【完結】愛されないあたしは全てを諦めようと思います

黒幸

文字の大きさ
9 / 56

第9話 それぞれの事情

しおりを挟む
(三人称視点)

Side ?????

 奇妙な出で立ちの老人だ。
 黒尽くめ。
 まるで夜の闇をそのまま、纏ったような漆黒で統一された装束ローブを着ていた。
 中でも異様なのは顔半分を覆い隠さんとする大きな三角帽子である。

「ふむ」

 老人の眼前にはチェック柄の遊戯盤が広げられていた。
 縦八マス、横八マスの遊戯盤の上には白いピースと黒いピースがいくつか、置かれている。

 老人が手にしていた白いピース――剣を持った騎士を模した駒――を盤上に置き、黒い大きなピースが一つ、砕け散った。
 老人がその様子に満足したとでも言わんばかりに口角を上げると一陣の軽やかな風が吹いた。

 ふと顔を上げた老人の向かいに純白のゴシックドレスを纏った少女が立っている。

「お祖父様。アレは事故。だから、今回は目を瞑ってくれません?」
「ああ。仕方なかろうよ。だが、必要以上の干渉はいかん」
「分かっているわ」

 白金の色をした髪プラチナブロンドの少女が、大事そうに抱いている黒猫の喉を撫でると「みゃ」と一声鳴いて、黒猫は微睡んだ。
 少女も黒猫もともに紅玉ルビーのように光で輝く、不思議な虹彩の瞳を持っていた。

「ルジェナが待っているから、帰るわね」

 再び、一陣の風が吹くと少女の姿は幻のように消え失せていた。

「全く、相変わらず慌ただしい娘じゃのう」

 老人のボヤキに答える者は誰もいない。
 ただ、盤上の白いピースが二つ、燦然と輝きを見せるだけである。



Side マルチナ・ネドヴェト

 その日、妹のユスティーナと登校したマルチナの心が晴れることはなかった。

 数日前、末の妹アマーリエが二階から、転落して、怪我を負っていた。
 幸いなことに目立った外傷はなかったものの意識が戻らないままである。

 アマーリエはマルチナにとって、薬であり、毒だったと言える。
 自分を慕ってくるまだ、あどけなさが残った可愛い妹であるのは間違いない。
 だが、同時に貪欲に愛を求めようとするアマーリエのことをどこか、冷めた目線で見ているのも確かだったのだ。

 それでなくてもデビュタントが間近に控えており、心身ともに疲れている時に起きたアマーリエの事故はマルチナにも暗い影を落とす。
 長女として、母親がいない間は自分がしっかりしないといけないと思えば、思うほどに空回りする自分の気持ちに混乱していたのも大きかった。

 仲の良い友人に「心配でしょうね」と声をかけられるたびに姉である自分がもっと何か、してあげるべきだったのではないかと言いようのない不安と罪悪感に襲われていた。



Side ユスティーナ・ネドヴェト

 姉のマルチナと登校したユスティーナはその日、どこか不機嫌なままだった。
 妹のアマーリエも含めた三人で登校し、元気でおしゃまなアマーリエのうるさいくらいなお喋りに付き合わされる。
 それがユスティーナの日常であり、鬱陶しくも離れがたいという矛盾をはらんだ複雑な気持ちを抱いていた。

 その日常が失われた。
 行き場のない怒りを覚えているという自覚もない。
 ユスティーナにとって、アマーリエが可愛い妹であるのに間違いない。
 だが、どこか相容れないところがあり、事あるごとに衝突してたのも事実だった。

 ユスティーナは怒りを憤りへと変換させた。
 「あの子はまた、人の関心を引こうとしている」と憤慨することにした。
 それがどれだけ、理不尽なことなのか、ユスティーナは分かっていなかった。

「あぁっ、もう! イライラする」
「ユナ! 集中しないと危ないぞ」

 魔法科に比べて騎士科を選択する生徒も少数であり、騎士科の男女比は九対一で圧倒的に男子生徒しかいない。
 これは将来、騎士を目指そうとする者しか、騎士科を選ばないことが大きく影響していた。
 優秀な成績を収めた生徒は、優先的に騎士団への入団が認められるからだ。
 だが、例え優秀ではなかったとしてもだけでも実力を認めてもらえる。
 それほどに厳しいカリキュラムが組まれているのが騎士科なのである。

 実技を伴った授業が多いのも特徴で実戦形式の組手が頻繁に行われる。
 その日も騎士科の生徒数が少ないゆえ、学年や性別を問わず、木剣を使った組手での実習が行われていたのだ。
 第二王子であるロベルトと侯爵令嬢であるユスティーナが、組手を行うのもさして、珍しいことではなかった。

「ロビーこそ、気が抜けてるんじゃないのっ!」

 腹立ちまぎれに目を三角にしたユスティーナが、低い姿勢から繰り出した突きを払いで難なくいなしたロベルトだが、それ以上の反撃はせず、間合いを取る。

「ユナ。こういう時は落ち着かないと」
「うるさいっ」

 困惑した表情を隠そうともしないロベルトと一方的にまくしたてるユスティーナの姿に周囲はいつもよりも酷いとは思いながらも誰も止めようとはしない。
 結局、授業が終わるまで一方的に絡み続けるユスティーナだったが、腹立ちは収まるどころか、悪化の一途をたどっていた。



Side ユリアン・ポボルスキー

 現在、十三歳のユリアンは宰相を務めるドゥシャン・ポボルスキーの三男として、この世に生を受けた。

 既に成人しており、父親の補佐として活躍する長男。
 騎士を目指し、実家を離れ、切磋琢磨している次男。
 その二人からはやや年の離れた弟ということもあり、ある程度の自由と言えば、聞こえはいいが期待されることもなかった。

 ユリアンとは年子で妹のサーラが生れると家族の興味と関心はサーラ一人が受けるものとなる。
 しかし、ユリアンとサーラの仲が悪いということは決してなかった。
 むしろ気が弱く、頼りない兄を引っ張る気が強く、しっかり者の妹としてうまくやっていたのである。

「ねぇ、お兄ちゃま」
「どうしたんだい?」

 いつになく、元気のないサーラの声が心配になったユリアンが読んでいた書物から、目を上げると目を潤ませた妹の姿が視界に入った。

 本を投げ出し、慌てて妹のもとに駆け寄ったユリアンは彼女が、傷だらけの黒猫を抱いていることに気が付いた。

「猫ちゃんが怪我してたの」
「そうか。うん。分かった。おとなしく待ってるんだよ」

 ユリアンはべそをかく妹を椅子に座らせるとその頭を優しく、撫でてからどこかへと走っていく。
 暫くすると応急処置を行うのに十分な包帯や消毒液を手にしたユリアンが現れた。

「こういうのは得意なんだ。お兄ちゃまに任せて」
「うん」

 その言葉は嘘ではなく、手慣れた手つきで黒猫の傷を手当てし、器用に包帯を巻いていくユリアンの姿は普段、のんびりとした様子からは想像が出来ないほどにテキパキとしていた。

「ありがとう、お兄ちゃま」

 サーラの満面の笑顔にユリアンはその日、満ち足りた気分のまま、夢の世界の住人となった。
 そして、不思議な夢を見た。

 サーラが連れてきたあの黒猫が元気な様子で駆け回り、ついてこいと言わんばかりにユリアンを促す。
 首を傾げながらもユリアンが重い腰を上げ、黒猫の後についていくと黒猫が急に勢いよく、跳躍する。

 跳躍した黒猫を受け止めたのは一人の少女だった。
 ユリアンの記憶にはない少女だ。
 折りからの風に靡く、やや色素の薄い白金色の長い髪に幻想的な美しさを感じ、ユリアンが息をするのも忘れ、見惚れていると紅玉ルビーのような輝きを放つ四つの瞳に見つめられていることに気付いた。

 少女と黒猫の目だった。
 ユリアンは人知れず、大事そうに黒猫を抱いた少女の浮かべる花笑みを呆けたように見つめるしかなかった。

「彼を助けてくれたお礼よ? 魔法をかけてあげるわ」

 明くる朝、目を覚ましたユリアンは微かな頭痛を感じていた。
 頭の奥の方に感じる針を刺されたような痛みだ。
 しっかりと寝たはずなのに寝た気がしないのも不思議だった。

「『淑女レディへの子守歌ララバイ』って、なんだ? それじゃ、僕らは一体……」

 ユリアンの呟きは誰の耳にも届くことなく、室内の静寂へと消えていった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました

Blue
恋愛
 幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

処理中です...