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第三章 魔王様、アルバイトは時給千円からです!
第80話 聖者の新メニューと、魔王、契約(スマホ)に挑む
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【日本・横浜】
魔王ゼファーは、アパートの四畳半で、人生で初めて体験する味覚と格闘していた。 彼の手には、大家の老婆から賜った、黄色い果実――バナナが握られている。
「……む」 おそるおそる一口かじる。ねっとりとした食感と、脳天を突き抜けるような、濃厚な甘さ。 「……なんと。果実でありながら、これほどの密度と甘味を持つとは。魔界の『蜜トロルの心臓』にも匹敵する……いや、それ以上か」 ゼファーが、その未知の美味に驚愕していると、隣でギギが目をキラキラさせて叫んだ。 「ま、魔王様! おいしいです! おいしいですぅ! これぞ、合格の味です!」 ギギは、ゼファーから分けてもらったバナナの欠片を、恍惚の表情で味わっていた。
だが、至福の時は短い。食べ終えたゼファーの手には、一つの新たな「問題」が残された。 「……ギギよ。この『皮』は、どう処理する?」 「ひぃぃっ!?」 ギギは、バナナの皮を前に、昨夜の悪夢(ゴミ分別)が蘇り、顔を真っ青にした。 「こ、これは…『なまゴミ』…すなわち『燃やすゴミ』の領域かと! し、しかし、これほどの水分を含んだものを、そのまま捨ててよいものか…!?」 「ふむ…」ゼファーは顎に手を当てる。「昨夜の老婆(大家)の厳しい視線…油断はできぬ。失態は、即『契約解除』に繋がるぞ」
二人が、バナナの皮一枚を前にして、国家機密レベルの真剣さで頭を悩ませていると、陽人が置き忘れたアパートの机の引き出しから、一枚の紙がはみ出しているのにギギが気づいた。 「魔王様! 紙です! 陽人様の『遺言』かもしれません!」 「馬鹿を言え、縁起でもない」
ゼファーがその紙を広げると、そこには、彼らには解読不能なカタカナと数字が羅列されていた。 『ヨコハマギンコウ フツウ 123456』 『ヤチン ヒキオトシ 28ニチ』 『スマホダイ ゲツガク 980エン』
「……暗号か?」 ゼファーは、その文字列を睨みつけた。特に、繰り返し現れる『ヒキオトシ』という単語。 「……ギギよ。『ヒキオトシ』とは、いかなる攻撃魔術だ? 定期的に資産を強奪される呪いか?」 「ひぃぃ! こ、怖すぎます! 陽人様は、毎月、呪いに攻撃されていたのですか!?」
このままでは、自分たちも『ヒキオトシ』の呪いにかかるかもしれない。ゼファーは、この世界の「法」と「契約」の専門家(と彼が勝手に認定した)オヤカタに相談すべく、ギギを連れて工事現場へと向かった。
【異世界・マカイ亭】
一方、マカイ亭。 「聖者」フィーバーは、オルロフ公爵の衛兵による警備強化のおかげで、ようやく沈静化しつつあった。店の前で祈りを捧げる人々はいなくなり、代わりに「あの聖なる味をもう一度」と願う、純粋な(しかし目がマジな)客たちが、開店前から長蛇の列を作っていた。
「よーし、お前ら、準備はいいか!」 厨房で、陽人はかつてないほどの活気に満ちていた。 「今日の目玉は、アレだ! 『王宮晩餐会・奇跡のデザート(マカイ亭バージョン)』! あの『微光ペッパー』は使えないが、代わりにもっと身近なスパイスで、あの弾ける食感を再現するぞ!」 「は、はいっ、シェフ!」 「ギギも、ベリーソース担当、頼んだぞ!」 「は、はいぃ! 宝石の輝き、失わせません!」 「バルガス! 頼むから、クルミは『砕く』な。『刻んで』くれ!」 「……ウス。……努力する」
王宮晩餐会という修羅場を共に乗り越えたチーム・マカイ亭の結束は、以前にも増して強固になっていた。 開店と同時に、客が殺到する。 「聖者様のジュレ、一つ!」 「俺はいつもの獄炎鶏だ! あれ食わねえと始まらねえ!」
陽人は、もはや「聖者」という呼び名を訂正するのを諦めた。 (……まあ、いいか。聖者が作った料理だろうが何だろうが、『うまい』は『うまい』んだ) プレッシャーから解放され、原点に立ち返った陽人の料理は、冴え渡っていた。
その様子を、店の片隅のテーブルで、一人の男が苦々しげに見つめていた。 男は、王都の「料理ギルド」の紋章をつけた、恰幅の良い中年男だった。彼は、音もなく運ばれてきたデザートを一口食べ、その完璧な味のバランスに、嫉妬と驚愕で目を見開いた。
(……馬鹿な。宮廷料理長のグラント様ならともかく、こんな下町の、魔界かぶれの若造が、これほどの味を……!) 彼は、ギルドの長老たちから「あの店の『品格』を査察してこい」と命を受け、スパイとして潜入していたのだ。 (……認めん。このような規格外の存在は、我らギルドが築き上げてきた『秩序』を乱す!) 男は、デザートの代金をテーブルに叩きつけると、陽人に一瞥もくれず、店を飛び出していった。
「……?」 陽人は、その男のただならぬ雰囲気に首を傾げたが、すぐに押し寄せる次の注文の波に、その違和感をかき消されてしまった。 新たな嵐の予兆は、聖者の厨房の喧騒に、まだ気づかれずにいた。
【日本・横浜・中古スマホ店】
「ギンコウ……? ああ、銀行な。金預けたり、家賃払ったりするとこだよ」 工事現場の休憩中、オヤカタはゼファーの拙い質問に、あっけらかんと答えた。 「それよりゼファーさん、あんた『スマホ』持ってねえのか? 今時、小学生でも持ってんぞ」 「……すまほ?」 「これだよ、これ」
オヤカタが見せたのは、傷だらけのスマートフォンだった。彼は慣れた手つきで画面を操作し、ゼファーに工事現場の写真を見せた。 「電話もできるし、写真も撮れる。さっきの『銀行』ってのも、これで全部できちまう。最強の魔導具だぜ?」
(……なんと) ゼファーは衝撃を受けた。テレビ、図書館に続く、第三の叡智の源。しかも、これは携帯できるという。 「オヤカタよ。その『すまほ』、どこで手に入る?」 「ああ? 中古でいいなら、駅前のショップで安く売ってるぜ」
その日の夕方。 ゼファーとギギは、薄暗い雑居ビルの一室にある、中古スマホショップの前に立っていた。 『衝撃価格! スマホ本体 0円!』 『月額利用料 ずーっと980円!』
「……ゼロ円……だと?」 ゼファーの目が、ギラリと光った。王として、統治者として、「タダ(無償)」という言葉の裏にある危険性を、彼は本能で知っている。だが、同時に、その魅力には抗いがたい。
「いらっしゃいませー! お客様、スマホお探しですかー?」 やけにテンションの高い店員が、ゼファーに近づいてくる。 「うむ。この『ゼロ円』というのを所望する」 「あ、はい! こちらですね! ただ、こちらは『二年契約』というお約束(・・・)が必要になりまして…」
店員は、早口で契約内容の説明を始めた。 「……つまり、二年間の『魂の隷属契約』を結ぶ代わりに、この魔導具(スマホ)をゼロ円で下賜(かし)するというわけか?」 ゼファーの真剣な問いに、店員は一瞬、目を丸くしたが、すぐに営業スマイルに戻った。 「あ、はは! 隷属だなんて、大げさっスよー! でも、まあ、そんな感じです!」
「……よかろう。契約しよう」 ゼファーは、自らの労働対価(日給)と、陽人が残した謎の呪い『ヒキオトシ』、そしてこの世界の複雑怪奇な『契約』システムを支配するため、新たな一歩を踏み出すことを決意した。
「ま、魔王様……! 『二年』も、この世界に……!?」 ギギが、絶望的な声を上げる。 「案ずるな、ギギよ。これも、我らが元の世界へ帰還するための、必要な『投資』だ」
ゼファーは、契約書(という名の新たな呪い)に、震える手で『ゼファー』とカタカナで署名した。 こうして、魔王は、ついに現代魔術の結晶(中古のiPhone)を手に入れた。 彼が最初にダウンロードするアプリが、料理レシピのアプリなのか、それとも銀行の残高照会アプリなのか……それは、まだ誰も知らない。
魔王ゼファーは、アパートの四畳半で、人生で初めて体験する味覚と格闘していた。 彼の手には、大家の老婆から賜った、黄色い果実――バナナが握られている。
「……む」 おそるおそる一口かじる。ねっとりとした食感と、脳天を突き抜けるような、濃厚な甘さ。 「……なんと。果実でありながら、これほどの密度と甘味を持つとは。魔界の『蜜トロルの心臓』にも匹敵する……いや、それ以上か」 ゼファーが、その未知の美味に驚愕していると、隣でギギが目をキラキラさせて叫んだ。 「ま、魔王様! おいしいです! おいしいですぅ! これぞ、合格の味です!」 ギギは、ゼファーから分けてもらったバナナの欠片を、恍惚の表情で味わっていた。
だが、至福の時は短い。食べ終えたゼファーの手には、一つの新たな「問題」が残された。 「……ギギよ。この『皮』は、どう処理する?」 「ひぃぃっ!?」 ギギは、バナナの皮を前に、昨夜の悪夢(ゴミ分別)が蘇り、顔を真っ青にした。 「こ、これは…『なまゴミ』…すなわち『燃やすゴミ』の領域かと! し、しかし、これほどの水分を含んだものを、そのまま捨ててよいものか…!?」 「ふむ…」ゼファーは顎に手を当てる。「昨夜の老婆(大家)の厳しい視線…油断はできぬ。失態は、即『契約解除』に繋がるぞ」
二人が、バナナの皮一枚を前にして、国家機密レベルの真剣さで頭を悩ませていると、陽人が置き忘れたアパートの机の引き出しから、一枚の紙がはみ出しているのにギギが気づいた。 「魔王様! 紙です! 陽人様の『遺言』かもしれません!」 「馬鹿を言え、縁起でもない」
ゼファーがその紙を広げると、そこには、彼らには解読不能なカタカナと数字が羅列されていた。 『ヨコハマギンコウ フツウ 123456』 『ヤチン ヒキオトシ 28ニチ』 『スマホダイ ゲツガク 980エン』
「……暗号か?」 ゼファーは、その文字列を睨みつけた。特に、繰り返し現れる『ヒキオトシ』という単語。 「……ギギよ。『ヒキオトシ』とは、いかなる攻撃魔術だ? 定期的に資産を強奪される呪いか?」 「ひぃぃ! こ、怖すぎます! 陽人様は、毎月、呪いに攻撃されていたのですか!?」
このままでは、自分たちも『ヒキオトシ』の呪いにかかるかもしれない。ゼファーは、この世界の「法」と「契約」の専門家(と彼が勝手に認定した)オヤカタに相談すべく、ギギを連れて工事現場へと向かった。
【異世界・マカイ亭】
一方、マカイ亭。 「聖者」フィーバーは、オルロフ公爵の衛兵による警備強化のおかげで、ようやく沈静化しつつあった。店の前で祈りを捧げる人々はいなくなり、代わりに「あの聖なる味をもう一度」と願う、純粋な(しかし目がマジな)客たちが、開店前から長蛇の列を作っていた。
「よーし、お前ら、準備はいいか!」 厨房で、陽人はかつてないほどの活気に満ちていた。 「今日の目玉は、アレだ! 『王宮晩餐会・奇跡のデザート(マカイ亭バージョン)』! あの『微光ペッパー』は使えないが、代わりにもっと身近なスパイスで、あの弾ける食感を再現するぞ!」 「は、はいっ、シェフ!」 「ギギも、ベリーソース担当、頼んだぞ!」 「は、はいぃ! 宝石の輝き、失わせません!」 「バルガス! 頼むから、クルミは『砕く』な。『刻んで』くれ!」 「……ウス。……努力する」
王宮晩餐会という修羅場を共に乗り越えたチーム・マカイ亭の結束は、以前にも増して強固になっていた。 開店と同時に、客が殺到する。 「聖者様のジュレ、一つ!」 「俺はいつもの獄炎鶏だ! あれ食わねえと始まらねえ!」
陽人は、もはや「聖者」という呼び名を訂正するのを諦めた。 (……まあ、いいか。聖者が作った料理だろうが何だろうが、『うまい』は『うまい』んだ) プレッシャーから解放され、原点に立ち返った陽人の料理は、冴え渡っていた。
その様子を、店の片隅のテーブルで、一人の男が苦々しげに見つめていた。 男は、王都の「料理ギルド」の紋章をつけた、恰幅の良い中年男だった。彼は、音もなく運ばれてきたデザートを一口食べ、その完璧な味のバランスに、嫉妬と驚愕で目を見開いた。
(……馬鹿な。宮廷料理長のグラント様ならともかく、こんな下町の、魔界かぶれの若造が、これほどの味を……!) 彼は、ギルドの長老たちから「あの店の『品格』を査察してこい」と命を受け、スパイとして潜入していたのだ。 (……認めん。このような規格外の存在は、我らギルドが築き上げてきた『秩序』を乱す!) 男は、デザートの代金をテーブルに叩きつけると、陽人に一瞥もくれず、店を飛び出していった。
「……?」 陽人は、その男のただならぬ雰囲気に首を傾げたが、すぐに押し寄せる次の注文の波に、その違和感をかき消されてしまった。 新たな嵐の予兆は、聖者の厨房の喧騒に、まだ気づかれずにいた。
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「ギンコウ……? ああ、銀行な。金預けたり、家賃払ったりするとこだよ」 工事現場の休憩中、オヤカタはゼファーの拙い質問に、あっけらかんと答えた。 「それよりゼファーさん、あんた『スマホ』持ってねえのか? 今時、小学生でも持ってんぞ」 「……すまほ?」 「これだよ、これ」
オヤカタが見せたのは、傷だらけのスマートフォンだった。彼は慣れた手つきで画面を操作し、ゼファーに工事現場の写真を見せた。 「電話もできるし、写真も撮れる。さっきの『銀行』ってのも、これで全部できちまう。最強の魔導具だぜ?」
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店員は、早口で契約内容の説明を始めた。 「……つまり、二年間の『魂の隷属契約』を結ぶ代わりに、この魔導具(スマホ)をゼロ円で下賜(かし)するというわけか?」 ゼファーの真剣な問いに、店員は一瞬、目を丸くしたが、すぐに営業スマイルに戻った。 「あ、はは! 隷属だなんて、大げさっスよー! でも、まあ、そんな感じです!」
「……よかろう。契約しよう」 ゼファーは、自らの労働対価(日給)と、陽人が残した謎の呪い『ヒキオトシ』、そしてこの世界の複雑怪奇な『契約』システムを支配するため、新たな一歩を踏み出すことを決意した。
「ま、魔王様……! 『二年』も、この世界に……!?」 ギギが、絶望的な声を上げる。 「案ずるな、ギギよ。これも、我らが元の世界へ帰還するための、必要な『投資』だ」
ゼファーは、契約書(という名の新たな呪い)に、震える手で『ゼファー』とカタカナで署名した。 こうして、魔王は、ついに現代魔術の結晶(中古のiPhone)を手に入れた。 彼が最初にダウンロードするアプリが、料理レシピのアプリなのか、それとも銀行の残高照会アプリなのか……それは、まだ誰も知らない。
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