異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん

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第一部 魔界専属料理人

第16話 エリザと陽人――二人の距離と魔族の策動

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 翌日の朝。城内の渡り廊下に差し込む柔らかな光が、ほんの少し穏やかな空気を演出している。とはいえ、人間界の大使一行と魔王軍の溝は相変わらず深く、あちこちで緊張と警戒が綱引きをしていた。

 そんな中、陽人は厨房へ急いでいた。今日は魔王ゼファーの要望で、新たなメニューを試作することになっている。魔王軍と大使一行、それぞれの口に合う料理を考案し、好印象を持ってもらうのが目的だ。

(正直、エリザさんがどう思っているのか気になるけど……まずは料理を通して、少しでも距離を縮められたらいいんだけどな)

 陽人は思案しながら厨房のドアを開ける。すると、意外にも先客がいた。先日見かけた侍女の姿――そう、エリザが立っていたのだ。

「え……エリザさん? どうしてここに……?」

 陽人が驚いて声をかけると、エリザは相変わらずの無表情を装いながら淡々と答える。

「大使殿が『この目で見ておくように』と仰ったのです。あなたが何を仕込むか、一挙手一投足を監視するのが私の役目ですので」

 まるで「当然でしょ」と言わんばかりの態度。陽人は苦笑を噛み殺しながら、食材の確認を始めた。

「そっか……まあ、別に隠すことは何もないんで、好きに見てて大丈夫ですよ。むしろ、一緒に料理してみませんか?」

 思い切って誘ってみる陽人。しかし、エリザは少しだけ目を丸くし、すぐに冷淡な表情へ戻った。

「わたくしが料理を? そんな必要はありません。監視できればいいのです」

「それでも、ただ見るだけより体験してもらったほうが理解が深まると思うんだけどな……」

 陽人は鍋を取り出しながら言う。もちろん警戒されているのは分かっているが、彼としては少しでも“料理の楽しさ”を知ってほしいという思いがある。

 エリザはほんの少しの間、言葉を返さずに立ち尽くしていた。監視役という立場と、わずかに湧きあがる興味との間で揺れているのかもしれない。

「……まあ、よろしいです。そこまで言うなら、ほんの少しだけ手を貸して差し上げましょう」

 不承不承といった様子で、エリザはエプロンを手に取る。その光景は周囲の魔族たちにとっても意外だったようで、助手の魔族たちは「えっ、あの侍女さんも料理するの?」と目を白黒させている。

「手始めに、この野菜の皮を剥いてもらえますか? コツは……」

 陽人が説明を始めると、エリザは無言で包丁を手にする。ぎこちないものの、ひとつひとつの動作は意外と器用だ。監視役とはいえ、それなりに飲み込みが早いらしい。

「……なるほど。確かに、こうした下ごしらえは地味ながらも重要な工程ですね」

 無表情の中に、どこか新鮮な驚きを含んだ声。陽人は心の中でガッツポーズをしつつ、次の作業を指示する。

「そうなんです。見た目を地味に思うかもしれないけど、この工程ひとつで仕上がりが随分違うんですよ。じゃあ次は、このスパイスを……」

 エリザは鼻をくすぐるスパイスの香りに、一瞬戸惑いを見せる。独特の匂いに慣れていないのだろう。

「香りが強いですね……。これが食欲をそそる一因になるというわけですか?」

「そうです。匂いは味覚と深く関わってますから。このスパイスをこうやって少し炒めると、さらに香りが立つんです」

 そう説明しながら、陽人はほんの少しスパイスを鍋で炒ってみせる。エリザは目を細め、まるで科学実験でも見ているかのように真剣な表情で観察している。

(最初は警戒されていたけど、こうやって一緒に作業してみると、ちょっと打ち解けてきた気がするな)

 ――しかし、そんな和やかな雰囲気を破るように、厳めしい声が厨房の入り口から響いた。

「なんだ、貴様ら……何を企んでいる?」

 振り返ると、そこには魔族の古参兵らしき男が立っていた。以前から魔王ゼファーの方針に不満を持っている従来派の一員らしく、睨むように陽人とエリザを見つめている。

「人間の侍女と一緒に、また新たな『毒』でも作っているのか? それとも魔族を更に骨抜きにするための怪しい薬か?」

 憎まれ口に、助手の魔族たちが反論しようとするが、陽人は手を挙げてそれを制する。

「ただの料理ですよ。よかったら、あなたも味見していきますか?」

「誰が人間の作った料理など……!」

 古参兵は唾を吐き捨てるように言い放つが、鍋から立ち上る匂いに思わず鼻を鳴らしていた。

「ふん……。まるで、魔族と人間が協力しているかのように見えるが、そちらの侍女もグルなのか? やはり裏があるとしか思えん」

 エリザは少なからず動揺した様子で、古参兵を睨み返す。きっと「私はただの監視役」と言いたかったのかもしれないが、立場的に反論のタイミングを失ってしまったようだ。

(ここは俺がうまく取りなすしかないか……)

 陽人はなるべく穏やかな口調を心がけながら、古参兵に声をかける。

「裏なんてありませんよ。むしろ、こうやって人間と魔族が一緒に料理を作るのは初めてです。これがきっかけで、お互い理解を深められたら嬉しいんですけどね」

 しかし、古参兵の表情は険しいままだ。そもそも従来派にとっては、「魔王軍がこんな形で人間と交流する」こと自体が受け入れ難いのだろう。

「……ハッ。どんなに旨い料理でも、誇りを忘れた魔族には付き合ってられん。だが、お前らがどんな馬鹿げた真似をするのか、しっかり監視させてもらうぞ」

 そう吐き捨てると、古参兵は厨房の壁に寄りかかって腕を組み、あからさまに“警戒モード”を続ける。まるで「いつでも潰せるようにしてやる」とでも言わんばかりだ。

(うわぁ……なんて空気の悪い現場だろう。エリザさんと気まずいところじゃなかっただけマシか……)

 陽人は汗をかきながらも、ひたすら包丁を動かし、煮込みを仕上げていく。エリザも必要最低限の補助をしてくれるが、さすがに古参兵の言葉を気にしているのか、先ほどまでの興味津々な様子は引っ込んでしまったようだ。

「……あなたが料理を極めているのは事実。でも、それが人間と魔族を結びつけるほどのものなのか、まだ分かりません」

 ふと、エリザが小声で呟く。陽人は小さく頷いた。

「俺自身もまだ分かりません。けど、こうやって一緒に料理を作ることで、少しでも互いを知るキッカケにはなると思うんです」

 その言葉が、どこまでエリザの心に届いたのかは分からない。しかし、彼女は再び鍋の中を覗き込み、そっと火加減を調整してくれた。その手つきはややぎこちないながらも、間違いなく“料理を成功させよう”という意志が伺える。

 ――こうして、監視と疑念にまみれたままの即席コラボ調理が続いた。魔族古参兵は露骨に嫌悪を示し、エリザは感情を押し殺しながら観察を続ける。しかし、完成した料理を前にすると、誰もがその香りを鼻いっぱいに吸い込まざるを得ない。

「……さて、できましたよ。これなら魔族にも人間にも受け入れやすい味になったかと思います」

 陽人は遠慮がちにエリザを見やる。彼女は少しだけ躊躇したが、やはり味見をするらしく、スプーンを手に取った。

「ふむ……」

 一口含んでから目を伏せ、複雑そうな表情を浮かべるエリザ。まだ心を許したわけではないけれど、その瞳にわずかな満足感が宿っているのを陽人は見逃さなかった。

 古参兵はというと、興味があるのかないのか、ちらりと鍋の中を盗み見る。しかし強がりなのか、そっぽを向いて一向に口にしようとはしない。

「べ、別に腹は減ってないわ!」

 まるで子どものように拗ねる彼の態度に、陽人は思わず吹き出しそうになるが、場を荒立てるわけにもいかないので我慢する。いつか、この食事がきっかけで彼の心にも変化が芽生えることを信じるしかない。

 ――こうして、厨房という“小さな戦場”での攻防が幕を閉じた。エリザは依然として謎めいた侍女のままだが、確実に陽人の料理への興味を深めているようにも見える。一方、魔族古参兵のように頑なな存在は、まだまだ容易に取り込めそうにない。

 次回、人間大使と魔族古参派、それぞれが策を巡らせ始める中、エリザの本音が少しずつ見え隠れする。料理を介した微妙な交流は、やがて小さな“波紋”を広げ、陽人もまた新たな決断を迫られることになる……。

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