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第一部 魔界専属料理人
第29話 貴族の宮廷料理人と非公式の試食会
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翌朝、陽人は早くから厨房へ向かい、晩餐会の試作に取りかかった。魔王軍の助手たちと共に食材を仕分けし、魔族向けと人間向けの味覚を同時に満たすためのソースや香辛料の調整を試行錯誤している。
「この赤い粉は魔族好みの辛さだけど、人間には刺激が強すぎるかも……。酸味と甘みを加えて中和できるかな」
陽人が小さく呟きながら作業をしていると、厨房の扉が開いて数名の人間が入ってきた。貴族風の服装を纏った男性と、その傍らには立派なコック帽をかぶった料理人らしき男がいる。
「どうやらここが魔族一行の持ち込んだ厨房か。……なるほど、案外ちゃんとしているじゃないか」
貴族風の男が嫌味っぽい笑みを浮かべる。陽人はとっさに仕事を中断し、軽く会釈した。ここは人間界、彼らが何者であれ慎重に対応しなければならない。
「おはようございます。あなた方は……?」
「おっと、失礼。私はウォルター卿。今回の晩餐会を仕切る貴族の一人だ。そちらが厨房を使用すると聞いて、状況を見に来たのさ。……そしてこちらは“王の宮廷料理人”、グラント。今回のメインシェフを務める予定だ」
紹介された料理人グラントは、険しい表情で陽人を見つめる。長い経歴を感じさせる威厳と自信が、ゆったりとした仕草に滲み出ている。陽人も一目で「相当の腕前を持ったプロだ」と察した。
「グラントさん、はじめまして。俺は橘陽人(たちばなはると)と言います。今回、魔王領側から晩餐会を盛り上げるために……ええと、料理人として参加してます」
自己紹介をしつつ、陽人は相手の態度を観察する。王の宮廷料理人ともなれば、味覚も調理技術も最高峰だろう。だが、グラントの反応はどこか冷淡で、目を細めて陽人の手元の食材を見ている。
「……見慣れない調味料だな。まさか魔族が使う“怪しげな薬”なんてことはないだろうな?」
ウォルター卿が茶化すように言うと、周囲の魔族助手たちがムッとした表情を浮かべる。それを見て、陽人が慌ててとりなした。
「いえいえ、ただのスパイスや発酵調味料です。魔族向けに刺激を強めたりはしますが、毒や魔術的なものは一切使っていませんよ」
「ふん、そうかい。まあ、この晩餐会は“公式”ではあるが、貴族たちの中には『魔王軍なんぞ受け入れるべきではない』と強硬に反対している者もいる。お前の料理が大したことなかったら、一気に崩れ落ちるだろうよ」
ウォルター卿の言葉に、陽人は思わず背筋が寒くなる。まさに不退転の覚悟で臨まなければ、下手をすれば魔族もろとも排斥されかねない。
「そこで、我々としては“事前の試食会”を行いたいんだ。今夜にも、我々人間側の有力貴族や騎士団の上層部が集まる非公式の会合がある。そこにお前を招きたい」
ウォルター卿の提案に、陽人は驚きつつも前向きにうなずいた。事前に料理を味わってもらえれば、本番での失敗リスクは減るかもしれない。だが同時に、そこには“厳しい審査”が待ち受けていることも容易に想像がつく。
「わ、分かりました。ぜひ参加させてください。メニューはこちらで考えて持ち込みます」
「ふん、期待しているぞ。……グラント、そなたも腕を振るうのだろう? 王の宮廷料理人としての威信を賭けてな」
ウォルター卿がグラントに声をかけると、グラントは小さく頷いた。彼は依然として陽人のほうを見つめる視線が冷ややかだが、あからさまな敵意は感じられない。むしろ“料理人としてのプライド”が戦意を燃やしているようにも見える。
「王の宮廷料理人として、私はこの晩餐会のメインシェフを務める。……正直言って、魔王軍から来た料理人など信用していない。だが、実力を示す気があるなら、この非公式試食会で見せてもらおう」
料理人同士の静かな火花が散る。陽人はゴクリと唾を飲み込み、意気込みを胸に秘めた。相手は歴戦のプロ、この世界最高峰の宮廷料理を作り上げる人物だ。確かに簡単に勝ち目はないかもしれないが、勝負は料理の味だけでは決まらない。
(この“料理対決”で、魔族と人間が分かり合う道が少しでも開ければ……俺は全力を尽くす!)
「では、夜の会合でお待ちしている。……せいぜい“魔王軍の料理”とやらの力を見せてもらおうか」
ウォルター卿とグラントが去った後、厨房には一気に重苦しい空気が流れ始めた。魔族の助手たちが、「相手は相当腕が立つ料理人みたいですね……」と呟き、騎士団の青年も気遣わしげに寄ってくる。
「陽人……大丈夫か? 料理対決みたいな展開になるのかな」
陽人は苦笑しながら、鍋の火を少し強めた。
「勝ち負けなんて考えてないよ。料理は対立の道具じゃない。でも、もしここで相手に『こんな料理は認められない』と突き返されたら、晩餐会が台無しになるかもしれないから……絶対に外せない勝負だね」
そう呟く陽人の目には、揺るぎない決意が宿っていた。何としても料理を通じて“魔王軍も人間も共に楽しめる”という可能性を示すしかない。エリザやゼファーが抱える不安、そして人間界の過激派への対策も山積みだが、まずはこの試食会を成功させることが急務だ。
――こうして、日暮れまでに陽人はメニューの仕上げと試作を進め、夜にはウォルター卿やグラントが待つ“非公式試食会”へ臨むことになる。果たして、王の宮廷料理人との邂逅は味の対決を越えて、異世界の未来を変える一歩となるのか。それとも、陰謀の渦に呑まれてしまうのか……。
(あとがき)
感想・ブクマ励みになります!よろしくお願いいたしますm(__)m
「この赤い粉は魔族好みの辛さだけど、人間には刺激が強すぎるかも……。酸味と甘みを加えて中和できるかな」
陽人が小さく呟きながら作業をしていると、厨房の扉が開いて数名の人間が入ってきた。貴族風の服装を纏った男性と、その傍らには立派なコック帽をかぶった料理人らしき男がいる。
「どうやらここが魔族一行の持ち込んだ厨房か。……なるほど、案外ちゃんとしているじゃないか」
貴族風の男が嫌味っぽい笑みを浮かべる。陽人はとっさに仕事を中断し、軽く会釈した。ここは人間界、彼らが何者であれ慎重に対応しなければならない。
「おはようございます。あなた方は……?」
「おっと、失礼。私はウォルター卿。今回の晩餐会を仕切る貴族の一人だ。そちらが厨房を使用すると聞いて、状況を見に来たのさ。……そしてこちらは“王の宮廷料理人”、グラント。今回のメインシェフを務める予定だ」
紹介された料理人グラントは、険しい表情で陽人を見つめる。長い経歴を感じさせる威厳と自信が、ゆったりとした仕草に滲み出ている。陽人も一目で「相当の腕前を持ったプロだ」と察した。
「グラントさん、はじめまして。俺は橘陽人(たちばなはると)と言います。今回、魔王領側から晩餐会を盛り上げるために……ええと、料理人として参加してます」
自己紹介をしつつ、陽人は相手の態度を観察する。王の宮廷料理人ともなれば、味覚も調理技術も最高峰だろう。だが、グラントの反応はどこか冷淡で、目を細めて陽人の手元の食材を見ている。
「……見慣れない調味料だな。まさか魔族が使う“怪しげな薬”なんてことはないだろうな?」
ウォルター卿が茶化すように言うと、周囲の魔族助手たちがムッとした表情を浮かべる。それを見て、陽人が慌ててとりなした。
「いえいえ、ただのスパイスや発酵調味料です。魔族向けに刺激を強めたりはしますが、毒や魔術的なものは一切使っていませんよ」
「ふん、そうかい。まあ、この晩餐会は“公式”ではあるが、貴族たちの中には『魔王軍なんぞ受け入れるべきではない』と強硬に反対している者もいる。お前の料理が大したことなかったら、一気に崩れ落ちるだろうよ」
ウォルター卿の言葉に、陽人は思わず背筋が寒くなる。まさに不退転の覚悟で臨まなければ、下手をすれば魔族もろとも排斥されかねない。
「そこで、我々としては“事前の試食会”を行いたいんだ。今夜にも、我々人間側の有力貴族や騎士団の上層部が集まる非公式の会合がある。そこにお前を招きたい」
ウォルター卿の提案に、陽人は驚きつつも前向きにうなずいた。事前に料理を味わってもらえれば、本番での失敗リスクは減るかもしれない。だが同時に、そこには“厳しい審査”が待ち受けていることも容易に想像がつく。
「わ、分かりました。ぜひ参加させてください。メニューはこちらで考えて持ち込みます」
「ふん、期待しているぞ。……グラント、そなたも腕を振るうのだろう? 王の宮廷料理人としての威信を賭けてな」
ウォルター卿がグラントに声をかけると、グラントは小さく頷いた。彼は依然として陽人のほうを見つめる視線が冷ややかだが、あからさまな敵意は感じられない。むしろ“料理人としてのプライド”が戦意を燃やしているようにも見える。
「王の宮廷料理人として、私はこの晩餐会のメインシェフを務める。……正直言って、魔王軍から来た料理人など信用していない。だが、実力を示す気があるなら、この非公式試食会で見せてもらおう」
料理人同士の静かな火花が散る。陽人はゴクリと唾を飲み込み、意気込みを胸に秘めた。相手は歴戦のプロ、この世界最高峰の宮廷料理を作り上げる人物だ。確かに簡単に勝ち目はないかもしれないが、勝負は料理の味だけでは決まらない。
(この“料理対決”で、魔族と人間が分かり合う道が少しでも開ければ……俺は全力を尽くす!)
「では、夜の会合でお待ちしている。……せいぜい“魔王軍の料理”とやらの力を見せてもらおうか」
ウォルター卿とグラントが去った後、厨房には一気に重苦しい空気が流れ始めた。魔族の助手たちが、「相手は相当腕が立つ料理人みたいですね……」と呟き、騎士団の青年も気遣わしげに寄ってくる。
「陽人……大丈夫か? 料理対決みたいな展開になるのかな」
陽人は苦笑しながら、鍋の火を少し強めた。
「勝ち負けなんて考えてないよ。料理は対立の道具じゃない。でも、もしここで相手に『こんな料理は認められない』と突き返されたら、晩餐会が台無しになるかもしれないから……絶対に外せない勝負だね」
そう呟く陽人の目には、揺るぎない決意が宿っていた。何としても料理を通じて“魔王軍も人間も共に楽しめる”という可能性を示すしかない。エリザやゼファーが抱える不安、そして人間界の過激派への対策も山積みだが、まずはこの試食会を成功させることが急務だ。
――こうして、日暮れまでに陽人はメニューの仕上げと試作を進め、夜にはウォルター卿やグラントが待つ“非公式試食会”へ臨むことになる。果たして、王の宮廷料理人との邂逅は味の対決を越えて、異世界の未来を変える一歩となるのか。それとも、陰謀の渦に呑まれてしまうのか……。
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