異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん

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第三章 魔王様、アルバイトは時給千円からです!

第79話 聖者の凱旋と、魔王、ゴミに悩む

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【異世界・王宮大広間】

 ボルドア子爵が逃げ去った後の大広間は、まるで熱病が過ぎ去ったかのような、奇妙な静けさと興奮の余韻に包まれていた。 割れた皿の破片は隅に寄せられ、貴族たちは三々五々、今しがた目撃したばかりの「奇跡」について、熱っぽく語り合っている。

「……見たか? 団長の、あの涙を」 「ああ…。ボルドア卿も、さすがに分が悪かったな」 「それよりも、あの料理人…橘陽人と言ったか。彼こそが、真の『聖者』やもしれんぞ…」

 そんな囁きが飛び交う中、当の陽人は、厨房の片隅で、燃え尽きたように壁に寄りかかっていた。 (……終わった。何もかも……。もう、一歩も動きたくない……) 緊張の糸が切れた今、彼の体を支配しているのは、疲労。ただ、圧倒的な疲労だった。

「シェフ! お疲れ様でした! もう、私、感動で……!」 リリアが、興奮で顔を紅潮させながら駆け寄ってくる。 「ひっく……シェフ、すごかったですぅ……! まるで、伝説の勇者様みたいでしたぁ!」 ギギも、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、陽人のエプロンにすがりつく。 「……よくやった」 バルガスが、その巨大な手で、陽人の頭を(加減はしているつもりだろうが、かなり痛い力で)ワシワシと撫でた。

「お前ら……ありがとうな。本当に……」 陽人が、仲間たちの温かさに目頭を熱くした、その時だった。

「――実に見事な『宴』であったぞ、橘陽人殿」 オルロフ公爵が、いつの間にか厨房の入り口に立っていた。その穏やかな笑顔は、全てを見届けた勝者のそれだ。 「こ、公爵様! いえ、俺は、ただ夢中で……」 「謙遜は無用」

 公爵は、陽人の前に立つと、その目を真っ直ぐに見据えた。 「君は、この国の空気を変えた。ボルドアら強硬派の貴族どもに、力ではなく『料理』という名の文化で、完膚なきまでの勝利を収めたのだ。……もはや、君はただの下町の料理人ではない」 「え……?」 「陽人殿。王宮の、正式な『食の御意見番』として、陛下(…が瞑想からお戻りになった後)に仕えてもらうことはできぬだろうか?」

「ご、ごいけん、ばん……!?」 陽人の声が裏返った。リリアとギギも「王宮!?」と目を輝かせている。 オルロフ公爵は、陽人の反応を楽しみながら続けた。 「うむ。君の料理は、もはや『政治』だ。君が作る一皿には、ボルドアの百の演説よりも、騎士団千の剣よりも、強く人の心を動かし、国を導く力がある。その力を、和平のために使ってはくれまいか?」

 それは、料理人として、これ以上ないほどの賛辞だった。 だが、陽人は、ゆっくりと首を横に振った。 「……公爵様。お言葉、身に余る光栄です。ですが……」 陽人は、厨房を見渡した。リリア、ギギ、バルガス。この、凸凹で、手のかかる、愛すべき仲間たち。 「俺の居場所は、王宮じゃありません。あそこ(マカイ亭)です。俺は、下町の料理人ですから」

 その答えを聞いて、オルロフ公爵は、一瞬きょとんとした顔をし、次の瞬間、腹の底から楽しそうに笑い出した。 「はっ、はっは! 違いない! それこそが君だ! よかろう、王宮への招聘は保留としよう。だが、『御意見番』の仕事は、君の店からでもできるはずだ。……これからも、君の『政治(料理)』、期待しているぞ」 公爵はそう言うと、満足げに頷き、大広間の喧騒の中へと戻っていった。

「……行こう、みんな」 陽人は、仲間たちに向かって、疲れ切ってはいたが、晴れやかな笑顔を見せた。 「マカイ亭に、帰ろう。俺たちの城へ」

【日本・横浜】

 魔王ゼファーは、己の知性が、新たな、そしてあまりにも理不尽な試練に直面していることを、痛感していた。 彼の前には、一枚の薄っぺらい紙――『横浜市 ゴミと資源の分け方・出し方ガイド』――が広げられている。

「……解せぬ」 ゼファーは、アパートの四畳半で腕を組み、低い声で唸った。 「なぜだ、ギギよ。なぜ、『燃やすゴミ』と『燃えないゴミ』があるのだ? 燃えぬのならば、それはゴミではないのではないか? 兵器か? 財宝か?」 「ひぃぃ! わ、わかりません! ですが魔王様、それよりも、こっちの『ぷらすちっく製容器包装』というのが、最大の謎です!」 ギギが震える指で指し示したのは、ペットボトルや食品トレイのイラストだった。

「うむ……」ゼファーは、昨日食べた『金のハンバーグ』の空き袋を手に取った。 「これは『ぷら』だ。だが、このタレの汚れは、どうする? 書類(ガイド)によれば、『洗って出す』とある。……なんと非効率な! 我が魔王軍ならば、汚れごと火炎魔法で浄化するものを!」 「ま、魔王様! 大家のおばあ様が、今朝、すごい剣幕で……! 『分別を間違えたら、このアパートごと契約を解除する』と…!」 「なにぃ!? あの老婆、やはり『法』の執行者か……!」

 ゼファーは、大家という名の、この世界の絶対的なルールの前に、再び膝を屈しかけていた。 (……だが、待てよ) 彼の脳裏に、テレビで見た『警察24時』の光景が蘇る。力を持ちながら、民に奉仕し、ルールを守らせることで秩序を保つ、あの姿。

(……そうか。この『ゴミ分別』こそが、この世界の民が、統治者(市)との『契約』を果たすための、日々の儀式なのだな!)

 勝手な解釈(しかし半分は当たっている)により、ゼファーの目に闘志が宿った。 「ギギよ! これは、我らがこの世界の民として、その『理(ことわり)』に従う意志を示す、最初の試練だ! あの老婆に、我らの完璧な『分別』を見せつけ、このアパートの住人として、我らを認めさせてやるのだ!」 「は、はいぃぃっ! やってやりますぅ!」

 かくして、魔王とゴブリンによる、壮絶なゴミ分別作業が始まった。 「魔王様! このカップ麺の容器! 外側は『紙』で、蓋は『ぷら』です!」 「うむ! だが、このスープの残りカスは!? 『燃やすゴミ』か!? いや、液体は『排水溝』という名の奈落に流すのか!?」 「ひぃぃ! ラベルを剥がすのが、こんなに難しいなんて……!」

 夜中。アパートのゴミ捨て場に、こそこそと現れる二つの影。 ゼファーは、完璧に分別されたゴミ袋を、指定された場所の、指定されたネットの下に、まるで神殿に供物を捧げるかのように、厳かに置いた。

「……ふう。任務、完了だ」 「や、やりましたね、魔王様……!」 二人は、なぜか大きな仕事を成し遂げたかのような、謎の達成感に包まれていた。

 その時、背後から、静かな声がかかった。 「――あら? ゼファーさんじゃないの。今夜は、ゴミ出し?」 そこには、買い物袋を提げた、大家の老婆が立っていた。 「なっ……!?」 ゼファーは、王の威厳を取り繕う暇もなく、飛び上がらんばかりに驚いた。 「う、うむ。……我らが、この世界の『法』に従う意志を、示したまでだ」

 老婆は、ゼファーが置いたゴミ袋を一瞥すると、にっこりと笑った。 「あらあら、感心だねえ。ちゃんとラベルも剥がして、綺麗に洗って。……うん、合格!」 老婆は、そう言うと、自分の買い物袋から、一本のバナナを取り出した。 「偉いねえ、ゼファーさん。これ、あげるよ。見切り品だけどね」

 ゼファーは、差し出された黄色い果物――バナナ――を、呆然と受け取った。 (……これが、『合格』の……対価……?) 魔王が、ゴミ出しを完璧にこなし、大家のおばあちゃんに、バナナを一本もらう。 その、あまりにもシュールで、しかし、あまりにも平和な光景。

 ゼファーは、夜空を見上げ、深く、深く、ため息をついた。 (……我が魔王軍の幹部どもが、この姿を見たら、泣くな……)

 王の威厳は、横浜の夜空の下、バナナ一本と共に、静かに溶けていくのだった。
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