待ち伏せ攻撃を受けたのか」
 「何が起きているのか確認してこい!」

 〈ドオーオォォン〉 〈ドオーオォォン〉 〈ドオーオォォン〉

 「何だ、あの爆発は?」
 「魔法部隊には、あんなファイヤーボールを射てる奴なんていないぞ」
 「馬鹿! 総攻撃でもあんなファイヤーボールなんて見たこともないぞ!」

 * * * * * * *

 《合図よ、ウルファ行きなさい》

 《はい、行きます!》

 マルゼブ砦の手前で、砦の向こうで起きる爆発を見ていたクラウディオ王国軍の指揮部隊は、いきなりファイヤーボールの側面攻撃を受けた。
 ウルファはアッシュに命じられて、人族の乗る馬車が多い所を攻撃するために、次々と転移しながら馬車を探しては攻撃していく。
 大中小と決められた中を使い、人族の乗る馬車を見掛けると3、40mの距離から一撃。

 馬車が吹き飛ぶと、次の目標を求めて走りジャンプする。

 兵達が爆発音で振り向けば、馬車が吹き飛び火達磨の男達が藻掻き直ぐに動きを止める。
 兵士達の注意がそちらに向いていると、今度は離れた所の馬車が爆発して炎に包まれる。

 「魔法部隊の待ち伏せだ!」
 「何処からだ? 探せ!」
 「何処かに潜んでいるはずだ、よく見ろ!」
 「糞っ、前後からの攻撃とは、斥候は何をしていた!」
 「幻獣使いに探させろ!」
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