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第21話 ロベルト、未確認飛行物体を見る
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(三人称視点)
ロベルト・チェフは十四歳にして、波瀾万丈の半生を送った『悲運の王子』である。
王と公妾の間に生まれた庶子。
彼は母の顔も覚えていない。
父親である王ドミニクは顔を見ることすらなく、赤子のロベルトを退けた。
庇護者のないロベルトを引き取ったのが、ネドヴェト家だった。
しかし、庶子とはいえ、第二王子である。
王族の血を引いているのは紛れもなく事実だ。
王位継承権を持たない王子であってもその血を利用しようと企む者が出てもおかしくない。
ネドヴェト家がロベルトの庇護者として、名乗りを上げた時、反対の声が出なかったのはネドヴェトが特殊な血を持つ一族だったからに他ならない。
王子と同年代の娘が四人もいる家なのにも関わらずだ。
だが、ロベルトが十歳になった時、転機が訪れた。
これまで事態を静観していた前王コンラートがついに動いたのである。
ドミニクに王位を譲り、ヴィシェフラドの郊外にある離宮を居としていた。
コンラートの妹カテジナは先代のネドヴェト侯爵に降嫁している。
彼にとって年の離れた妹は目に入れても痛くない程に可愛い存在だった。
彼女が産褥で若くして、この世を去ろうともネドヴェト家との絆は決して、失われていなかった。
愛する妹の面影を残した姪との書簡のやり取りで我が子の所業を嘆いたコンラートは、『悲運の王子』に手を差し伸べたのである。
ロベルトはネドヴェト家で愛情深く、育てられた。
とはいえ、ミロスラフが出征して長い。
父親役が不在の家でもあった。
代わりを引き受けようとより強く、男らしくと育ってしまったのが、次女ユスティーナである。
そのせいか、勝気なユスティーナを反面教師として育ったロベルトはよく言えば、穏やかな人柄になっていた。
コンラートが王として、玉座にあった時代。
世はまだ混迷にあった。
長く続いたチェフ王家の治世に異を唱える者が現れ、戦禍を被る地が多かった。
コンラートの祖父の時代から、続いていた混乱は未だ収まる気配を見せず、若き頃のコンラートも自ら、剣を取って戦場を駆けた。
彼は特別に勇猛果敢な性質ではない。
温厚そのもので他者に対する慈しみが強い人柄であるコンラートにとって、戦場に身を置くのは身を裂かれるような思いが強かった。
しかし、何よりも国と民を愛して止まない強さが彼に力を与えていたのだ。
だからこそ、コンラートは戦場に立ち、国を安んじることに成功した。
コンラートがロベルトを引き取ろうと決意したのは、不遇の孫を救いたいと考えたからだけではない。
国を想うがゆえの行動でもあったと言える。
ロベルトがこのまま、ネドヴェト家にあれば、一角の人物にはなるだろう。
だが、そこまでだ。
それではこの国は救われない。
無意識のうちにそういう結論に至っていたと当の本人すら、気が付いていない以上、そのことに気付く者など誰一人いなかった。
ネドヴェト家を離れたロベルトは当初、慣れない環境に戸惑いを隠せなかった。
しかし、彼はやがて知ることになる。
それまで与えられていた愛情が過保護に近い扱いだったということにロベルトは気付いた。
寡黙で不愛想に見える祖父がどれだけ、自分のことに心を砕いてくれているのかと知った。
幼心に一方的に与えられるだけではいけないのだと悟ったロベルトは、祖父の愛に報いるべく努力に励むことになる。
コンラートは時に厳しく、時に優しすぎるほどにロベルトに接した。
彼がかつて過ごしたネドヴェト家へ遊びに行くことを止めるどころか、自由に動けるようにと馬車まで用意している。
カブリオレと呼ばれる二人掛けの座席を備えた二輪の軽装馬車は、ロベルトがネドヴェト家を気軽に訪ねられるようにコンラート自身が発注したほどである。
終業式が終わり、ロベルトは家路を急いでいた。
愛用のカブリオレを駆り、その後ろにポボルスキー伯爵家の馬車が続く。
いつもの光景である。
幼馴染の姉妹の変貌ぶりが気にかかっていたロベルトは、心ここにあらずと馬に鞭をやっていたが不意に空から、聞こえた金切り声にも似た少女の叫びが聞こえた気がした。
聞き覚えのある声だと思った。
『きゃあああああ。誰かああああ』と叫んでいる声は、いつも自分のことを『ロビー』と呼ぶ声によく似ている。
そう思った。
ふと空を見上げたロベルトはそこに信じられない物を見た。
「何だ、あれは」
あまりにも驚いた為、ロベルトのカブリオレが停車し、後続のポボルスキー家の馬車も停まらざるを得ない。
何が起きたのかと訝しんだユリアンが窓を開け、「殿下、どうされたのですか?」と尋ねるとロベルトは無言で空を指差した。
「な、なんですか、あれ」
「分からないよ」
丸くて、黄色い鳥のようなものが空を飛んでいた。
飛んでいたという形容はいささか、語弊があるかもしれない。
飛んでいるというよりも落ちてきているようにしか、見えなかったからだ。
「まずいね。あれは魔力で生み出された物かもしれない」
ロベルトの言葉にユリアンが目を凝らすと黄色い鳥のようなものの姿が徐々に薄れていることに気付いた。
はっきりと見えていた物が次第に薄れていき、空模様が薄っすらと透けて見えている。
それで分かったのは黄色い鳥のようなものに二人の人影らしきものが、乗っているということだ。
「ユリアン! 馭者を頼む」
「何をする気ですか、殿下」
「風を使う」
「分かりました。お任せください」
ロベルトのいつになく、強い物言いと空を見据える真っ直ぐな澄んだ瞳にユリアンもまた、気合が入る思いだった。
ロベルト・チェフは十四歳にして、波瀾万丈の半生を送った『悲運の王子』である。
王と公妾の間に生まれた庶子。
彼は母の顔も覚えていない。
父親である王ドミニクは顔を見ることすらなく、赤子のロベルトを退けた。
庇護者のないロベルトを引き取ったのが、ネドヴェト家だった。
しかし、庶子とはいえ、第二王子である。
王族の血を引いているのは紛れもなく事実だ。
王位継承権を持たない王子であってもその血を利用しようと企む者が出てもおかしくない。
ネドヴェト家がロベルトの庇護者として、名乗りを上げた時、反対の声が出なかったのはネドヴェトが特殊な血を持つ一族だったからに他ならない。
王子と同年代の娘が四人もいる家なのにも関わらずだ。
だが、ロベルトが十歳になった時、転機が訪れた。
これまで事態を静観していた前王コンラートがついに動いたのである。
ドミニクに王位を譲り、ヴィシェフラドの郊外にある離宮を居としていた。
コンラートの妹カテジナは先代のネドヴェト侯爵に降嫁している。
彼にとって年の離れた妹は目に入れても痛くない程に可愛い存在だった。
彼女が産褥で若くして、この世を去ろうともネドヴェト家との絆は決して、失われていなかった。
愛する妹の面影を残した姪との書簡のやり取りで我が子の所業を嘆いたコンラートは、『悲運の王子』に手を差し伸べたのである。
ロベルトはネドヴェト家で愛情深く、育てられた。
とはいえ、ミロスラフが出征して長い。
父親役が不在の家でもあった。
代わりを引き受けようとより強く、男らしくと育ってしまったのが、次女ユスティーナである。
そのせいか、勝気なユスティーナを反面教師として育ったロベルトはよく言えば、穏やかな人柄になっていた。
コンラートが王として、玉座にあった時代。
世はまだ混迷にあった。
長く続いたチェフ王家の治世に異を唱える者が現れ、戦禍を被る地が多かった。
コンラートの祖父の時代から、続いていた混乱は未だ収まる気配を見せず、若き頃のコンラートも自ら、剣を取って戦場を駆けた。
彼は特別に勇猛果敢な性質ではない。
温厚そのもので他者に対する慈しみが強い人柄であるコンラートにとって、戦場に身を置くのは身を裂かれるような思いが強かった。
しかし、何よりも国と民を愛して止まない強さが彼に力を与えていたのだ。
だからこそ、コンラートは戦場に立ち、国を安んじることに成功した。
コンラートがロベルトを引き取ろうと決意したのは、不遇の孫を救いたいと考えたからだけではない。
国を想うがゆえの行動でもあったと言える。
ロベルトがこのまま、ネドヴェト家にあれば、一角の人物にはなるだろう。
だが、そこまでだ。
それではこの国は救われない。
無意識のうちにそういう結論に至っていたと当の本人すら、気が付いていない以上、そのことに気付く者など誰一人いなかった。
ネドヴェト家を離れたロベルトは当初、慣れない環境に戸惑いを隠せなかった。
しかし、彼はやがて知ることになる。
それまで与えられていた愛情が過保護に近い扱いだったということにロベルトは気付いた。
寡黙で不愛想に見える祖父がどれだけ、自分のことに心を砕いてくれているのかと知った。
幼心に一方的に与えられるだけではいけないのだと悟ったロベルトは、祖父の愛に報いるべく努力に励むことになる。
コンラートは時に厳しく、時に優しすぎるほどにロベルトに接した。
彼がかつて過ごしたネドヴェト家へ遊びに行くことを止めるどころか、自由に動けるようにと馬車まで用意している。
カブリオレと呼ばれる二人掛けの座席を備えた二輪の軽装馬車は、ロベルトがネドヴェト家を気軽に訪ねられるようにコンラート自身が発注したほどである。
終業式が終わり、ロベルトは家路を急いでいた。
愛用のカブリオレを駆り、その後ろにポボルスキー伯爵家の馬車が続く。
いつもの光景である。
幼馴染の姉妹の変貌ぶりが気にかかっていたロベルトは、心ここにあらずと馬に鞭をやっていたが不意に空から、聞こえた金切り声にも似た少女の叫びが聞こえた気がした。
聞き覚えのある声だと思った。
『きゃあああああ。誰かああああ』と叫んでいる声は、いつも自分のことを『ロビー』と呼ぶ声によく似ている。
そう思った。
ふと空を見上げたロベルトはそこに信じられない物を見た。
「何だ、あれは」
あまりにも驚いた為、ロベルトのカブリオレが停車し、後続のポボルスキー家の馬車も停まらざるを得ない。
何が起きたのかと訝しんだユリアンが窓を開け、「殿下、どうされたのですか?」と尋ねるとロベルトは無言で空を指差した。
「な、なんですか、あれ」
「分からないよ」
丸くて、黄色い鳥のようなものが空を飛んでいた。
飛んでいたという形容はいささか、語弊があるかもしれない。
飛んでいるというよりも落ちてきているようにしか、見えなかったからだ。
「まずいね。あれは魔力で生み出された物かもしれない」
ロベルトの言葉にユリアンが目を凝らすと黄色い鳥のようなものの姿が徐々に薄れていることに気付いた。
はっきりと見えていた物が次第に薄れていき、空模様が薄っすらと透けて見えている。
それで分かったのは黄色い鳥のようなものに二人の人影らしきものが、乗っているということだ。
「ユリアン! 馭者を頼む」
「何をする気ですか、殿下」
「風を使う」
「分かりました。お任せください」
ロベルトのいつになく、強い物言いと空を見据える真っ直ぐな澄んだ瞳にユリアンもまた、気合が入る思いだった。
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