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第十六幕
しおりを挟む「なぜですか!!?」
声は少し鬼気迫る感じではあるが表情は無のままイワンが俺を見る。
「レイグナー様は王女との婚約が決まっていたのでは? 本日もそのために予約していたのでしょう?」
俺も無表情のまま答える。将来のことを考えたって王女を選ぶべきだ。
「……いえ、そんな話はありません。本日は確かにミランダ王女に予約を譲っていただきましたが」
「新聞で騒がれていたじゃないですか。写真でもあんなに王女と楽し気にしていたし」
「ああ、あれはシャクナさんの話をしていたんですよ。王女と私は貴方のファンなんです。それはもう毎日熱く語っています」
は?
「待ってください。あんなに優しく微笑み合いながら俺の話をしていたと?」
「そうです。王女とは強いて言うなら観劇仲間です。そんなことを気にしていたなら全く問題ありません。今日も貴方を誘うならここに連れて行くようにと王女に言われたんですよ」
二人とも表情筋が死んでいるが、イワンが少しだけ、本当に少しだけ微笑んだ。
たったそれだけで俺の胸は高鳴る。
「私は貴方のことが好きなんです。ずっとずっと見ていました。第三歌劇団の内部告発をした時、なんて勇気のある子なんだろうと、貴方が新聞に載るたびに惹かれていきました」
「そんな……俺なんて話題になることもないし」
「それこそそんなことありませんよ。それに貴方の告発で歌劇団内の私欲に塗れた幹部も粛清されました。高位貴族でも感謝している方は多いです」
初耳である。ああでも少しは良いことしたのなら良かった。
「お言葉は嬉しいんですが、俺は自分勝手で暴力的なんです。清楚可憐で幸せそうに微笑むのは演技だけなんで、結婚なんてしたら後悔しますよ」
しかもイワンの追っかけだ。絶対にそれ知ったら幻滅するって。
「知っていますよ。これでも傍で二週間見てきました。芝居の時と同じ人格だなんてそれこそお会いする前から思っていません」
「ではなぜ? 相当幻滅したでしょう。態度も悪かったですし、レイグナー様の相手もほとんどカイにやらせました」
「確かに嫌われているのかと思っていましたが、そうではないと貴方の口から聞きましたし、カイにも聞きました。緊張されていたんですね」
緊張というより興奮を隠してたんだけど。
「俺の口から?」
「ええ、私のことを好きだと仰った。好きだと言われた時、貴方を手に入れたいと欲が出ました。その前から護衛をすれば近づける、浄化をするためなら抱けると、私欲塗れな私の方こそ幻滅されていそうですが」
まっすぐ見つめてくる緑の瞳に視線が吸い寄せれる。
ああ、どうしよう。最高に格好良いなぁ。
「私は死を目前にすると人の本性は出ると思っています。貴方はカイを突き放すこともせず慈しんでいた。そして私に殺されることを……望んだ。私が知っている中で一番素敵な、心奪われる笑顔でした。あの瞬間、必ず貴方を守り抜くと決めたのです」
表情は変わっていないのに、イワンが悲しそうに見えた。悲しそうじゃないのに泣きそうに見えるのは声が沈んでいるからか。
「幸せであれば遠くから見ているだけで満足でした。だけど、今のままじゃだめだ。貴方を放っておけない。どうかあの8年前のように私の手を取ってください」
「!!!?……まさか、俺を覚えてる?」
魔物に襲われて壊滅する村は年間いくつかある。俺の村は小さかったし、特に要人もいなかったから記憶になんて残らないはずなのに。
「内部告発の際に貴方の身元は調べられたんです。私のところにも確認が来たので……実は村で会った時女の子だと思ってて、第三歌劇団に入ったと聞いて驚きました。それからずっとシャクナの名前を追ってました」
「ずっと……?」
なんだよ、それって俺と同じじゃんか。
「もう一度、私をどう思っているのか教えてくれませんか?」
無表情だけど、どこか不安そうな顔をしているイワンが歪んで見える。
ほんとなんなんだよ、イワンって完璧すぎだろ。なんでこんないい人なんだ? もしかして助けた人全員口説いてるのか? まあ、それでもいい。
感情が溢れる。好きって気持ちが止まらない。嬉しい。好き。大好き。
家族を、心許せる人をつくるのが怖い。またいつ突然おいて行かれるかわからない。だけどイワンなら。きっと強いし、大丈夫かも知れない、なんて都合よく思う。
「うう……すき。凄くすき…」
俺は恐る恐るイワンの差し出された手に手を乗せた。俺の手の甲にイワンがキスをする。
「イワンのこと、好き、です。それはもう気持ち悪いくらい好きで、多分知ったら引いちゃうから、その、結婚じゃなくて……友達からお願いします」
俺は涙がこぼれ落ちそうになったので俯く。イワンがそんな俺をそっと抱きしめた。
「せめてそこは友達からじゃなくて恋人からにしてください」
抱きしめられていたから顔は見えなかったが、イワンもくすくすと身体を揺らして笑うことがあるんだと、その時初めて知った。
そしてその時のイワンの表情を知ったのは翌日の新聞の一面である。
『ビッグカップル誕生!! 氷の壁と氷の華の溶かしあう熱愛』
見出しを見て俺は顎が外れるかと思った。ローズガーデンでの様子を写真付きでスクープされている。抱きしめられている俺の表情は見えなかったが、それはもう幸せそうに笑うイワンにキュン死させられるかと思った。
なんだこの顔反則だろう、可愛いとかずるい。え? なんで俺抱きしめられてたの? 特等席だったのに。
ちなみにこの記事の締めくくりに「イワンとシャクナから結婚の報告も近々もらう予定」とのミランダ王女のコメントが載っていたので、情報の出どころが判りやすい。しかも結婚することが前提になっている。
もしかしなくても、完全に外堀を埋められたのだと悟るには十分だった。
~ 終幕 ~
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