カメリア――彷徨う夫の恋心

来住野つかさ

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 ええ、知っていましたわ。
 わたくし達はカメリアを植えた。
 美しく咲いている家には『彼女』が来るってよく分かっていたもの。

 だから『彼女』に狂わせられた婚約者を持ち、そんな狂ったままの男と結婚しなければいけなかった女性は皆、一縷の望みをかけてカメリアを新居に植えたのですよ。

 ええ。そこに寄ってくる『彼女』を待っていたのです。

 婚約者の服や持ち物についたカメリアの種を植えて五年。何度も根を切り、蕾を取り、肥料を足し、手をかけて育て、そうして美しいカメリアが咲いた頃、『彼女』は現れた。

 貴族女性がそんな苦労をしてまでカメリアを育てたのです。わたくしの方が『彼女』に囚われていたのかもしれませんわね。
 夫となった狂った男と暮らし、それなりの愛を得て、子供を育てながら、あの時のことを忘れずに五年。

 五年のうちに未練など弾き飛ばして、カメリアなど育てなかったら良かったものの。
 わたくしは取り憑かれたように、やったこともない土いじりを行い、そして誰にも触らせないように、庭園の奥でカメリアを育てたのですわ。

 取り憑かれていた?
 誰が?

 夫の恋の相手のあの娘は、いつもカメリアを身に着けていました。
 いつの間にかその花は『彼女』のトレードマークとなり、他の女はそのモチーフを付けることすら躊躇われるようになりました。

 ただの男爵令嬢なのに?

 カメリアの妖精のよう。花の妖精のよう。
 そんなふうな噂が出るほどに美しい『彼女』でしたわね。ご存じでしょう?

 ふふふ、本来のあの娘はそんな大層なものじゃないのですよ。
 カメリアに固執して、カメリアを独占したくて、そうしてカメリアを殺す方ではなくて?
 そう、言うなれば、『彼女』はカメリアを殺すチャドクガのよう。
 周りに近づくものも寄せ付けずに独占して、葉を食い散らして害をなすチャドクガのようでしたわ。

 ご存じでしょう? 
 首がポトリと落ちるカメリアは、首を絞められて死んでいくさまに似ていますわね。

 あの娘がどこの家のものかご存じ?
 とっさに出てこないでしょう。

 そうね、それでしたらこんな昔話はどう?


 美に固執し、花の盛りを永遠にと祈ったある女が、毎夜大量のカメリアの花を浮かせた風呂に入っていたらしいの。
 それでね、その湯に誤ってチャドクガが紛れ込んでしまったことがあって、ええ、ご想像の通りその侍女はすぐに殺されたの。カメリアのように首を落とされてね。
 その侍女もとても美しい娘だったらしいわ。
 それからカメリアの木はよく育つようになった。
 だけどある時、突如社交界に現れた花のように美しい娘に女の夫が骨抜きにされて、女は見向きもされなくなった。
 女はその娘を無理に連れてきて殺した。
 死体は侍女の時と同じようにカメリアの下に埋めてね。
 だけどまたしばらくすると、花のような美しい娘が現れて夫を虜にする。
 幾人の娘を殺したか分からないようになってはじめて、女はその娘達の顔がどう思い返してもはっきりしないことに気づいたのよ。
 はじめに殺した侍女の顔も名前もね。
 人目を引いた娘が社交界にいたのなら、どこかの貴族家の娘であるはずなのに、急に消えても大きな事件にもならない。
 女が、もう埋めるところがないはずの自身のカメリア庭園で、最初に侍女を埋めた穴を掘り返してみると······

 あら、これはただの昔話ですわよ、物語。
 美に固執していると道を踏み外すという教訓めいた小話でしょう。
 男は美しいというだけの若い娘に、後先考えずに入れ込む、という皮肉もあるかしらね。

 ええ。わたくしはカメリアを育てて、『彼女』がやってくるのを待ちました。

 『彼女』はわたくし達があの女と同じなのか見極めようとしているのだと思いました。
 まやかしに囚われて狂った男など捨てたい、と考えていたことは否めません。
 貴族夫人としてはもう後継も生み育てましたので、役目は果たしたのですもの。
 男としての芯の失われた、搾り滓のような人間がわたくしの夫であることに、ただただ不快でもありました。

 『彼女』に心を奪われた夫のような男達は皆、いつもより少し暑い日に、初恋を成就させてふわりとどこかへ消えていってしまったそうです。

 さあ、これから暑くなりそうですわ。
 青空にたなびく白いシーツがよく乾くでしょう。
 陽炎のように現れるという『彼女』を、わたくしも楽しみに待ちたいと思っております。
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