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第6話:皇国再興への道
#20
しおりを挟む「なに?…ミディルツ・ヒュウム=アルケティだと?」
問い直すノヴァルナの眼が、それまでのハーヴェンとの会話で見せていた、穏やかなものから一転してギラリと輝く。
ミディルツと初めて逢ったのは八年前、通信スクリーンとヘルメット越しの、短い時間のやり取りではあったが、非常に理性的・知性的な印象の男であった。今回の訪問はそれ以来となるが、そのような男がアポイントメントもなしに訪れるには些か時間が遅く、理屈で考えるならば翌日にすべきだろう。
ノヴァルナの問いに通信ホログラムスクリーンの中のランは、「はい」とだけ答える。そんな彼女の視線は、ハーヴェンの方を向いていた。意を察したノヴァルナは、ランに命じる。
「構わん、ラン。アルケティの用件を言え」
主君の許可を得て僅かに背筋を伸ばし、ミディルツの言葉を伝えるラン。
「は! 前星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガ陛下の弟君、ジョシュア・キーラレイ=アスルーガ様の特使として、ノヴァルナ様にお会いしたいとの事に、ございます」
「!!??」
テルーザの弟ジョシュアの特使…さすがにこれは、ノヴァルナにとっても予想外の話であった。反射的にハーヴェンと顔を見合わせ、同時に“こいつは簡単な話なんかじゃねーぞ…”と警戒感を露わにする。
「わかった。ここへ通せ」
表情を引き締めてノヴァルナが命じると、向かい側に座っていたハーヴェンが席を立とうとした。
「では私は、これにて…」
しかしノヴァルナは、軽く右手を掲げてそれを制する。
「いや。丁度いい、お前も同席してくれ。あとで意見を聞きたい」
「宜しいのでございますか? 私はまだ新参者にて…察するところ機密情報と成り得る、かなり重要な案件であると思われますが」
ハーヴェンもジョシュアの名前が出た事で、“これは只事ではない”と感じ取ったのであろう。常識的に考えるなら、キノッサの家臣…つまりノヴァルナにとっては直臣ではなく陪臣で、しかも今日、正式にウォーダ家へ参加したばかりの人間が、居ていい場所ではない。ところがノヴァルナは、いい意味でそういった事には無頓着だった。
「こまけー事は気にすんな!」
あっけらかんと言い放って、不敵な笑みで続ける。
「百年前から居ようが、さっき入ろうが、俺の家臣に変わりはねーよ」
これを聞いて思わず微笑むハーヴェン。おそらくこういったノヴァルナの些細な言動が、キノッサをはじめとする家臣団の心を惹きつけて止まないのだろう。
それから十分ほどして、入念なボディチェックを終えたミディルツが、ランに案内されてノヴァルナの執務室を訪れた。
ミディルツ・ヒュウム=アルケティは、皇国暦1530年生まれの今年で三十三歳。ノヴァルナより八歳年上のヒト種であり、細い眉と切れ長の眼が色白の顔と相まって、剃刀のような印象を与える。
アルケティ家は、元はミノネリラ宙域のカーニア星系を領有する独立管領で、旧領主のトキ家の支流にあたる。かつてドゥ・ザン=サイドゥが、主筋のトキ家をミノネリラ宙域から放逐して支配権を奪った際、ドゥ・ザンの支持に回って領地を安堵された。またドゥ・ザンの後妻であったオルミラは、アルケティ家出身であり、ドゥ・ザンの娘でノヴァルナの妻であるノアは、ミディルツとは従兄妹となる。
本来であれば、アルケティ家当主となるはずのミディルツであったが、自分のさらなる可能性を追い求め、皇国暦1552年に家督を叔父に預けて出奔。自分磨きと、それに相応しい主君探しの旅に出ていた。
そしてノヴァルナとの最初の出逢いは、八年前の皇国暦1555年6月。傭兵を使って、氏族会議中のキオ・スー城へ宇宙から、鉱物精製プラント衛星を落下させようとした、イル・ワークラン=ウォーダ家の企みをノヴァルナに知らせたのが、このミディルツなのである。
「ノヴァルナ様。アルケティ殿をお連れ致しました」
ミディルツを斜め後ろに控えさせたランの言葉で、ハーヴェンと話し込んでいたノヴァルナは席を立ち、声を掛ける。ハーヴェンと話し込んでいた…というのは、演技である。
「おう。久しぶりだな、アルケティ殿」
「長らくご無沙汰しておりました。ご壮健そうで何よりにございます」
恭しく頭を下げるミディルツ。対するノヴァルナは一足飛びに、いきなり質問を投げかける。
「アルケティ殿。泊まる場所は決まっているか?」
「は?…いえ。お話をさせて頂きましたのちに、市内で探します」
すると一つ頷いたノヴァルナは、即座にランに命じた。
「ラン。城内の宿所を用意しろ。食事も。それとノアに、声をかけておいてくれ。こっちの話が済んだら、呼ぶからってな」
「御意」と頷くラン。
矢継ぎ早に次々と指示を出すノヴァルナに、「あの…」と戸惑うミディルツ。さらにノヴァルナは陽気に声を掛けて来る。
「泊まる場所が決まってねーなら、ここに泊まれ。あんたも懐かしいだろ。ノアも会いたがってたしな」
「は…はい」
このやり取りを静かに聞いていたハーヴェンは、ノヴァルナ流とも言える斜め上からの主導権の握り方に、眼を細めた。
柔らかだが、有無を言わせぬ口調でミディルツに告げたノヴァルナは、さらに自然な仕草でソファーを勧める。そこにはハーヴェンがおり、歩み寄るミディルツに軽く会釈する。ミディルツは探るような眼でハーヴェンに問い掛けた。
「ご貴殿は、確か…」
「デュバル・ハーヴェン=ティカナックにございます。以後、お見知りおきを」
「おお、噂に名高かったティカナック家の…お体の方は宜しいのか」
ハーヴェンの名は、ミディルツがいた頃のサイドゥ家でも、神童としてすでに広く知られていたのだ。併せて生まれつき、不治の病に冒されている事もだが。
はい…と応じるハーヴェンの脇をすり抜け、ノヴァルナは、これまで座っていたハーヴェンの向かい側ではなく、斜め右のソファーに腰を下ろした。
「今のハーヴェンはウチの家臣だ。今後の事を相談していた」
そう言うノヴァルナだが、これは嘘であった。ハーヴェンは家臣になったばかりで、ここにいるのは、その挨拶に訪れただけなのだ。しかしこれも駆け引きの内であり、それを理解したハーヴェンも、何も言わずに頷くだけだった。すると上手い具合に、如何にもノヴァルナの懐刀的存在感が出て来る。
「さようですか」
ノヴァルナの嘘を、額面通り受け取ったらしいミディルツは、ノヴァルナの向かい側へ座る。
「七年…いや、八年ぶりかミディルツ殿。だが直接会うのは初めてだな。その節は世話になった」
「いえ。あの時は失礼致しました」
「色々と話したい事もあるが、それはノアが来てからにしよう。まずは特使とやらの用件を聞かせてくれ」
「そうですね」
もとより異論はないミディルツは、ノヴァルナを見据えて、ここへ来た目的を述べ始める。
「ノヴァルナ様」
「おう」
「ジョシュア・キーラレイ=アスルーガ様におかれましては、新星帥皇を騙るエルヴィスとこれを奉じるミョルジ家を打倒し、正統星帥皇となるべく上洛をご決意。つきましては前星帥皇にしてジョシュア様の兄たる、テルーザ陛下の刎頚の友であったノヴァルナ様に、そのお力添えを頂きたいと思し召しになり、その使者として、私が遣わされた次第にございます」
明確な物言いで、口上を伝えるミディルツ。ただその内容の大半は重要さにおいて、ノヴァルナの興味を引かないものであった。一か所を除いては。
「新星帥皇を騙る…と言ったが、アルケティ殿はエルヴィスが何者なのか、正体を知っているのか?」
ピンポイントで問い質すノヴァルナに、ミディルツは硬い表情で頷いた。
「はい。おそらくは間違いなく…」
▶#21につづく
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