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第4話:ミノネリラ騒乱
#05
しおりを挟む皇国暦1562年5月26日
イースキー家本拠地惑星バサラナルム。イナヴァーザン城―――
「あと少しまでウォーダ軍を追い詰めながら、なぜ帰って来たの?」
“シン・カーノン星団会戦”の勝利の報告のために、イナヴァーザン城を訪れたハーヴェンを待っていたのは称賛の嵐ではなく、ビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマによる、まるで審問のような物言いであった。
「ウォーダ軍の侵攻を食い止めるには、充分な戦果を挙げたと判断したからです」
花魁を思わせる女装をしたビーダの、冷淡な口調の問いに、ハーヴェンは落ち着いた言い回しで応じる。彼がいるのはビーダとラクシャスの執務室だ。一応は“ミノネリラ三連星”とサートゥルスの四将も含め、各将帥が揃った謁見の間で戦勝への賛辞はあった。五人をビーダが褒め粗野化し、ラクシャスが他の将もこれに続くように、檄を飛ばしはした。
しかし玉座に主君オルグターツはおらず、将帥達の反応も、サイドゥ家時代からの“旧主派”とビーダ、ラクシャスに従う“子飼い派”で、温度差があった。
しかも謁見の間の会合は短時間で終了。一番の功労者のハーヴェンから見事な戦術眼について、直接話を聞きたいという言い方をして、ビーダとラクシャスはハーヴェンを残し、執務室へ呼び付けたのである。
ビーダとラクシャスの不満は明らかだった。確かに戦いには勝ったが、総大将のノヴァルナ・ダン=ウォーダを討ち取る機会があったにも関わらず、目前で戦闘を終了し、引き上げて来たからだ。
「充分な戦果を挙げた…と言うが、ノヴァルナ公を討ち取れば、ウォーダ軍の侵攻そのものを終わらせる事が出来たはず…なぜやらなかった?」
緑色のスーツを隙なく着込んだスキンヘッドの女性、ラクシャスが問い詰める。だがこれに対するハーヴェンの返しも明確だった。
「追い詰めるのと討ち取ってしまうのとは、我が方の損害も膨大な差が出るからです。これまでのデータを見ても、ノヴァルナ公は追い詰められてからの方が怖い。想定以上の強さを発揮し、万が一取り逃がしでもすれば、結果的にこちらが敗北してしまっている事にもなりかねません。特にノヴァルナ公自身が専用のBSHOで出たあとは、何が起こるか分からない…なので、撤収と判断しました」
ハーヴェンの見識は正しい。ノヴァルナが『センクウNX』で出撃すると、戦場の空気が一変する。一見すると軽率に思えるノヴァルナの言動に、これは討ち取る好機と思って周囲の部隊が勝手に攻撃を仕掛け、そこから戦線が崩れて敗北を招いたケースは少なくないからだ。
だがそのような話を、軍事的センスを持ち合わせていないビーダとラクシャスに説いても、理解されるはずは無い。いや、むしろイースキー家の実権を握るようになって、中途半端に軍事知識を学んだため、始末に困る反応を示して来る。
「たとえどれだけ損害が出ようと、“大うつけちゃん”を殺してしまえば、あとはどうにでもなるんじゃなくて?」
ビーダがそう問い質し、さらにラクシャスも続く。
「ビーダの言う通りだ。自軍の損害が大きくなると言って、逃がすべきでないものを逃がすと、さらに戦いは長引いて、損害が出続けるだけだろう。ここで戦力を全て磨り潰してでも、ノヴァルナ公を討ち取っておく事の方が大事だと、思わなかったのか?」
この問いに、ハーヴェンは内心でため息をついた。二人の言っている事は確かに間違いではない。ノヴァルナ・ダン=ウォーダの存在が無くなれば、ウォーダ家からの侵略に警戒する必要は、長期に亘って備える必要がなくなるだろう。二年前にイマーガラ家に侵攻されたウォーダ家が、敵の主将ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち取る事に、総力を挙げたのと同じだ。
しかし今のイースキー家とこの時のウォーダ家には、大きな違いがある事まではビーダとラクシャスは、頭が回らないらしい。それはハーヴェンがノヴァルナと直接対決してみて感じた、団結力の違い…目的に対してノヴァルナを中心に、一枚岩になっていたウォーダ家と、星大名家を私物化した二人の側近のもとに、私利私欲に走る者が群がったイースキー家の違いである。
イマーガラ家を退けたウォーダ家がさらに結束を固め、揺るぎない体制を手に入れたのに対し、ノヴァルナを斃したあとのイースキー家を想像すると、背筋が寒くなるのを禁じ得ない。各々がさらに私利私欲に奔走するようになり、やがては内部崩壊を起こすのは確実だ。今しがたの戦勝報告の会合の場で、玉座にオルグターツの姿が無かったのがその証左でもある。小耳に挟んだ話では、オルグターツは今回の戦いがあった事自体知らないらしい。ビーダとラクシャスが何も報告していないと思われ、呆れたものである。
無論、最上の戦略はウォーダ家と和平を結び、いずれは同盟を組む事だが、実現したとて、双方の主君の格の違いが、遠からず破綻を招くだけであるのは目に見えている。
このような状況であるからハーヴェンにすれば、死んでいった将兵とこれから死んでいく将兵には申し訳ないが、イースキー家に緊張感を保たせ続けるためにも、ノヴァルナには生きていてもらった方が、いいぐらいなのであった。
さらにハーヴェンは、オルグターツの二人の側近と不毛なやり取りを続けるうちに、彼等の“戦力を磨り潰してでもノヴァルナを討つべきだった”という、言葉の裏に潜むものに勘付く。
今回、ノヴァルナの部隊を迎撃したのは“ミノネリラ三連星”に、サートゥルスの艦隊を加えた四群…そのどれもが、オルグターツと側近達の政治体制に批判的な立場の人物を、司令官に据えていた。
そのような司令官をまとめてノヴァルナ軍にぶつけたのは、当然、敗北が許されない局面で派閥を超えて、戦歴豊かなベテランに頼ったのもあるであろうが、あわよくば大損害を被って、勢力を削ごうと目論んでいた可能性が高い。
将来的に起こるであろう新たな戦いに備えて、戦死しても良い…とまでは、思ってはいなかったかも知れないが、大損害からの艦隊再建に際してビーダとラクシャスが、自分達の息のかかった将官を多数送り込んで、“ミノネリラ三連星”を政治的に骨抜きにする好機と捉えるだろう。
「…でもまぁ、ウォーダ家を打ち破って、この星への侵攻を阻止してくれた事は事実よね。それについては正しく評価させて頂くわ」
純度百パーセントの愛想笑いでビーダがそう言うと、ハーヴェンは“ようやく終了か…”と徒労感を感じながら「かたじけないです」と頭を下げる。するとビーダと互いに目配せしたラクシャスは、席を立って扉に向かいながら告げた。
「オルグターツ様に例の件をご報告に行く時間だ。先に失礼する」
それを軽く会釈して見送ったハーヴェンは、扉の向こうにラクシャスが姿を消すのを待ち、ビーダに向き直る。
「“例の件”?…何か重要な案件ですか?」
ハーヴェンの問いにビーダはまたもや、純度百パーセントの愛想笑い。
「いえいえ。大した事じゃないのよ。新しい植民星系開拓について少し…ね」
「新しい…植民星系?」
それは初めて聞く話であった。ドゥ・ザン=サイドゥがミノネリラ宙域の領主となって以来、ここ何十年と新しい植民星系の開拓は停止されていたはずである。新しい植民星系を拓かなくとも、宙域の総人口は足りているからだ。ハーヴェン辺りに聞かせるべき話ではなかったと気付いたのか、ビーダの顔に“しまった…”という表情が一瞬浮かぶ。ただすぐに思い直したらしく、「うふ…」という妖しい微笑みと共に席を立って、ハーヴェンに語り掛けた。
「ハーヴェン殿。あなた…新しい領地はいかが?…欲しくないかしら?」
▶#06につづく
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