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第二部 新規開店
第46話 開店二日目
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翌朝、陽人を現実に引き戻したのは、首筋を走る鋭い痛みと、硬いカウンターの感触だった。
「いっ……ててて……!」
思わず呻き声を上げ、ゆっくりと顔を上げる。どうやら、昨夜はカウンターに突っ伏したまま寝落ちてしまったらしい。体中がバキバキに凝り固まっており、お世辞にも快適な目覚めとは言えなかった。窓の外はすでに明るく、厨房には朝の光が差し込んでいる。
(最悪の寝覚めだ……。今日はベッドで寝るぞ、絶対に……)
重い体を引きずるように立ち上がり、凝り固まった肩をぐるぐると回す。昨日の喧騒が嘘のように静かな店内に、ボキボキと間抜けな音が響いた。
「おはようございまーす! シェフ、今日も一日頑張りましょう!」
そんな陽人の気だるさを吹き飛ばすかのように、リリアが店の扉を開けて元気よく飛び込んできた。彼女は昨日の疲労など微塵も感じさせない、太陽のような笑顔を振りまいている。
「お、おはよう、リリア……。朝から元気だな……」
「はいっ! 昨日、お客さんに美味しいって言ってもらえたのが嬉しくて、よく眠れました!」
続いて、ギギがおずおずと顔を出す。
「お、おはようございます、シェフ……。あの、今日は、お皿、割りませんから……」
相変わらずの小心者ぶりだが、昨日よりは少しだけ声に張りがある気がする。
最後に、バルガスが無言で入ってきた。軽く頷くだけの挨拶はいつも通りだが、彼は店に入るなり、当たり前のように厨房の掃除道具を手に取り、黙々と床を磨き始めた。その勤勉さには頭が下がる。
「よし、じゃあ開店準備、始めるか!」
陽人は気合を入れ直し、昨日の売上を計算しながら今日の仕込み計画を練り始めた。
(昨日は意外と『沼地の粘液風スープ』が出たな……。見た目に反して、人間の口にも合ったらしい。今日は多めに仕込んでおくか。それから『獄炎鶏』用の唐辛子オイルも補充しないと……)
ホールでは、リリアが「昨日の反省点を活かして!」と、一人で接客のロールプレイングに励んでいる。
「いらっしゃいませ! 本日のおすすめは、シェフ特製・滋養満点スープでございます! 見た目は少々アレですが、味は保証付きですよ!」
……少し正直すぎる気もするが、まあ意欲は買おう。
ギギは、陽人に「掃除の才能がある」と言われたのが嬉しかったのか、昨日にも増して熱心に店内の拭き掃除に没頭している。小さな体で隅々まで動き回り、塵ひとつ見逃さない勢いだ。
バルガスは力仕事担当。食材の搬入や、少し歪んでいたテーブルの脚の調整などを、その怪力で黙々とこなしていく。
(うん、昨日よりは少し落ち着いてるか……?)
陽人がそう思い、店の前の掃き掃除でもしようかと外に出た、その瞬間だった。
「なっ……!? な、なんだこれ!」
陽人は思わず声を上げた。店の木の扉の前に、無造作に生ゴミがぶちまけられていたのだ。腐った野菜くずや、魚の骨のようなものまで混じっている。明らかに、誰かの意図的な嫌がらせだ。
「ひどい! 誰がこんなことを!」
陽人の声を聞きつけて出てきたリリアが、憤慨して声を上げる。
「ひぃぃぃ! こ、これはもしや、呪いの儀式の痕跡でしょうか!? 私たち、呪われちゃったんじゃ!?」
ギギは完全にパニックを起こし、扉の陰に隠れてぶるぶる震え始めた。
その時、バルガスが店の奥から大きな箒(ほうき)と塵取り(ちりとり)を持って現れた。彼は散乱したゴミを一瞥(いちべつ)すると、何も言わずに、黙々とそれを掃き集め始めた。その背中からは、静かだが確かな怒りのオーラが発せられているように見えた。
陽人も、最初は怒りで体が震えた。昨日、ようやく掴みかけた手応えを、踏みにじられたような気分だった。脳裏に浮かぶのは、隣の貴族の冷たい視線だ。おそらく、彼らの差し金だろう。
(くそっ……! 開店二日目でこれかよ……!)
だが、バルガスが集めたゴミの山を睨みつけているうちに、陽人の思考は妙な方向へと転がり始めた。
(……待てよ? この野菜くず……まだ新鮮な部分もあるな。魚の骨は……ダシくらい取れるか? いや、さすがにそれは……でも、この野菜くずは……)
閃いた(?)陽人は、ポンと手を打った。
「……よし! これ、堆肥(たいひ)にして、店の裏で家庭菜園始めないか?」
「へ?」
リリアとギギ(と、おそらくバルガスも内心)が、素っ頓狂な声を上げる。
「だって、これ、元は野菜だろ? いい肥料になるぞ。自家製の野菜を使えば、食材費の節約にもなるし、何より新鮮だ! 名付けて『リサイクル家庭菜園計画』だ!」
「シェフ!? ポジティブすぎます! それ、ただの嫌がらせのゴミですよ!?」
リリアが目を丸くしてツッコミを入れる。
「まあまあ、ゴミも使いようってことだ。それに、こんな嫌がらせにいちいち腹を立ててたら、身が持たないからな」
陽人は無理やりに笑顔を作り、バルガスに指示を出した。
「バルガス、悪いがそのゴミ、店の裏に運んでおいてくれ。後で土に混ぜる」
「……ウス」
バルガスは、少しだけ困惑したような表情を見せつつも、黙ってゴミ袋を担ぎ上げた。
そんなこんなで、開店前から一騒動あったマカイ亭の二日目。
陽人は内心の怒りと不安を抑え込み、「よし、今日もやるぞ!」とスタッフに檄を飛ばした。昨日より少しだけ、しかし確実に逞しくなった(かもしれない)チームで、店の扉を開ける。
カラン――。
開店とほぼ同時に、ドアベルが鳴った。昨日とは明らかに違う客層だ。仕立ての良い服に身を包み、銀縁の眼鏡をかけた、品の良さそうな老紳士が、興味深そうに店内を見回している。
「ふむ……ここが噂の、魔界の料理を出すという店かね?」
その穏やかながらも鋭い眼光に、陽人は思わず背筋を伸ばした。新たな波乱の予感が、早くも漂い始めていた。
「いっ……ててて……!」
思わず呻き声を上げ、ゆっくりと顔を上げる。どうやら、昨夜はカウンターに突っ伏したまま寝落ちてしまったらしい。体中がバキバキに凝り固まっており、お世辞にも快適な目覚めとは言えなかった。窓の外はすでに明るく、厨房には朝の光が差し込んでいる。
(最悪の寝覚めだ……。今日はベッドで寝るぞ、絶対に……)
重い体を引きずるように立ち上がり、凝り固まった肩をぐるぐると回す。昨日の喧騒が嘘のように静かな店内に、ボキボキと間抜けな音が響いた。
「おはようございまーす! シェフ、今日も一日頑張りましょう!」
そんな陽人の気だるさを吹き飛ばすかのように、リリアが店の扉を開けて元気よく飛び込んできた。彼女は昨日の疲労など微塵も感じさせない、太陽のような笑顔を振りまいている。
「お、おはよう、リリア……。朝から元気だな……」
「はいっ! 昨日、お客さんに美味しいって言ってもらえたのが嬉しくて、よく眠れました!」
続いて、ギギがおずおずと顔を出す。
「お、おはようございます、シェフ……。あの、今日は、お皿、割りませんから……」
相変わらずの小心者ぶりだが、昨日よりは少しだけ声に張りがある気がする。
最後に、バルガスが無言で入ってきた。軽く頷くだけの挨拶はいつも通りだが、彼は店に入るなり、当たり前のように厨房の掃除道具を手に取り、黙々と床を磨き始めた。その勤勉さには頭が下がる。
「よし、じゃあ開店準備、始めるか!」
陽人は気合を入れ直し、昨日の売上を計算しながら今日の仕込み計画を練り始めた。
(昨日は意外と『沼地の粘液風スープ』が出たな……。見た目に反して、人間の口にも合ったらしい。今日は多めに仕込んでおくか。それから『獄炎鶏』用の唐辛子オイルも補充しないと……)
ホールでは、リリアが「昨日の反省点を活かして!」と、一人で接客のロールプレイングに励んでいる。
「いらっしゃいませ! 本日のおすすめは、シェフ特製・滋養満点スープでございます! 見た目は少々アレですが、味は保証付きですよ!」
……少し正直すぎる気もするが、まあ意欲は買おう。
ギギは、陽人に「掃除の才能がある」と言われたのが嬉しかったのか、昨日にも増して熱心に店内の拭き掃除に没頭している。小さな体で隅々まで動き回り、塵ひとつ見逃さない勢いだ。
バルガスは力仕事担当。食材の搬入や、少し歪んでいたテーブルの脚の調整などを、その怪力で黙々とこなしていく。
(うん、昨日よりは少し落ち着いてるか……?)
陽人がそう思い、店の前の掃き掃除でもしようかと外に出た、その瞬間だった。
「なっ……!? な、なんだこれ!」
陽人は思わず声を上げた。店の木の扉の前に、無造作に生ゴミがぶちまけられていたのだ。腐った野菜くずや、魚の骨のようなものまで混じっている。明らかに、誰かの意図的な嫌がらせだ。
「ひどい! 誰がこんなことを!」
陽人の声を聞きつけて出てきたリリアが、憤慨して声を上げる。
「ひぃぃぃ! こ、これはもしや、呪いの儀式の痕跡でしょうか!? 私たち、呪われちゃったんじゃ!?」
ギギは完全にパニックを起こし、扉の陰に隠れてぶるぶる震え始めた。
その時、バルガスが店の奥から大きな箒(ほうき)と塵取り(ちりとり)を持って現れた。彼は散乱したゴミを一瞥(いちべつ)すると、何も言わずに、黙々とそれを掃き集め始めた。その背中からは、静かだが確かな怒りのオーラが発せられているように見えた。
陽人も、最初は怒りで体が震えた。昨日、ようやく掴みかけた手応えを、踏みにじられたような気分だった。脳裏に浮かぶのは、隣の貴族の冷たい視線だ。おそらく、彼らの差し金だろう。
(くそっ……! 開店二日目でこれかよ……!)
だが、バルガスが集めたゴミの山を睨みつけているうちに、陽人の思考は妙な方向へと転がり始めた。
(……待てよ? この野菜くず……まだ新鮮な部分もあるな。魚の骨は……ダシくらい取れるか? いや、さすがにそれは……でも、この野菜くずは……)
閃いた(?)陽人は、ポンと手を打った。
「……よし! これ、堆肥(たいひ)にして、店の裏で家庭菜園始めないか?」
「へ?」
リリアとギギ(と、おそらくバルガスも内心)が、素っ頓狂な声を上げる。
「だって、これ、元は野菜だろ? いい肥料になるぞ。自家製の野菜を使えば、食材費の節約にもなるし、何より新鮮だ! 名付けて『リサイクル家庭菜園計画』だ!」
「シェフ!? ポジティブすぎます! それ、ただの嫌がらせのゴミですよ!?」
リリアが目を丸くしてツッコミを入れる。
「まあまあ、ゴミも使いようってことだ。それに、こんな嫌がらせにいちいち腹を立ててたら、身が持たないからな」
陽人は無理やりに笑顔を作り、バルガスに指示を出した。
「バルガス、悪いがそのゴミ、店の裏に運んでおいてくれ。後で土に混ぜる」
「……ウス」
バルガスは、少しだけ困惑したような表情を見せつつも、黙ってゴミ袋を担ぎ上げた。
そんなこんなで、開店前から一騒動あったマカイ亭の二日目。
陽人は内心の怒りと不安を抑え込み、「よし、今日もやるぞ!」とスタッフに檄を飛ばした。昨日より少しだけ、しかし確実に逞しくなった(かもしれない)チームで、店の扉を開ける。
カラン――。
開店とほぼ同時に、ドアベルが鳴った。昨日とは明らかに違う客層だ。仕立ての良い服に身を包み、銀縁の眼鏡をかけた、品の良さそうな老紳士が、興味深そうに店内を見回している。
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