幻獣を従える者

暇野無学

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117 壊滅

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 ツアイス伯爵には幾つかの冒険者ギルドのギルマスとの会話から、全体的に野獣が少し増えてる様だと伝える。
 但し、プラシドの奥地は少し様相が違う様で、ラッヒェルのギルマスが警報を発する様だと伝えておく。
 その上で、ラッヒェル、オルソン(領境)プラシドと近いので、万が一に備えておくようにと提言しておく。

 * * * * * * *

 正客として招かれた晩餐の席には侯爵の衣装に身を包み臨んだが、粘りつく様な視線が鬱陶しいので食事の後で確かめる事にした。

 「ツアイス殿、此の地に転封になった時、以前の使用人は全て此方に来たのですか?」

 「いえ、半数以上はテレンスに家族が居ますので残りました。此の地で代官から引き継いだ時にそのまま新たに雇い入れましたが、それが何か?」

 「貴方も御存知だと思いますが、以前この屋敷で婢以下の扱いを受けて扱き使われていました。彼等に言い聞かせておく事があるので、玄関フロアに集めて貰えませんか。その際、貴方と奥様に嫡男の方に立ち会って貰いたい」

 「承知致しました」

 何も聞かないのは、噂で在る程度の事を知っている顔だな。
 エリックが手すきの者は全て集めましたと伝えてきたので、伯爵達と共にご対面。
 この屋敷に到着した時から、オリブィエ伯爵家に仕えていた者は俺の顔を見て驚きの表情を浮かべていたし、目を逸らす者も多かった。

 「お前達に集まってもらったのは、グレイン侯爵殿からお前達に伝えたい事があるからだ」

 不安げな顔で集まった使用人達に告げると、一礼して俺に頷く。
 変わって使用人達の前に立つと、何故此奴がとか蔑んだり妬んだ視線が突き刺さる。

 「自己紹介の必要は無いだろう。本来巣立ちの日に俺は死んでいた筈だったが、生き延びた。それはお前達が日頃、陰で主達の彼此を噂し馬鹿にしていたお陰だ。お前達の愚痴や妬み誹りを聞いていれば、この屋敷のほぼ全てが解る。それは街の者達も同じだ。俺は貴族になったが冒険者でもある、余計な事を喋れば、この街出身の冒険者も多く全て筒抜けだと肝に銘じておけ。ツアイス殿はオリブィエの間抜けとは違うので、そのつもりで喋れよ」

 散々俺を馬鹿にし扱き使ってくれた奴等や、武術訓練で甚振ってくれた奴の顔色が悪いのは、俺にやらかした数々の事を覚えているからだろう。
 ツアイス伯爵と横に立つ奥様や嫡男のレイクスが俺の言葉に驚いているのは、使用人達からそんな事が漏れていると思ってもみなかったからだろう。

 身の回りの全てを使用人に任せているのだ、書簡や帳簿の中を見る事は出来なくても、会話や言葉の端々から察してくれるし憶測や推測で吹聴してくれる。
 使用人達の詰所は、嫌いな主や家族の悪口と嘲笑の場だからな。

 使用人達を解散させてサロンに戻ると、お茶の用意をしているメイドの中にも顔色が悪い者がいる。
 俺も見たくもない顔がちらついて気分が悪いので、マジックバッグから酒とグラスを取りだして手酌で飲む。

 「ツアイス伯爵殿、つまらない話を聞かせて申し訳ありません」

 「いえ、家の内情が使用人達から漏れるのは知っていましたが、なかなか恐ろしい話ですね」

 * * * * * * *

 夜は客間を用意してくれたが、屋敷の裏を拝借して何時もの様にアッシュ達と一緒に寝たが、視線を感じて目覚めた。
 視線の元は伯爵の子供達で、アッシュやグレイと共に寝ている俺を羨ましそうに見ている。
 絶対安全な結界のドームの中で、アッシュやグレイと共に寝ていると危機感がなくなる。

 「お早う。何か用事かな」

 「あのぅー、恐くないのですか?」

 そう言いながら二人の視線はキングとアッシュに注がれていて、目が釘付けだ。

 「そんなに珍しいのか?」

 「はい、テイマー・・・冒険者が野獣を従えていると聞いていましたが、こんなに大きくて強そうだとは思っていませんでした」
 「どうやれば、こんなに強そうな野獣をテイム出来るのですか?」

 「それは答えにくいな。俺の場合は、使役獣が捕まえてくれたのをテイムしているだけだからな」
 「何方が強いのですか?」

 「強いのはグレイ、此奴だね」

 俺の横で呑気に寝ているグレイの頭を撫でると、懐疑的な目で見られた。
 グレイの寝姿を見たら信用できないのは理解出来るが、攻撃魔法を三つ持ち転移も結界も自由自在なんだぞ。

 * * * * * * *

 キングを連れてアルベール街道を通るのは懲りごりなので、街道から半日ほど外れてグレインに向かったが、三日目の昼過ぎに又もや野獣に襲われている冒険者達と遭遇した。

 悲鳴と野獣の気配を辿った先には、巨木を背に陣形を組んでいるがゴブリンの数が半端なく多くて、半数は何かに群がっている。

 《殺れ! 皆殺しにしろ》

 《はい!》
 《やります!》
 《任せて!》

 巨木を背に防戦一方の冒険者に群がるゴブリンの頭上で〈ドーン〉とファイヤーボールが爆発すると、ゴブリン達が散り散りに逃げ始めたが雷撃とアイスアローにストーンアローを受けて次々と倒れる。
 それとは別に何かに群がっていた所にも、ファイヤーボールが連続して爆発しゴブリンが地面に叩きつけられる。
 ファングやシルバー、ブラック達が大暴れをして、動いているゴブリンはいなくなり静寂がもどる。

 〈ふへ、ひひひひ・・・ははははは〉

 嫌な笑いに振り向けば、傷だらけで半裸の女が血塗れで笑っている。
 巨木を背に闘っていた奴等から少し離れているので、引き摺り込まれて喰いつかれていたのだろう。
 一番嫌な死に方をする寸前に助かったが、その前に精神が保たなかった様だ。
 他のゴブリンが群れて死んでいる場所には、冒険者の残骸が転がっている。
 闘っていた三人も相当手傷を負っていて、座り込んで笑う女を呆然と見ている。

 《ランディ、全部殺したよ》

 《有り難う。彼等の怪我を治してやってくれるか》

 ブラックが怪我人の前に進み出ると諦めきった様な目で見ているので、自分達が助かった事を判っていない様だ。
 治癒魔法で傷が治ってもぼんやりしているので、活を入れる為に往復ビンタをお見舞いする。

 「シャキッとしろ! ゴブリンは全て殺した」

 頬の痛さに顔を顰めているが目の焦点が合ってきた。

 「助かったのか?」

 「まぁ生きてはいるな。それよりも女を何とかしてやれ」

 「女?」

 「お前達の仲間だろう」

 「アネス!・・・ちくしょぅ」
 「生きていたのか・・・」

 「心が壊れている。治療して傷を治した所で、壊れた心はどうにもならないし、生きていても地獄の日々を送る事になる。此の儘死なせてやるのが慈悲だろう」

 「俺の女房だぞ! 殺せってのか!」

 「それなら尚更だ。お前達もゴブリンに食い殺される寸前だった。それがどんな恐怖か、お前の女房はそれを体験して、心が壊れても死ぬまでその恐怖を忘れる事はないだろう」

 「フレーザとオマリー・・・リンドも殺れたし。ヘイザも見当たらない」
 「糞ッ ゴブリン如きに」

 「カディス、あんたが出来ないのなら、あたしが死なせてやるわ」

 「ヴェルナ!」

 「同じ女としてあんな事になって生きていたくないし、アネスもその覚悟はしていた筈よ」

 「俺の女房だ・・・」

 血塗れで笑っている女に近づくとクリーンで綺麗にしてやり、ローブで包んで抱きしめている男に背を向け、周辺を索敵する。
 前回と違い今回はゴブリンだけだが、累々たる死骸の臭いに吐き気がする。

 ヴェルナと呼ばれた女が、ゴブリンの死骸の中からボロボロのウルフらしき物を引き摺り出している。

 「使役獣か?」

 「ああ、私の相棒さ。小さい頃から育てたんだが、こんなに数が多くちゃ勝てっこない。・・・私もゴブリンに喰われる前に死のうと、ナイフを握っていたわ。あんたに助けられたわね」

 ローブに包まれた女の遺体と、掻き集められた仲間の残骸を纏めて埋めると、野獣が集まって来る前にこの場を離れた。

 * * * * * * *

 土魔法のドームの中に四人を座らせると、各自のカップに酒を注いでやる。
 三杯も飲ませると顔色も多少良くなってきた。

 「プラシドを塒にしている〔ウルフの牙〕ってしがないパーティーのリーダー、カディスだ。助けてくれて有り難う。女房を埋葬できたので感謝する」
 「デイブだ、あんたのお陰で命拾いしたぜ」
 「ベックだ、キングタイガーを連れたテイマーがいると噂になってるぜ」
 「ヴェルナよ、赤い弓のマドック達と、オルソンに向かったと聞いたけど」

 「ああ、ラッヒェルからグレインに戻る所だ。街道を通ると騒ぎになるので道を外して北へ向かっていたんだ。ラッヒェルのギルマスがプラシドに警報を出すと言っていたのだが、聞いていないのか」

 「注意警報は出ていたわ。街道からそう離れていないし、ゴブリンがこんな大群でいるとは思わなかったわね」
 「少し大きな群れだと思っていたが、気がついた時には完全に取り囲まれていたんだ」
 「次から次へとゴブリンが溢れて来るのを見て諦めていたが、一匹でも多く道連れにしてやると思って剣をふるっていたんだ」

 酒の酔いか、疲れと興奮状態の反動からか四人とも船を漕ぎ出したので、そのまま寝かせておく。

 《アッシュ、折角キングをテイムしたけど、この姐さんに譲ろうと思うのだが》

 《どうして?》

 《キングをテイムした時といい、今回もだが明らかにおかしいと思わないか》

 《ウルフの群れ同士は滅多な事では衝突しないわね。争えばお互い傷つくし餌じゃないものね》

 《余程飢えていなけりゃ、片方が狩りをしているときに餌の横取りなんてしない筈だろう。それが起きているし、ゴブリンの群れと言うには多過ぎる。ざっと見た限りでも100匹以上のゴブリンが転がっていたぞ。ラッヒェルのギルマスは繁殖期と言ったが、グレイウルフとファングウルフにゴブリンと尋常じゃない数の群れだ。少しでも戦力は増やして起きたいし、壊滅したパーティーに使役獣を失ったテイマーが居る》

 《キングタイガーを与えれば戦力としては十分ね。貴方の好きにしなさい》
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