猫の魔術師〜その猫がいずれ最強になるまでの話〜

翡翠由

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凶弾

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 赤いカーペットが扉の向こうへと続き、さらにいうと扉の向こうは煌びやかな金色の装飾が多く飾られ、天井は小屋(世間一般の屋敷)と比べても圧倒的に高かった。天井まで続く柱が等間隔に並んでおり、『師匠』と一緒にそこを進んでいく。

『師匠』には帽子を被らされて、顔は隠しておけと言われた。なんでかと理由を尋ねると弟子の顔はあまり見せたくないと言われた。『師匠』も魔術帽をかぶっていのたで特段気にせず帽子を被り、進んでいった先には女の人が正装をしてカウンターの向こうで立っている。

「魔術界へようこそ、本日はどのようなご用件で?」

「こちらの子供の魔術師登録をしに」

「……かしこまりました」

 僕を見て、一瞬顔を顰めた受付の女性は後ろの棚を何やらいじり始めた。

「なんで僕を見て顔を顰めたの?」

『師匠』に尋ねる。

「ここで仕事をしている人はみんな一人前以上の魔術師です。おそらく、一目でレインの魔力の違和感に気づいたのでしょう」

 魔力体の身体に違和感を感じるということは、やはり魔力の流れ方も本物の人みたいに寄せる必要がありそうだ。

「ですが、大丈夫です。魔術界には訳ありの人物は多いですし、詮索はしあわないのが暗黙の了解です。それに、最悪私のネームバリューで黙らせます」

「それは最終手段ですけどね」と、『師匠』は魔術帽の下で優しく微笑んだ。

「お待たせしました。こちらに魔力をお流しください」

「レイン」

「はい」

 渡されたのは小さなプレートだった。何かの金属でできたそれで、魔力の波長のようなものを記録し、それを登録の証とするらしい。

 言われた通りに手をかざして魔力を流す。対して面白い変化が起きたわけでもなんでもなく、登録は思った以上に最も簡単に終わった。終わってしまった。

「ここで、私の同僚と待ち合わせをしていたのですが……彼はまだきていないのでしょうか?」

 辺りを見渡してみると、ポツポツと『師匠』と似たようなローブをつけている人たちが何人かいた。

「あの人たちも魔術師?」

「そうです。あそこにいるのは……中級魔術師ですね。まだひよっこですよ」

 そんなによく通る声で喋ったら……と思ったが、案の定その声に反応して何人かがこちらを睨んでいる。

「若いですねぇ」

「なんで中級魔術師だってわかったの?」

「刻まれているローブの紋様です」

「?」

 よく見てみると、みんなそれぞれ金色の刺繍で何やら模様が刻まれている。それは一律ではなく、人によって柄が少し違って見える。

「柄が違うのは属性が違うからで、階級はその柄の中心に刻まれている魔術陣の大きさによって変わります」

 複雑怪奇な魔術陣を表しているものほどレベルが高いとのことであった。

「『師匠』は何も刻まれてないの?」

「魔術師は基本、相手に自分の情報は与えないようにしているのですよ。属性なんて、わかりやすく弱点属性も同時に晒しているようなものですし……だから、ローブは裏返して羽織っています。ほら、中に模様が刻まれているでしょう?」

「ほんとだ」

 うっすらとたくさんの模様が刻まれているのが見えた。いくつかの円が線と線で繋がっているシンプルなものである。魔術陣の模様までは見えなかったが……。

 そんなことをしていると、バタンと大きな音を立てて正面玄関の扉が開いた。

「おうおう!いるじゃねえか!」

「来ましたね」

 帽子はかぶっておらず、髪をオールバックにしてガニ股でズカズカと入り込んできた金髪の男を見て『師匠』はそう呟いた。

「おい、あれって〈凶弾の魔術師〉じゃないか?」

「本当だ……まさか『六魔導』の一人に会えるなんて……」

 さっきまでこちらを睨みつけていた人たちはどうやらその男に視線を持っていかれているようだ。睨まれているのはあまり気分がいいものではなかったため、とてもありがたい。

 男はローブを羽織っているため魔術師だとわかったが……明らかに魔術陣が中級以上に複雑なものであった。

「あの魔術陣の意味は『特別』。あれは特級魔術師の証だよ」

 魔術師の中でもほんの一握りの才能を持ったものだけしか到達できない魔術界の頂点にして、最強の存在。それが特級魔術師だと『師匠』からは習った。

「あれが……って、なんかこっち来てません?」

 よくみると男は『師匠』の方を見ている。何かやらかしたのだろうか?

 周りも『師匠』が何か怒らせたんじゃないかと勘繰っているようだが、そんな目で見られても『師匠』は余裕綽々とした感じで立っている。

 目の前まで男がやってくると、いきなり『師匠』の前で膝を折った。それには、僕も驚愕したが、それよりも周りがどよめきを隠せずに動揺していた。

「え、あの〈凶弾〉が膝を折ったぞ!」

「なんなんだあの女……」

 周りの反応なんかお構いなしな二人にレインも呆然とする。

「お久しぶりですね、グレン」

「ああ、久しぶりだな〈虹の魔女〉よ」

『師匠』の名を出した途端周りはどよめきを通り越して悲鳴がロビーにこだましていた。

「〈虹の魔女〉だと!?全属性を全て極めたという『六魔導』最強の魔術師!」

「魔術を百年分以上も進めたと言われてる!?」

 先ほどまで睨んできていた中級魔術師たちはもはや尊敬の眼差しでこちらを見ていた。『師匠』って本当にすごい人だったんだと思わず実感せずにはいられない。

「ちょっと、あまり大きい声で話さないでください」

「いいじゃねえか、こっちがお前の弟子か?」

「ええ」

 グレンと呼ばれた男がレインをジロリとみる。足の先から頭のてっぺんまで全て観察された上で鼻で笑った。

「魔力で身体を覆って見た目を変えているのか?面白い発想じゃないか、属性は土、炎、水のどれかだな」

「え」

「違うか?」

「いや、水です……」

 一目でそこまでバレてしまうとは……。

「レイン、あなたは別に悪くありません。魔術を初めて数週間のあなたにしては十分精度の高いものです。現にあそこにいる若造はまだあなたの魔術に気づいていないじゃありませんか」

「おい、ちょっと待て!」

 グレンが『師匠』の話を遮る。

「魔術を初めて数週間だと!?」

「ええ、半年かけて共通語を覚えて魔術に至ってはまだ二週間ほどしか学んでいません」

「それでこの魔力操作ができるのか?紋章は『神』か?」

 グレンは目を細めて『師匠』に尋ねる。

「いいえ、『龍』です」

「……ははは!」

 突然笑い出したかと思うと、レインの肩をポンポン叩いた。

「いやすまねえ、紋章の力じゃなくてお前の努力だったか。紋章は高いものを持っているほど魔術との相性が良くなるんだが、いかんせんそれにかまけるやつが出てくるんだ。無駄にプライドが高いやつなら修行はつけないつもりだったんだが……いいだろう」

「ええと、どういうこと?」

「レイン、この人『たち』のところにあなたを預けるんですよ。今後、あなたに魔術を教えてくれる『先生』です」

「ええ!?」

 特級魔術師が僕の師匠!?

「どうだ嬉しいか、喜べ坊主!」

 わしゃわしゃと頭を撫でられる。それよりも、驚きと興奮の方が勝っていたため、撫でられ続けていると『師匠』が少しほっぺを膨らせていたので、すっとグレンの手をどかす。

「……レイン、しっかり学んでくるのですよ」

「は、はい『師匠』」

 レインの頬を撫で、微笑んだ『師匠』はすっと立ち上がると再び呪文を唱えて扉を顕現させた。

「グレン、頼みますよ」

「ああ、期待しておけ。この坊主は化けるぞ」

 最後に『師匠』はチラリとレインに目をやると、どこか寂しげに視線を逸らした。そして、扉の中に消えていってしまったのだった。
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