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夜明けの大団円に差す朝日
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「本当に大丈夫なの? また何かやらかすんじゃない?」
ぶつぶつと地面に顔を向けたままつぶやき続けるアークを横目に、アリスは弥生に確認する。
「もう何もできないと思います。もし、何かあれば今度こそ秘書部でぼっこぼこにしますから!」
やたらとはきはきと宣言する弥生さん。
あれだけ疲れていたのに気力が充実どころか天元突破している。
「ま、それが貴女の選択なら良いわ」
「はい!」
結局、アークの次元にはざまへポイ作戦は実行されなかった。
理由としては流石にこの規模の魔物大発生の首謀者として裁きにかける事は出来ないかと、クロウ宰相となぜかぼろぼろのアルベルト国王に嘆願されたためである。
「で、見送りはありがたいんだけど……クロウとアルベルト、オルトリンデは良い。なんであなたがここに居るのよボルドック」
「三十年ぶりに出会ってその言い方は傷つくぞ? まあ、見事に不死族として蘇ったらしい」
「ちょうどいいですボルドック、私が前に貸した金貨二枚返してください」
どうやらアリスとクロノスは彼らと知り合いらしく、帰還用の扉が開くまで談笑していた。
すでに弥生とキズナ、フィヨルギュンと零士の4人以外の秘書部は撤収して国内の掃除と避難民の帰還を手伝いに向かっていた。
特に困ったのが雪菜の作った氷がとにかく固く、本人が近くにいると妖力を吸ってどんどん固くなるというぶっ壊れ仕様。
よって夜音が雪菜を一旦引き離して弥生と合流する手はずになっている。
「さて、と……これで良いかな。クロノス君、ちょっと確認してくれ」
少し離れた所で数人分が通れる大きさの穴を固定して、零士がのんびり岩に腰かけているレティシアとクロノスに声をかけた。
「おっけー、レティ……本当に体調は大丈夫なんだね?」
「ええ、全く問題ありませんわよ。そんなに大変な事ですの? その、時空を超えるというのは」
「普通は身体がバラバラになる……大したもんだよ」
肩に青いリス、クロノスを乗せて白いワンピースと革の外套をつけたレティシアが零士の開けた穴に近寄る。
「安定はさせてるけど円の淵には触らないでね。捩じ切られちゃうかもしれないから」
どうしても境目が難しいんだよねぇ。
そう愚痴をこぼす零士だが、クロノスからしたら呆れるほど美しい出来栄えだった。
「……大したもんだね。アリス、これなら間違いなく元の場所に戻れるよ!」
まだ数回は転移を繰り返すかもと覚悟していたクロノスはほっと胸をなでおろす。
アリスの年齢はクロノスが止められるがレティシアの場合はそのまま続いていた。
「さすが魔王って名乗るだけあるわね。じゃあ、そろそろ行くわ」
そもそも数か月前にアリスは全員と別れの挨拶を交わしている。
今更しみじみとする必要も無いだろうと、軽く手を振り笑顔で相棒と母親の元に戻った。
そんなアリスに、オルトリンデが声をかける。
「アリス」
「うん?」
振り向いたアリスにオルトリンデは笑顔で言葉を紡いだ。
「貴方の残した物は……しっかりと受け継がれています。次の世代も……これから楽しみでしょうがありません……かなうならば、貴方にも良き未来がありますように」
三十年前とほぼ変わらぬ別れの言葉、それを受け取り……
「良い相手は3年後、頑張りなさい。このままじゃ3桁過ぎるまで独身よアンタ」
「3年後!? アリス!! どんな人です!! 特徴と年収を!!」
「ふふふ……自分でゲットしなさい」
くるりとその場で回り、アリスは戻る。
あるべき時代、居るべき家に帰る為。
「いいの? アリスちゃん」
やり残したことは? と言う意味でレティシアが声をかけるが、アリスは横に首を振る。
そもそもここにいること自体がイレギュラーなのだ、やむを得ない部分以外はあまり干渉するべきではない。
「なら、戻ろうか。あ、そうそう零士……君のその魔法についての技量には感服するよ。ただ、僕も立場があってね……出来れば今後控えてくれると嬉しいなぁ」
「まあ、そんなに簡単じゃないし……意味が無いから使う気はないよ。魔力も馬鹿みたいに使うしね」
「君の正しい判断に感謝を……代りに、一つだけ。悲劇を覆えさせてあげるよ……僕らがこのゲートを越えた後、強制的に閉めずに自然に閉じるのを待つと良い……その間にどうするかまでは僕は話せないけどね」
「……なるほど、贈り物に感謝するよ。どのみちもう改めて開く魔力も残って無い訳だからね」
そう言って、クロノスは弥生に視線を向ける。
その視線に気づいた弥生がぽてぽてと駆け寄った。
「どうしました?」
「いや、なんでもなかったんだけど……せっかくだ、一つ聞かせてくれるかい?」
「はい?」
「君は、君の伯父と叔母に仕返しする気はある? 僕はね、関わりができた相手の過去と未来を強制的に読み込む呪いがあってね……申し訳ないが君のご両親が無くなった時の事を」
そこまでクロノスが言ったとき、弥生は微笑んで言葉を遮る。
「……知ってます。伯父さんと叔母さんが車のブレーキパッドに油を塗った事」
「…………そうかい」
あの事故は、事故ではない。
弥生はとっくに気づいていた。
そのために機械工学や自動車の設計技術などを詰め込めるだけその頭に詰め込んだ弥生。
「仕返しも必要ないです。結果論ですけど……みんな無事に帰って来たんで」
当時は未成年で、どんなにあの事故がおかしいと声を上げても『子供の妄想』と言われ……疲れ果てておんぼろアパートに帰るとおなかをすかせた妹と弟が……夜中まで待っていてくれた。
それから、弥生はすべてを捨てて。
妹と、弟の為に生きると決めたのだ。
「今は……仲間も、家族も居て私は幸せです。これからも」
その眼差しは噓偽りなく。
クロノスも弥生の申し出に、うん、と頷いて笑う。
「じゃあ、君にも一つだけ贈り物をしよう」
ひょい、とレティシアの肩から弥生の肩に飛び移り。
クロノスは弥生の胸元に着けてある白金の監理官バッジに一つの魔法をかけた。
「ばいばい、君に良き未来が在らんことを」
そのまま、弥生の肩からアリスの肩に飛び移り。
アリスとレティシアはゲートをくぐる。
ちょうどその時、座敷童の家鳴夜音と雪女の鬼塚雪菜が焔の運転するアルマジロに乗って到着した。
「ありゃ、見送り間に合わなかった……」
「残念ですね……アリスちゃんとは一緒に旅をしてたのに、お別れの一つも出来なかったわ」
アリスがすぐに元の時代に帰る事を知って、焔に急いで連れてきてもらったが一足違いだった。
焔も事情を知って結構飛ばしてきたが……こればかりはどうしようもない。
「残念でしたけど、アリスちゃんから手紙預かってますよ。キズナ、渡してあげて」
おう、と返事を返したキズナが預かった手紙をポケットから出そうとした。
その時だった。
「あれ?」
弥生の視界がぼんやりと霞む。
ぐらりと揺れるのは足に力が入らなくて、崩れ落ちるから。
「弥生!?」
一番近くにいたオルトリンデがとっさに支えようと手を伸ばすが……するりと手が通り抜ける。
「どうなって……」
見る見るうちに弥生の身体が薄くなり、存在感そのものが希薄になっていった。
「……なるほど、これは閉じる訳にはいかなかったね。ちょっと良いかな」
零士が弥生の足元にしゃがみ込んで、魔力を通わせた手で触れてみる。
するとその瞬間だけ輪郭がはっきりとするのだが、すぐにまた霞んでいった……。
「弥生! おい、嘘だろ!! 最後の最後だってのに!! 親父!!」
「待って……これは」
アルマジロから降りた夜音と雪菜が弥生を見て頷く。
クロウとアルベルトもどうしたらいいかわからないまま、弥生を取り囲む中。
「過去が変わった……」
夜音がつぶやく。
「過去だ!? なんで……おい、まさか!!」
そもそもアークを次元のはざまに捨てる提案をしてきたのは……クロノスだった。
「あいつがここにいると、弥生が消えるのか!?」
それを否として、ここに残す選択をした弥生をクロノスは何度もそれでいいのかと確認した。
アリスもそんなクロノスに疑問を持ったのか、弥生に再三確認した。
「クロノスは、修正が必要だと言っていたが……それをしないまま帰って行った。その修正が……アークの時間軸からの破棄だった可能性は高いね」
零士が冷静に言葉を紡ぐ中、キズナが声を荒げて吠える。
「どうすりゃいい!」
「まだ穴が開いている、彼女の過去も変えるしかないだろうね……家族が良いだろうが……今一番縁が強いのは君だな。君がいけ、案内役は……」
「あたしが行くわ……向こうから開いてる扉を支えれば時間が稼げる。ゆきゆき、簪貸して……ここと向こう側の縁の線にするから」
「はい! 気を付けてくださいね」
どんどん薄くなっていく弥生の身体を零士がなけなしの魔力で維持を試みた。
ほんのわずかだが、弥生の姿がぼやける速度が遅くなる。
「時間がない、彼女がここに来るきっかけになった場所とか時間は分かってるのか?」
「「え?」」
夜音とキズナの動きが止まった。
そういえば知らない。
そんな中、雪菜の言葉が響く。
「2023年! 12月23日!! 午後10時!! 岩手県の港町にあるアパートです!!」
確信に満ちた雪菜の声に、周りの視線が集まった。
「私その事件の犯人にされそうになったんです!! 凍っているだけで『死ななかった』から!!」
「じゃあ、向こうで弥生を殺せばいいんだな!」
「ナイスゆきゆき!!」
向こうで死ななかったことが消える原因ならば……向こうで殺せばいい。
そうすれば逆転して、弥生はここで生きる事ができる。
単純な考えだが、もう……そうするしかなかった。
キズナはその日付を、夜音は場所を強く念じながら……今にも閉じそうになるゲートに飛び込む。
再びきっかけを作るために。
◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆
「お姉ちゃん、どうしたの?」
キョトンと文香は姉の顔を覗き込む。文香はあずかり知らないがそんなことは弥生がとっくに試していた。結果は叔父と叔母の虚構の家族生活劇……弥生は両親を失ったショックから構ってほしいと嘘をついたと判断された。
「うん?」
弥生はわからず聞き返す。
「泣いてるの?」
はっ、としたように弥生は頬に手を当てる。ほんの僅かにぬくもりが残る指先に触れたのは涙だった。慌ててごしごしと服の袖で拭って無理やり笑顔を造る。
「へへ、乾燥してきちゃったからね。大丈夫だよ文香。ほらおいで」
ごまかすように妹を抱き寄せて毛布をかぶせた弥生。
「ふにゃ! あったかいぃ」
「うん、今晩はこうして温まろう? あんたも来る? 真司」
そう言って弥生は努めて明るく、のそりと自分の背にもたれかかる弟の名を呼ぶ。
呼ばれた真司は「うん」とだけ返事を返す。普段ならもうちょっと愛想が良い彼だが……今は体調が優れなくてそれが精いっぱいだった。
「お兄ちゃんも温かい」
文香は姉の背中越しに兄のお腹に手を回す。はたから見ると小さい山のように毛布のてっぺんから少女の頭だけが突き出ていた。
「熱があるからだろ、風邪うつるから離れてなよ文香」
「……まだ辛い? 真司」
「姉ちゃんより頑丈だよ」
気遣うような弟の声に弥生は唇を噛みしめる、実は彼女も体の調子は良くないのだ。
連日連夜アルバイトを続けながら家事と学業を両立して下の弟と妹の面倒も見ている。
そんな生活を二年間も維持していくのはどう考えても無茶が過ぎた。しかし彼女はやってのけている。
そこにあるのはたった一つの意思。
自分は長女なのだから弟と妹を護るという意思。
だから少女は笑う。
「花の女子高生に何言ってるのよ。私の心配なんか良いからしっかり寝なさい……明日になったらバイト代振り込まれてるからご飯と薬をまず買って……多分電気代とガス代払えるから」
「うん」
「文香も明日はいっぱい食べよう? お鍋が良い? カレーにする? それとも文香の好きな……文香?」
いつの間にか弥生のお腹に頭をうずめていた文香の反応が返ってこない。
どうしたのかと肩をゆすろうとしてその手を止める……なぜか嫌な予感がした。
今日はクリスマス前日なのに記録的な寒波が近づいている影響で外の最低気温は氷点下10度を下回った。弥生は目線だけを窓の外へ向けるとさっきまで大きい塊のぼた雪が……細かい粉雪となりキラキラと輝いている。
「まだ寒くなるの?」
東北では当たり前の防寒策である二重窓も、枠がゆがんで隙間風が吹き込むこの部屋では意味をなしていない。
まさか……と震える手で妹の肩にそっと手を置く少女。
「ん……」
文香の小さな小さな声が聞こえる。
どうやらただ単に眠っただけのようだ。
「……僕も寝るから姉ちゃんも寝なよ」
「う、うん。おやすみ……真司」
「そういや姉ちゃんの学生証届いてたよ。明日早いんでしょ? 渡しておく」
弥生の背中越しに真司は真新しい学生証を姉の手に手渡す。
「ありがとう、どこに落としちゃったのかな? 前の学生証……」
「いい加減スカートのポケットに開いた穴直しなよ? また落とす前にさ」
「……明日学校でミシン借りるよ」
それからしばらくすると真司も寝息を立て始めた。
弥生はそれを確認して少しため息をつく。
――その吐息は白く、ほわりと虚空に溶けた。
「どうしてこうなったんだろう」
ぽつりとつぶやく。
「私は頑張ってるよ? お父さん、お母さん……」
弟たちの前では決して見せない胡乱げな眼差しで彼女は窓越しの月を見上げる。
楽しかった、暖かかった、優しかったあの頃を思い出して……。
今の彼女を支える過去の記憶はいつも明るかった。
父と他愛もない喧嘩をし、母とファッション雑誌であれこれ相談し、弟の楽しみにしていたスイーツをこっそり食べたり、妹の帽子に可愛い刺繍をしたり、友人と夜が明けるまで雑談をしていた……。
ほんの二年前まで、思い出す必要すらないほど当たり前の暮らし。
「なんで、死んじゃったの?」
二年前に崩れた日常。
そして始まる壮絶な地獄。
「私はまだ……頑張れるから。声聞きたいよ……」
しゃくりあげる微かな声に気づきながらも……目を開けず。真司は無言を貫く。
「寒い……」
暫くひっそりと泣いた後、震える声で弥生は鼻をすする。
ほんの少しの本音を飲み込んで弥生は眼に光を灯した。
「明日はお肉にしよう」
文香と真司の大好物を作ろう。
少女が無理矢理思考を切り替えた。その時だった。
ぱさり
「あ」
かじかんだ手から学生証がこぼれ落ちて、ころんと毛布から飛び出て畳の上に転がった。
「……まあいいや。寒いし」
どうせ誰も持って行かないだろうし。
少しでも長く寝て体力を回復しないと……と弥生は瞼を閉じる。
そんな三人の姿を隣の部屋で、キズナと夜音は息をひそめて確認した。
部屋の中は暗すぎて間違いなく弥生達だと確信が持てるまで、時間がかかる。
その間に夜音が姿を見られない様に姿を消したり、ゲートの維持を始めたり……なかなかに忙しい。
「日下部弥生、見つけた」
弥生たちの部屋にキズナの声が響く……思ったよりも緊張から冷たい声が出てしまい。
キズナの心臓がどきりと跳ね上がる。
「……え?」
弥生は顔を上げる。幻聴か? それとも寝入りの際の夢の一枚《ひとひら》?
しかしそれはあまりにも明瞭に響く声だった。
「おっとそうだった……聞こえちゃうんだった」
軽い調子で呟くその声に弥生は違和感を覚える。
「……聞いてはいたけどマジでやばいんだったわね」
夜音もそんな当時の弥生を見て冷や汗をかく。
なるほど、これでは凍死扱いになるだろう……。
ずり、と後ずさりをした夜音の足に何かが触れる。
じゃらっ……
落ちていた学校用のそろばんだった。
「そろばん? ねえ誰……なの?」
弥生は体に力を込めて立ち上がろうとするが、虚脱感に襲われ動けない。
そもそも文香の体重が足にかかっていてしびれていた。
「ええと、サンタクロース?」
苦し紛れにキズナが言い出す。
そんな事でごまかせるかと、夜音が盛大にため息を吐いた。
「は?」
結果はものの見事にスベり、弥生のキョトンとした顔が二人の心に刺さる。
「ほら今日はクリスマスだし」
実際は一日前なのだが、ここまで来たら押し切るしかない。
時間も無いのだから。
「という訳でプレゼントになるのかな? これどう思う?」
「……ある意味プレゼントで良いんじゃない? それより私の力で維持するのも限界に近いんだけど!!」
「もうちょい根性出せよ……」
「無茶言うな!! さっさとやりなさい!」
「それこそ無茶言うな! 生かすために殺すとか……いざこうしてみるとやりづれえって」
物騒な単語を一方的に聞かされる弥生はだんだん不安にかられる。
「あの……なんの相談を?」
わかっていても人には聞かねばならない時がある。
という父親の言葉を思い出しながら。
「「お前が死なない様に今殺す方法!!」」
「……」
絶句する弥生をよそに……キズナたちはあれこれと物騒な相談を始めている。
「やっぱりこう自然死っぽく凍死?」
「ベストだけどどうやって?」
「ええと女将さんの簪《かんざし》借りてきてる」
「痛くねぇんだよな?」
「普通に刺したら凍ってすぐに砕けるわよ。もう四の五の言ってないでやるわよ」
どうやら刺殺で決まった模様。
「……い」
そんな状況に、弥生の喉が緊張で張り付く……大声を上げたいのだけれども。
詰まった言葉しか出ない。
「「い?」」
その先は? とキズナと弥生は首を傾げるが。
真司が決死の行動に出る方が早かった。
「姉ちゃん! 文香を連れて逃げて!!」
跳ね上がる毛布から固く握りしめられた拳が飛び出す。
見えないのは百も承知だが真司は姉の正面に見当をつけて右の拳を突き出した。
「おせえ、だが根性は買う。向こうで褒めてやるぜ」
――トスッ
夜音の手から簪をひったくり、くるりと身を回して回避したキズナは真司の首筋に水色の……透き通るような色合いの簪が突き刺さした。
その瞬間。
「え?」
真司の身体が白く染まる。
「次は文香……と」
気軽な声で真司を刺した後、キズナは文香の足に同じ簪を刺す。
すぐに真っ白に凍りつく文香を前に弥生は声も出せず。
その非現実的な光景に目を見開き……一瞬で冷たくなった妹にを見て弥生はただただ混乱する。
「なんで」
「わりい、ちょっと立て込んでんだ……向こうで謝る」
そもそもそんな事情を説明する時間などない。
キズナは三度、簪を振り下ろす。
――トスッ
額に刺さる感触には痛みを感じなかった。
白く染まりながら、弥生は薄れゆく意識の中……つぶやく。
「これで、お母さんやお父さんとも会えるかな?」
「安心しろ、ちゃんと会えてる」
「おっけー!? もう行くわよ、私たちが戻れなくなる!」
「おう……っと、念には念を、だったな。弥生」
腰のホルスターから拳銃を取り出して、キズナは引き金を引く。
――ダン!
――ダン! ――ダン!
激しい銃声と共に、芯まで凍った三人の身体は粉々に砕け散る。
非現実的なその光景をキズナは忘れる事は出来ない。
助けるためだとは言え、これで本当に良かったのかと……。
外の雪はすっかり止んでいた。
翌日砕けた弥生達の遺体を見つけ、警察が捜査する中で……
三人への虐待と、保険金の受け取りについてある夫婦の犯罪が暴かれることになるとは……キズナと夜音はおろか、弥生本人ですら知る由もなかった。
ぶつぶつと地面に顔を向けたままつぶやき続けるアークを横目に、アリスは弥生に確認する。
「もう何もできないと思います。もし、何かあれば今度こそ秘書部でぼっこぼこにしますから!」
やたらとはきはきと宣言する弥生さん。
あれだけ疲れていたのに気力が充実どころか天元突破している。
「ま、それが貴女の選択なら良いわ」
「はい!」
結局、アークの次元にはざまへポイ作戦は実行されなかった。
理由としては流石にこの規模の魔物大発生の首謀者として裁きにかける事は出来ないかと、クロウ宰相となぜかぼろぼろのアルベルト国王に嘆願されたためである。
「で、見送りはありがたいんだけど……クロウとアルベルト、オルトリンデは良い。なんであなたがここに居るのよボルドック」
「三十年ぶりに出会ってその言い方は傷つくぞ? まあ、見事に不死族として蘇ったらしい」
「ちょうどいいですボルドック、私が前に貸した金貨二枚返してください」
どうやらアリスとクロノスは彼らと知り合いらしく、帰還用の扉が開くまで談笑していた。
すでに弥生とキズナ、フィヨルギュンと零士の4人以外の秘書部は撤収して国内の掃除と避難民の帰還を手伝いに向かっていた。
特に困ったのが雪菜の作った氷がとにかく固く、本人が近くにいると妖力を吸ってどんどん固くなるというぶっ壊れ仕様。
よって夜音が雪菜を一旦引き離して弥生と合流する手はずになっている。
「さて、と……これで良いかな。クロノス君、ちょっと確認してくれ」
少し離れた所で数人分が通れる大きさの穴を固定して、零士がのんびり岩に腰かけているレティシアとクロノスに声をかけた。
「おっけー、レティ……本当に体調は大丈夫なんだね?」
「ええ、全く問題ありませんわよ。そんなに大変な事ですの? その、時空を超えるというのは」
「普通は身体がバラバラになる……大したもんだよ」
肩に青いリス、クロノスを乗せて白いワンピースと革の外套をつけたレティシアが零士の開けた穴に近寄る。
「安定はさせてるけど円の淵には触らないでね。捩じ切られちゃうかもしれないから」
どうしても境目が難しいんだよねぇ。
そう愚痴をこぼす零士だが、クロノスからしたら呆れるほど美しい出来栄えだった。
「……大したもんだね。アリス、これなら間違いなく元の場所に戻れるよ!」
まだ数回は転移を繰り返すかもと覚悟していたクロノスはほっと胸をなでおろす。
アリスの年齢はクロノスが止められるがレティシアの場合はそのまま続いていた。
「さすが魔王って名乗るだけあるわね。じゃあ、そろそろ行くわ」
そもそも数か月前にアリスは全員と別れの挨拶を交わしている。
今更しみじみとする必要も無いだろうと、軽く手を振り笑顔で相棒と母親の元に戻った。
そんなアリスに、オルトリンデが声をかける。
「アリス」
「うん?」
振り向いたアリスにオルトリンデは笑顔で言葉を紡いだ。
「貴方の残した物は……しっかりと受け継がれています。次の世代も……これから楽しみでしょうがありません……かなうならば、貴方にも良き未来がありますように」
三十年前とほぼ変わらぬ別れの言葉、それを受け取り……
「良い相手は3年後、頑張りなさい。このままじゃ3桁過ぎるまで独身よアンタ」
「3年後!? アリス!! どんな人です!! 特徴と年収を!!」
「ふふふ……自分でゲットしなさい」
くるりとその場で回り、アリスは戻る。
あるべき時代、居るべき家に帰る為。
「いいの? アリスちゃん」
やり残したことは? と言う意味でレティシアが声をかけるが、アリスは横に首を振る。
そもそもここにいること自体がイレギュラーなのだ、やむを得ない部分以外はあまり干渉するべきではない。
「なら、戻ろうか。あ、そうそう零士……君のその魔法についての技量には感服するよ。ただ、僕も立場があってね……出来れば今後控えてくれると嬉しいなぁ」
「まあ、そんなに簡単じゃないし……意味が無いから使う気はないよ。魔力も馬鹿みたいに使うしね」
「君の正しい判断に感謝を……代りに、一つだけ。悲劇を覆えさせてあげるよ……僕らがこのゲートを越えた後、強制的に閉めずに自然に閉じるのを待つと良い……その間にどうするかまでは僕は話せないけどね」
「……なるほど、贈り物に感謝するよ。どのみちもう改めて開く魔力も残って無い訳だからね」
そう言って、クロノスは弥生に視線を向ける。
その視線に気づいた弥生がぽてぽてと駆け寄った。
「どうしました?」
「いや、なんでもなかったんだけど……せっかくだ、一つ聞かせてくれるかい?」
「はい?」
「君は、君の伯父と叔母に仕返しする気はある? 僕はね、関わりができた相手の過去と未来を強制的に読み込む呪いがあってね……申し訳ないが君のご両親が無くなった時の事を」
そこまでクロノスが言ったとき、弥生は微笑んで言葉を遮る。
「……知ってます。伯父さんと叔母さんが車のブレーキパッドに油を塗った事」
「…………そうかい」
あの事故は、事故ではない。
弥生はとっくに気づいていた。
そのために機械工学や自動車の設計技術などを詰め込めるだけその頭に詰め込んだ弥生。
「仕返しも必要ないです。結果論ですけど……みんな無事に帰って来たんで」
当時は未成年で、どんなにあの事故がおかしいと声を上げても『子供の妄想』と言われ……疲れ果てておんぼろアパートに帰るとおなかをすかせた妹と弟が……夜中まで待っていてくれた。
それから、弥生はすべてを捨てて。
妹と、弟の為に生きると決めたのだ。
「今は……仲間も、家族も居て私は幸せです。これからも」
その眼差しは噓偽りなく。
クロノスも弥生の申し出に、うん、と頷いて笑う。
「じゃあ、君にも一つだけ贈り物をしよう」
ひょい、とレティシアの肩から弥生の肩に飛び移り。
クロノスは弥生の胸元に着けてある白金の監理官バッジに一つの魔法をかけた。
「ばいばい、君に良き未来が在らんことを」
そのまま、弥生の肩からアリスの肩に飛び移り。
アリスとレティシアはゲートをくぐる。
ちょうどその時、座敷童の家鳴夜音と雪女の鬼塚雪菜が焔の運転するアルマジロに乗って到着した。
「ありゃ、見送り間に合わなかった……」
「残念ですね……アリスちゃんとは一緒に旅をしてたのに、お別れの一つも出来なかったわ」
アリスがすぐに元の時代に帰る事を知って、焔に急いで連れてきてもらったが一足違いだった。
焔も事情を知って結構飛ばしてきたが……こればかりはどうしようもない。
「残念でしたけど、アリスちゃんから手紙預かってますよ。キズナ、渡してあげて」
おう、と返事を返したキズナが預かった手紙をポケットから出そうとした。
その時だった。
「あれ?」
弥生の視界がぼんやりと霞む。
ぐらりと揺れるのは足に力が入らなくて、崩れ落ちるから。
「弥生!?」
一番近くにいたオルトリンデがとっさに支えようと手を伸ばすが……するりと手が通り抜ける。
「どうなって……」
見る見るうちに弥生の身体が薄くなり、存在感そのものが希薄になっていった。
「……なるほど、これは閉じる訳にはいかなかったね。ちょっと良いかな」
零士が弥生の足元にしゃがみ込んで、魔力を通わせた手で触れてみる。
するとその瞬間だけ輪郭がはっきりとするのだが、すぐにまた霞んでいった……。
「弥生! おい、嘘だろ!! 最後の最後だってのに!! 親父!!」
「待って……これは」
アルマジロから降りた夜音と雪菜が弥生を見て頷く。
クロウとアルベルトもどうしたらいいかわからないまま、弥生を取り囲む中。
「過去が変わった……」
夜音がつぶやく。
「過去だ!? なんで……おい、まさか!!」
そもそもアークを次元のはざまに捨てる提案をしてきたのは……クロノスだった。
「あいつがここにいると、弥生が消えるのか!?」
それを否として、ここに残す選択をした弥生をクロノスは何度もそれでいいのかと確認した。
アリスもそんなクロノスに疑問を持ったのか、弥生に再三確認した。
「クロノスは、修正が必要だと言っていたが……それをしないまま帰って行った。その修正が……アークの時間軸からの破棄だった可能性は高いね」
零士が冷静に言葉を紡ぐ中、キズナが声を荒げて吠える。
「どうすりゃいい!」
「まだ穴が開いている、彼女の過去も変えるしかないだろうね……家族が良いだろうが……今一番縁が強いのは君だな。君がいけ、案内役は……」
「あたしが行くわ……向こうから開いてる扉を支えれば時間が稼げる。ゆきゆき、簪貸して……ここと向こう側の縁の線にするから」
「はい! 気を付けてくださいね」
どんどん薄くなっていく弥生の身体を零士がなけなしの魔力で維持を試みた。
ほんのわずかだが、弥生の姿がぼやける速度が遅くなる。
「時間がない、彼女がここに来るきっかけになった場所とか時間は分かってるのか?」
「「え?」」
夜音とキズナの動きが止まった。
そういえば知らない。
そんな中、雪菜の言葉が響く。
「2023年! 12月23日!! 午後10時!! 岩手県の港町にあるアパートです!!」
確信に満ちた雪菜の声に、周りの視線が集まった。
「私その事件の犯人にされそうになったんです!! 凍っているだけで『死ななかった』から!!」
「じゃあ、向こうで弥生を殺せばいいんだな!」
「ナイスゆきゆき!!」
向こうで死ななかったことが消える原因ならば……向こうで殺せばいい。
そうすれば逆転して、弥生はここで生きる事ができる。
単純な考えだが、もう……そうするしかなかった。
キズナはその日付を、夜音は場所を強く念じながら……今にも閉じそうになるゲートに飛び込む。
再びきっかけを作るために。
◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆
「お姉ちゃん、どうしたの?」
キョトンと文香は姉の顔を覗き込む。文香はあずかり知らないがそんなことは弥生がとっくに試していた。結果は叔父と叔母の虚構の家族生活劇……弥生は両親を失ったショックから構ってほしいと嘘をついたと判断された。
「うん?」
弥生はわからず聞き返す。
「泣いてるの?」
はっ、としたように弥生は頬に手を当てる。ほんの僅かにぬくもりが残る指先に触れたのは涙だった。慌ててごしごしと服の袖で拭って無理やり笑顔を造る。
「へへ、乾燥してきちゃったからね。大丈夫だよ文香。ほらおいで」
ごまかすように妹を抱き寄せて毛布をかぶせた弥生。
「ふにゃ! あったかいぃ」
「うん、今晩はこうして温まろう? あんたも来る? 真司」
そう言って弥生は努めて明るく、のそりと自分の背にもたれかかる弟の名を呼ぶ。
呼ばれた真司は「うん」とだけ返事を返す。普段ならもうちょっと愛想が良い彼だが……今は体調が優れなくてそれが精いっぱいだった。
「お兄ちゃんも温かい」
文香は姉の背中越しに兄のお腹に手を回す。はたから見ると小さい山のように毛布のてっぺんから少女の頭だけが突き出ていた。
「熱があるからだろ、風邪うつるから離れてなよ文香」
「……まだ辛い? 真司」
「姉ちゃんより頑丈だよ」
気遣うような弟の声に弥生は唇を噛みしめる、実は彼女も体の調子は良くないのだ。
連日連夜アルバイトを続けながら家事と学業を両立して下の弟と妹の面倒も見ている。
そんな生活を二年間も維持していくのはどう考えても無茶が過ぎた。しかし彼女はやってのけている。
そこにあるのはたった一つの意思。
自分は長女なのだから弟と妹を護るという意思。
だから少女は笑う。
「花の女子高生に何言ってるのよ。私の心配なんか良いからしっかり寝なさい……明日になったらバイト代振り込まれてるからご飯と薬をまず買って……多分電気代とガス代払えるから」
「うん」
「文香も明日はいっぱい食べよう? お鍋が良い? カレーにする? それとも文香の好きな……文香?」
いつの間にか弥生のお腹に頭をうずめていた文香の反応が返ってこない。
どうしたのかと肩をゆすろうとしてその手を止める……なぜか嫌な予感がした。
今日はクリスマス前日なのに記録的な寒波が近づいている影響で外の最低気温は氷点下10度を下回った。弥生は目線だけを窓の外へ向けるとさっきまで大きい塊のぼた雪が……細かい粉雪となりキラキラと輝いている。
「まだ寒くなるの?」
東北では当たり前の防寒策である二重窓も、枠がゆがんで隙間風が吹き込むこの部屋では意味をなしていない。
まさか……と震える手で妹の肩にそっと手を置く少女。
「ん……」
文香の小さな小さな声が聞こえる。
どうやらただ単に眠っただけのようだ。
「……僕も寝るから姉ちゃんも寝なよ」
「う、うん。おやすみ……真司」
「そういや姉ちゃんの学生証届いてたよ。明日早いんでしょ? 渡しておく」
弥生の背中越しに真司は真新しい学生証を姉の手に手渡す。
「ありがとう、どこに落としちゃったのかな? 前の学生証……」
「いい加減スカートのポケットに開いた穴直しなよ? また落とす前にさ」
「……明日学校でミシン借りるよ」
それからしばらくすると真司も寝息を立て始めた。
弥生はそれを確認して少しため息をつく。
――その吐息は白く、ほわりと虚空に溶けた。
「どうしてこうなったんだろう」
ぽつりとつぶやく。
「私は頑張ってるよ? お父さん、お母さん……」
弟たちの前では決して見せない胡乱げな眼差しで彼女は窓越しの月を見上げる。
楽しかった、暖かかった、優しかったあの頃を思い出して……。
今の彼女を支える過去の記憶はいつも明るかった。
父と他愛もない喧嘩をし、母とファッション雑誌であれこれ相談し、弟の楽しみにしていたスイーツをこっそり食べたり、妹の帽子に可愛い刺繍をしたり、友人と夜が明けるまで雑談をしていた……。
ほんの二年前まで、思い出す必要すらないほど当たり前の暮らし。
「なんで、死んじゃったの?」
二年前に崩れた日常。
そして始まる壮絶な地獄。
「私はまだ……頑張れるから。声聞きたいよ……」
しゃくりあげる微かな声に気づきながらも……目を開けず。真司は無言を貫く。
「寒い……」
暫くひっそりと泣いた後、震える声で弥生は鼻をすする。
ほんの少しの本音を飲み込んで弥生は眼に光を灯した。
「明日はお肉にしよう」
文香と真司の大好物を作ろう。
少女が無理矢理思考を切り替えた。その時だった。
ぱさり
「あ」
かじかんだ手から学生証がこぼれ落ちて、ころんと毛布から飛び出て畳の上に転がった。
「……まあいいや。寒いし」
どうせ誰も持って行かないだろうし。
少しでも長く寝て体力を回復しないと……と弥生は瞼を閉じる。
そんな三人の姿を隣の部屋で、キズナと夜音は息をひそめて確認した。
部屋の中は暗すぎて間違いなく弥生達だと確信が持てるまで、時間がかかる。
その間に夜音が姿を見られない様に姿を消したり、ゲートの維持を始めたり……なかなかに忙しい。
「日下部弥生、見つけた」
弥生たちの部屋にキズナの声が響く……思ったよりも緊張から冷たい声が出てしまい。
キズナの心臓がどきりと跳ね上がる。
「……え?」
弥生は顔を上げる。幻聴か? それとも寝入りの際の夢の一枚《ひとひら》?
しかしそれはあまりにも明瞭に響く声だった。
「おっとそうだった……聞こえちゃうんだった」
軽い調子で呟くその声に弥生は違和感を覚える。
「……聞いてはいたけどマジでやばいんだったわね」
夜音もそんな当時の弥生を見て冷や汗をかく。
なるほど、これでは凍死扱いになるだろう……。
ずり、と後ずさりをした夜音の足に何かが触れる。
じゃらっ……
落ちていた学校用のそろばんだった。
「そろばん? ねえ誰……なの?」
弥生は体に力を込めて立ち上がろうとするが、虚脱感に襲われ動けない。
そもそも文香の体重が足にかかっていてしびれていた。
「ええと、サンタクロース?」
苦し紛れにキズナが言い出す。
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「は?」
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「ほら今日はクリスマスだし」
実際は一日前なのだが、ここまで来たら押し切るしかない。
時間も無いのだから。
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「もうちょい根性出せよ……」
「無茶言うな!! さっさとやりなさい!」
「それこそ無茶言うな! 生かすために殺すとか……いざこうしてみるとやりづれえって」
物騒な単語を一方的に聞かされる弥生はだんだん不安にかられる。
「あの……なんの相談を?」
わかっていても人には聞かねばならない時がある。
という父親の言葉を思い出しながら。
「「お前が死なない様に今殺す方法!!」」
「……」
絶句する弥生をよそに……キズナたちはあれこれと物騒な相談を始めている。
「やっぱりこう自然死っぽく凍死?」
「ベストだけどどうやって?」
「ええと女将さんの簪《かんざし》借りてきてる」
「痛くねぇんだよな?」
「普通に刺したら凍ってすぐに砕けるわよ。もう四の五の言ってないでやるわよ」
どうやら刺殺で決まった模様。
「……い」
そんな状況に、弥生の喉が緊張で張り付く……大声を上げたいのだけれども。
詰まった言葉しか出ない。
「「い?」」
その先は? とキズナと弥生は首を傾げるが。
真司が決死の行動に出る方が早かった。
「姉ちゃん! 文香を連れて逃げて!!」
跳ね上がる毛布から固く握りしめられた拳が飛び出す。
見えないのは百も承知だが真司は姉の正面に見当をつけて右の拳を突き出した。
「おせえ、だが根性は買う。向こうで褒めてやるぜ」
――トスッ
夜音の手から簪をひったくり、くるりと身を回して回避したキズナは真司の首筋に水色の……透き通るような色合いの簪が突き刺さした。
その瞬間。
「え?」
真司の身体が白く染まる。
「次は文香……と」
気軽な声で真司を刺した後、キズナは文香の足に同じ簪を刺す。
すぐに真っ白に凍りつく文香を前に弥生は声も出せず。
その非現実的な光景に目を見開き……一瞬で冷たくなった妹にを見て弥生はただただ混乱する。
「なんで」
「わりい、ちょっと立て込んでんだ……向こうで謝る」
そもそもそんな事情を説明する時間などない。
キズナは三度、簪を振り下ろす。
――トスッ
額に刺さる感触には痛みを感じなかった。
白く染まりながら、弥生は薄れゆく意識の中……つぶやく。
「これで、お母さんやお父さんとも会えるかな?」
「安心しろ、ちゃんと会えてる」
「おっけー!? もう行くわよ、私たちが戻れなくなる!」
「おう……っと、念には念を、だったな。弥生」
腰のホルスターから拳銃を取り出して、キズナは引き金を引く。
――ダン!
――ダン! ――ダン!
激しい銃声と共に、芯まで凍った三人の身体は粉々に砕け散る。
非現実的なその光景をキズナは忘れる事は出来ない。
助けるためだとは言え、これで本当に良かったのかと……。
外の雪はすっかり止んでいた。
翌日砕けた弥生達の遺体を見つけ、警察が捜査する中で……
三人への虐待と、保険金の受け取りについてある夫婦の犯罪が暴かれることになるとは……キズナと夜音はおろか、弥生本人ですら知る由もなかった。
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