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幕開け
第1話
しおりを挟む『まあ、かわいいこと、この上ない寝顔ですねぇ。きょうもリョウスケくんはみんなの天使です♪』
「うわぁっ、い、いつから枕元に? 寝室はプライベート空間だから、いきなり入ってこないでって、何回も言ってるのにぃ!」
『ぷらいべぇとくうかんとは、なんですか? ……う~ん、ですが、わたしの精気は残りわずかにつき、なるべくあなたのそばにいなければ、霊魂もろとも消滅してしまうので、どうかお許しを~』
「それは、そうだけど……、とにかく、僕の心臓に悪いから、至近距離から寝顔をのぞきこむのやめてよね!」
(異世界にきて、まだ3日目なのに、幼児ことばを抵抗なく使えるようになっちゃったよ。さ、さすがにやばいかな? でも、このまま8歳からやり直すハメになりそうだし、知りあいなんていそうもないし、平気だよね……)
ベッドから起きあがり、乱れた呼吸をととのえる男の子は、斗馬亮介という名前の高校1年生である。ある日、下校途中に見あげた桜の樹の下で意識が遠のき、8歳当時の姿に若がえった挙句、深い森のなかで目を覚ました。水の精霊の加護を受けたり、半獣属といって人間同等の知能をもつ〈ハイロ〉との出遭いの説明は、ひとまず後まわし。
現在、仮設の丸太小屋で寝起きする亮介は、生活水準の向上を優先していた。水の精霊(のミス)によって加護という特殊能力を手に入れたが、発動させる呪文を知らずにいる。とはいえ、住まいづくりに忙しいため、詳しい内容確認も後まわし。
水の精霊は4枚の羽をひろげて浮かびあがり、亮介の背後をついてまわった。
『あのぅ、さきほどの心臓に悪いとは、どういう意味でしょうか』
「え? そのままの意味だけど……」
(無自覚なのかな、この精霊。そんな姿でうろうろされると、目のやり場に困るんだよなぁ。僕のせいっぽいし、申しわけないとは思うけど……)
「ミュオン・リヒテル・リノアースさん。ちょっとだけ、あっちの部屋に行っててくれる?」
亮介は、扉を指さした。
『わたしのことは、ミュオンとか、リヒトとか、短く呼んでくださって結構ですよ。……着がえですか? なぜ、ここにいてはだめなのでしょう。男同士ではありませんか』
「僕にとって、こんなぷよぷよした裸身を見られるのは恥ずかしいから、って、いちいち言わせないでよ」
(太ってはいないけど、幼児性のふくらみって、なんでこんなにやわらかくて、なめらかなんだろう。ムダに恥ずかしい気分……)
『半獣ならばよいのですか』
「なんのこと?」
『窓をご覧ください。あのムッツリ灰色大熊。半獣とはいえ、野生の本能を隠している可能性がありますから、じゅうぶんお気をつけくださいね』
「なに言ってるの。ハイロさんは力持ちで、たよれる動物だよ」
木材を肩に乗せた大きな熊が、ガラス窓から寝室のようすを鋭い目つきでうかがっている。
「おはよう、ハイロさん。……いまの話、聞いてた?」
窓の鍵をあけて訊ねる亮介に、ハイロは小さく首をふり、ため息を吐いた。体長2メートルほどの大熊に〈ハイロ〉と名付けたのは、亮介である。本来、動物の姿で生まれた彼らは名前を持たない。特定の人語をあやつれたが、自然界では動物の鳴き声で交流する習性だった。
「ハイロさん、なんだか不機嫌そうだね」
「もとからこういう顔だ。それより、きょうは庭の囲いを完成させるぞ。おまえもさっさと準備してこい」
「うん、わかった。すぐ行く」
ハイロは、水の精霊を一瞥すると、ズンズンと地面に足音を響かせながら去っていく。半獣属は二足歩行が得意で、ハイロは大股歩きで移動する。
『あいかわらず無愛想ですね』
「でも、なんでもつくれちゃうし、すごく器用だよね」
『どうせわたしには、物体をつかむことはできませんよぅ』
わざとらしく拗ねる水の精霊は、向こう側がうっすらと見えるくらい全身が透けている。膝まで届く長い銀色の髪は、角度によって虹色に輝いて見えた。
異世界に転移した亮介は、人喰いの黒蛇に襲われたが、偶然にもミュオンが近くにいて難を逃れた。そのさい、大量の霊力を放出してしまったミュオンは、高く飛んだり、物体に触れることが、一時的にできなくなっている。精霊いわく、亮介のそばに在りつづけることで、自然回復するらしい。
(だからって、四六時中見張られてるみたいで、気が散るんだけどなぁ……)
8歳児の姿にもどった亮介は、異世界でスローライフを目ざすことになるが、はたして──。
★つづく
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