猫の魔術師〜その猫がいずれ最強になるまでの話〜

翡翠由

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黒い何か

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 その異常現象が起きた建物とやらに向かう途中、僕はヴァージさんと一緒に話をしていた。

「へぇ、あの理論の論文を出したのはヴァージさんだったんですか」

「そうだよ、まあ特級魔術師様方が出すような大変有能なものと比べたら見劣りしてしまうかもしれないけどね」

「そんなことないです。僕も見ましたが、大変興味深いものでした!」

「若い子にそう言ってもらえると嬉しいねぇ」

 僕が特級魔術師の弟子であるということは魔術界から秘密にしてもらっている。だからヴァージさんは僕のことを知らないのだろう。おそらく聞かされているのは「使える中級魔術師」というくらいだろうか。

 レインは自分の実力を過大評価も過小評価もしないつもりだ。少なくともレインは「使える存在」だと思っている。

「レイン君は……その、何か妙だね」

「何がですか?」

「魔力の流れが読めない。まるで、全身に魔力が満ちているかのようだ」

「それには答えられませんね。切り札みたいなものなので」

「失礼なことを聞いちゃったね、すまない」

「いえいえ」

 魔力が満ちているというのは魔力体の話をしているのだろう。上級魔術師は少し違和感を感じるらしいが、偽装しているというその事実にまではたどり着いてはいない様子。

 特級魔術師であるグレンには一目で看破されたが、上級魔術師にはまだバレていないようで一安心だ。

「レイン君はすごいね、その歳で……何歳だっけ?」

「今年で9歳です」

「9歳!?若すぎるでしょ!?」

「でも、それが事実ですので」

「……その歳で、中級魔術師になったなんて本当に凄いよ。しかも、命の危険がある任務に強制的に参加させられたのにもかかわらず文句の一つも言わないなんて……私はできないかな」

 確かに普通の9歳児だったら恐怖のあまり発狂くらいはするかもしれないな。だが、猫であるレインは精神年齢的に言えばすでに成人をとうに過ぎているレベルである。肝が据わっているどころじゃない。

「誉め言葉として受け取っておきます」

「……もうそろそろつくから最終確認だ。建物内部には『何か』の異常現象が闊歩していると思われる。おそらくは何らかの生命体、そのなにかはおそらく上級魔術師以上の実力であり、実力行使での排除が不可能と判断した場合は即座に脱出する」

「分かりました」

「ここだよ、この建物だ」

 やってきたのは懐かしき路地裏の中にある小さな三階建ての建物の前だった。入り口の前には『閉店』と刻まれた板がぶら下がっている。

「先頭は私が行く。オリバーはレイン君と他二人を挟んで一番後ろだ」

「了解」

 どうやらヴァージとオリバーさんがこの中でのリーダー格らしい。よく見ると、他の二人はヴァージと比べるといくらか若いように見える。その顔には若干の緊張が滲んでいた。

 レインも緊張していないといえばうそになるが、謎の現象を前にワクワクしているというのが本音である。

 不謹慎ではあるかもしれないが、興奮は高まっていた。

「入るよ」

 ゆっくりとヴァージが扉に手をかける。

 カギはかかっておらずゆっくりと扉は開いた。ギシギシと音を鳴らしながら開いた扉、そして建物の中にヴァージは一歩足を踏み入れた。古い建物ではあるが、床は丈夫であるようできしむような音はならなかった。

 ヴァージが後ろを向き、ついてこいと手を動かす。

 それに続いてレインは後ろからついていく。玄関口は狭い通路のようになっており、一列になって入っていく。そして玄関口を少し過ぎた位置には別の部屋……いくつかテーブルが並んでいる場所があり、そこは比較的広いスペースであった。

 全員が中に入り切った後、それは突然であった。

 ドゴン、という音を立てて扉が閉まったのだ。

「オリバー」

「……あかないですね」

「吹き飛ばせる?」

「……なんだこれ?魔術じゃない……何か奇怪な魔力が扉を守っている。少なくとも人間の持つ技術じゃない!」

 魔力が使われてふさがれた扉であるが、そこには一切の術式が刻まれた形跡は見られなかった。にもかかわらず、未知の技術によって扉はロックされており、なおかつ破壊もできないらしい。

「中にいる『何か』を倒せば出られるんじゃないですか?」

「あ、ああ……」

「じゃあ早く行きましょう」

「レイン君、勇敢だね」

「勇敢?」

 出ることもできないのだから、それしか選択肢はないだろうに。他に何をするべきだというのだ、とレインは頭の中で思案する。未知の敵がこの先で待っているということよりも、レインは空腹のほうがよっぽど怖い。空腹の時間がどれだけ続けば死ぬかわからない。

 先に待つ未来が確実な死でない限りレインは恐怖しないだろう。

「先に進むよ、部屋の中をくまなくクリアリングして」

「「「了解」」」

 横にあるそこそこ広めな部屋の中をゆっくりと進む。二名が廊下で前方と後方を警戒、残りの三名が部屋の探索を行った。

 部屋の中には特筆すべき点は一切なかった。テーブルの下にも壁にも、どこを見ても至って普通である。

 強いて言うなら、影が異常に濃いことくらい、というかこれが異常なのか?

 レインの猫としての暗闇を見通す力をもってしても、うっすらとしか見えない。その部分だけ、光が入り込めていないように、光がすべて反射されているかのようだ。

「ん?」

 特に影になっている部分を注視していたからか、レインは一瞬の動きを見逃さなかった。

「今何か、動いた?」

「レイン君?」

 音は一切ならなかったが、レインの視界は確実にそこに何かいたのを視認した。

「今そこに……っ!避けて!」

「え?」

 レインの声が届く前に、すでに横にいた若手の上級魔術師の胸辺りに大きな風穴が出来ていた。レインには見えた、人型の何かが胸を貫いていったのを。

「警戒!」

 見失った『何か』を必死に探す。

「ヴァージ!」

「っ!?」

 ヴァージの頭上から黒い手が伸びた。

「くっ!」

 ヴァージの属性である土属性の魔術が壁の横から伸びその手を防ぐ。だが、強度が足りず腕は土の壁をぶち抜きヴァージの目にそれは当たる。

「あああああ!?」

 貫かれた瞳を必死に抑えるヴァージ。貫いた腕はもう見えず、だがレインの横を風が横切った。

「ひっ!?」

 もう一人の若手の上級魔術師は自身の火魔術でその伸びる腕に対抗した。並みの魔術師と比較すれば術式の構築速度も効率も段違い。威力は通常の数倍並みへと膨れ上がるほど、素晴らしい魔術ではあったが……、

「うわあああああ!」

『何か』には足りなかった。身体に火魔術をくらいながらも、それは止まることなく術者の胸を先ほど同様に貫いた。

「皆さん上へ逃げてください!」

 レインの声に従って、残ったヴァージとオリバーは階段を駆け上がっていく。通常、未探索のエリアに逃げるのは自殺行為に等しいであろうが、今現在明確な危険から逃げるためならば致し方ない。

 そしてレインも二人に続いて階段を上っていく。
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