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第19話:ノヴァルナ包囲網
#06
しおりを挟む惑星ヒュドラムのヘメエイスの街。その中心部は直径一キロの円形の緑地となっており、菱形の巨大書庫は緑地の上五十メートルの高さに、重力子ドライブを使って浮かべられていた。
宇宙船の離着陸場から真っ直ぐ伸びて来た“路面電車”は、円形緑地の外側を三分の一ほど、反時計回りに走って終着駅の書庫連絡口へ向かう。ここまで来ると、宙に浮かぶ書庫の巨大さが一層際立ち、見上げるとそのまま後ろへ倒れ込みそうになる。
ランは先程のモルンゴール星人から受けた、侮辱的な視線の事など忘れ、憧憬の表情で浮遊書庫を見詰める。乳白色をした、古い石の神殿のような書庫の表面に纏わり付く、緑の葉を生い茂らせた幾つもの蔓木。その前を飛んでいく一群の白い鳥の光景は、ランの紫の瞳をまるで子供のように輝かせていた。
遠目で初めて見た時もそうだが、浮遊書庫を見るランの反応が、いつになく初々しい事に、ノアは興味をそそられている。このように、はっきりとした反応を示す彼女を、ウォーダ家に来てから十年近く経っていながら、ノアは知らないからだ。
無垢な眼をキラキラ輝かせるランの横顔を眺め、ノアは“これは彼女を知るいい機会になるかもしれない…”と思った。
本人から直接聞いたわけではないが、彼女が夫にとっての“初めての相手”である事は知っており、かつては共闘した事もある友人の一人だと思ってはみても、互いに微妙な距離感を感じている事は否めない。
ランと夫との関係は一夜だけのものだったようだが、今も彼女は副官として、ともすれば自分より長い時間を、一緒に過ごしており、気にならないといえば噓になるのが、正直な気持ちであった。気の強い女性であるノアだが、流石に“ノヴァルナの事を本当はどう思っているのか?”は、返答を聞きたくない問いである。
それゆえに今のランの珍しい姿を見て、別方向から彼女の内面に、アプローチ出来るのではないかと、ノアは考えたのだった。
ノアの背後では、P1-0号が案内役のモルンゴール星人のガルバックに、なぜこれほど巨大な書庫を、宙に浮かせるのかの理由を尋ねている。それが聞こえたのか、ランが興味津々といった顔で二人に振り向いた。そこでランは、ようやくノアに観察されている事に気付き、慌てて眼を逸らした。その仕草が妙に可愛らしく、ノアは思わず笑顔になって思った。
“こういう顔をしてくれるなら、仲良くなれるかもしれない…”
そうこうするうちに“路面電車”は、第18書庫連絡口駅に到着する。宇宙物理学の書物を収めたここの浮遊書庫は、“第18書庫”というのが正式名称であるらしい。
駅のプラットホームに降り立った一行は、その先端にあってホームと一体化している、書庫との連絡口の建物に向かった。草色をした石の城塞のようなその建物からは、黄色い曳光粒子を纏った一本のビームが、上空の書庫へと伸びている。どうやらそのビームは、ロープウェイのワイヤーと同様の機能を果たしているらしく、ノア達が建物に向かう途中で、円筒形のゴンドラ型の昇降機が、数人のヒュドラン人を乗せて昇って行くのが見えた。瀟洒な細工が施された鳥籠風のゴンドラは、スチームパンクを感じる、真鍮のような鈍い輝きを放つ金属で出来ている。
宙に浮く神殿のような巨大書庫、組成強化した石造りの建物の数々、自然との融合を図った都市、そして真鍮の鳥籠のようなゴンドラ。どこか外連味を感じさせるヒュドラムの風景は、これらが観光資源を兼ねている事を示していた。
事実、この“第18書庫連絡口駅”で降りた、乗客の数は少なくない。現実的に考えれば、知識情報を得たいならネットを使い、自宅に居ながら幾らでも取得できる時代だ。それでいてこの惑星を訪れるのは、宙に浮かぶ巨大書庫のファンタジックな風景と、その内部に並ぶ圧倒的な書籍の数を、自分の眼で楽しみたいがために他ならない。
歩きながら周囲を見渡したノアは、地元のヒュドラン星人とほぼ同じ数の、異星人の姿があるのを見た。旧モルンゴール帝国領深部だけあって、初めて見る種族ばかりだが、おそらく観光客だろう。そして何人かいるモルンゴール星人の中には、路面電車でランに攻撃的な視線を送った、あの男も混じっている。
連絡口のゲートに着くと、書庫への入場許可証の発行申請を行うため、ノア達はガルバックの案内で昇降機へ向かう列を離れ、申請用の窓口へ回った。モルンゴール星人のガルバックは、国民証を所持しているため申請の必要は無いとの事だが、ノア達は銀河皇国の人間であるから、個別の申請が必要であるらしい。窓口はやはりスチームパンク調の無人端末になっており、ホログラムスクリーンにはヒュドラン星人の女性の、上半身が映し出されていた。
「モルンゴールも今は皇国の一部なんだし、申請なんて必要ないんじゃないの?」
窓口の前で、『ホロウシュ』のキスティス=ハーシェルが、不満げに言う。ガルバックは着衣の懐から、自分の国民証カードを取り出して応じる。
「この辺りのネットは、皇国のNNLシステムとは繋がってないからな。まぁ俺の国民証があれば、手続きを簡略化できるから我慢してくれ」
▶#07につづく
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