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第3話:スノン・マーダーの一夜城
#18
しおりを挟む皇国暦1562年3月30日―――
旧サイドゥ家の宇宙ステーションを曳航する準備が完了したのは、機械生物達がウイルスプログラムによって機能を停止して、およそ三十二時間後の事であった。
四角い立方体の宇宙ステーションを、ワイヤーで繋げた三十隻ほどの貨物船が牽引しようとしている様は、ユーモラスでもある。
ただ、全ての準備が整ったわけではない。ステーション外壁では各貨物船が積載して来た、補強用の鋼材を取り付ける作業が続いていた。元来細いフレームで組み上げた構造の宇宙ステーションであるから、そのままの状態では『ナグァルラワン暗黒星団域』の中を流れる星間ガスの急流に、構造的に耐えられないためだ。
当初の予定では、補強が完了してから出発だったのだが、機能を停止した機械生物を全て集め、学術調査船『パルセンティア』号の船倉に運び込んで封印。さらに宇宙ステーションのシステム自体に、機械生物の影響が及んでいないかをチェックするなどで、タイムスケジュールが遅延続きとなっていた。そのために補強作業を行いながら、牽引を開始する事になったのだ。
中央指令室で最終確認の完了を待つ、キノッサとハートスティンガーのもとに、各貨物船から「準備完了」の報告が次々と届く。その全てを取りまとめたハートスティンガーがキノッサに告げた。
「全船、用意出来たぜ」
その言葉に頷いたキノッサは、ハートスティンガー…カズージ…ホーリオと、見渡す。P1‐0号の姿が無いのは、いまだ機能を停止したままであり、工作室で再起動を試みられているからである
「じゃあ、みんな。行くッス!…発進!」
キノッサの命令で、オペレーターを務めるハートスティンガーの部下達が、一斉に各貨物船に発進を伝達した。そこから十秒ほどが過ぎ、中央指令室の床からズシリ…と足元を揺らす、震動が伝わって来る。貨物船による牽引が始まったのだ。
「曳航、開始されました」
「各貨物船。出力バランスを維持」
「現在速度、秒速0.5…さらに加速中」
「外壁強度、異常なし」
発進後最初の各部署からの報告を聞いて、キノッサは一つ息を吐いた。オペレーター席の一つに着いているカズージが、声を掛けて来る。
「キノッサぞん。肩の力ば、抜かんけ」
それに対し「生意気言うじゃ無いッス」と言い返したキノッサだが、表情は硬いままだ。そこへ『ラブリー・ドーター』へ戻っているモルタナから通信が入った。機械生物に乗っ取られた軽巡航艦の砲撃で、損傷を受けた『ラブリー・ドーター』を、副頭領の彼女が置いて行くわけにはいかないからである。
「じゃあね。あとはしっかりやんな」
励ましの言葉を掛ける映像内のモルタナに、キノッサはペコリと頭を下げて礼を言う。
「本当にありがとうございました。ノヴァルナ様に事情を報告して、軽巡の補償は必ずさせて頂くッス!」
その言葉にすかさず念を押すモルタナ。
「分かってるだろね、二隻じゃなくて三隻だよ」
「それはもう」
「それとランちゃんに―――」
「おっと。そっちの方は、どうなんスかねぇ」
キノッサに協力した事を利用して、『ホロウシュ』のランとの“親密さ”を、増そうと企んでいたモルタナだったが、キノッサは不意に表情に俗っぽさを増して、モルタナの言葉を遮った。何か思う事があるらしい。
「は?…どういうこったい!?」
「いえね。軽巡の補償をさせて頂く以上、ノヴァルナ様に今回の経緯を詳しく、ご報告する必要が出て来ますです」
「それがどうしたのさ?」
するとキノッサは、悪徳商人を思わせるような態度―――わざとらしく言い難そうに、人の悪い顔で応じた。
「ええと…詳しく報告となるとッスね、そのッスねぇ…姐さんがッスねぇ…虫が大の苦手だったって事も、ご報告する事になるワケでして…」
「!!!!」
「となるとまぁ、普段ノヴァルナ様の副官として、お傍に仕えておられるラン様の耳にも、自然に入ってしまうワケでして」
「あんた! そんなのあんたが、あたいの虫嫌いをノヴァルナに黙っときゃ、それで済む話じゃないか!」
動揺を隠せないモルタナ。自分の虫嫌いをランに知られたくないのは勿論だが、それ以上に、ノヴァルナに知られてしまうのは自分的には致命傷だ。これから先、事あるごとに持ち出されては、ネタにされるのが目に見えている。
「さようです。つまりはわたくしめの、胸先三寸という事で…」
「チッ!…遠まわしはやめな! わかったよ、ランちゃんの話は無しだ」
面倒事に巻き込まれずに済んだ…と、あからさまに安堵の表情になったキノッサは、慇懃に礼を述べた。
「ありがとうございます。無論、虫嫌いの件はノヴァルナ様にも、秘密にしておきますので、ご安心を」
ふん!…と鼻を鳴らしてキノッサを睨み付けるモルタナ。しかしすぐにその表情は、苦笑いに代わる。
「あんた…ノヴァルナに聞いた通りの、抜け目の無さだね。一筋縄じゃあいかないのは今の世の中いい事さ。死ぬんじゃないよ」
そう告げて通信を終えたモルタナは、応急修理を終えた『ラブリー・ドーター』で、ゆっくりと離脱して行った………
▶#19につづく
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