銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第12話:天下の駆け引き

#04

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 正直なところキノッサはこれまで、絵画や音楽と言った芸術面は、古典から現代アートまで全く興味を抱いたりした事は無かった。ある意味、そのつけが回って来たのだとも言える。「うーん…」と声を漏らしたキノッサは、P1-0号が周囲に浮かばせている、何枚ものホログラムスクリーンの中から、絵画アーカイブを見つけると、自分の手元に手繰り寄せ、指先で触れてスクロールさせた。ソークンとの会談の際に応接室に飾られていた絵画が、どういったものなのかを調べてみようと思ったからだ。

 無論、戦乱で現在は行方不明となっているものも多いとはいえ、銀河皇国に存在する有名な絵画は星の数ほどもあり、アーカイブで簡単に見つかるものではない。しかし銀河皇国には、個人の意識を銀河全体に及ぶ情報ネットワークと接続する、NNL(ニューロネットライン)がある。
 NNLの検索機能を拡大応用すれば、キノッサの意識内にある、イーマイア造船本社の応接室に飾られていた絵画の視覚記憶を投影する事で、それに近いデザインの絵画が候補として、スクリーンに表示させる事が出来る。これは“記憶検索”機能と呼ばれるもので、NNLの便利機能の一つだった。

 キノッサが記憶検索を使うと、絵画アーカイブのホログラムスクリーンの表示内容が更新され、似た構図の絵画が六枚映し出される。いずれもキノッサが見た通りの、花束を持つ女性を描いた油彩だ。

「その絵画がどうかしたのかい?」

 キノッサの行動を眺めていたP1-0号は、手が止まるタイミングを見計らって問い掛けた。キノッサは六枚の候補から、自分の記憶と合致した一枚を拡大して、P1-0号に見せる。

「いや…そう言えば、ソークン殿と交渉してる部屋に、この絵が飾ってあるんスけど、どういったものなのか…と思ったんス」

 P1-0号はその絵を見て、即座に概要情報を述べ始めた。

「ほう。アイオウリス=ベイカーの作品、『鼈甲蜂ベッコウバチのブローチの女性』だね。彼の代表作の一つでキヨウ暦1215年に、フェイロン共和国の首都フェッサ・バンデで描かれたものだ。女性の着る白いサマードレスを引き立てるように、派手さを抑えた花束の色使いが評価されている。その一方で―――」

 それを聞かされても、キノッサは「な、なるほどッス…」と応じる以外、反応のしようが無い。ところがP1-0号は解説を終えると、不意に何かを思いついたように、センサーアイの青い光を明滅させた。


「ふむ…この絵、使えるかもしれないな」

 
 いきなり“使えるかもしれない”と言われても、壁に掛かる絵の何をどうするのか、キノッサには全く理解できない。「何を言ってるんスか?」と、P1-0号に問い質す。P1-0号は別のホログラムスクリーンに、新たな絵画の写真と解説を表示させて、キノッサに差し出した。

「きみが会談の場で見たアイオウリス=ベイカーの絵には、ついになる作品があったんだ。それがこれさ」

 そう言ってP1-0号は、新たに表示させた絵画の写真を指で指し示す。それは白いシャツ姿で椅子に座る男性を描いた一枚で、男性の背景には鮮やかな青い海が広がっている。

「この絵のタイトルは『レミナス海にて』。当時のフェイロン共和国の避暑地アーチェ。そのレミナス海を望むホテルのテラスの景色が、描かれているという。製作年は『鼈甲蜂のブローチの女性』と同じ、キヨウ暦1215年だ。もっとも…アーチェはこの三年後、ゼブルマス連邦の戦術核攻撃で壊滅して、この光景も今は見られなくなったけど」

 フェイロン共和国もゼブルマス連邦も、今の皇都惑星キヨウが銀河皇国の前身である、ヤヴァルト皇国によって統一される前にあった、国家の名称である。この両国を含めた南北陣営の大規模紛争が、皇国の誕生を促したとも言われている。今からもう千六百年ほども昔の話だ。ただ軍事的な歴史の話が入った事で、キノッサ達三人も、P1-0号の絵画の説明にようやく関心を持ったらしい。

「そげな歴史的背景が、あっただバか」とカズージ。

「避暑地を核攻撃って、無茶苦茶じゃないッスか」とキノッサ。

「本来、ゼブルマス連邦はアーチェとは半島を挟んで反対側の、港湾都市でフェイロン共和国最大の軍港があるベムエルを狙ったんだけど、核弾頭を搭載した巡航ミサイル二発が、半島の山を越えて行き過ぎ、アーチェの市街地で爆発したんだ」

 当時の経緯を説明したP1-0号は、話しを本筋に戻す。

「さてそれで、この『レミナス海にて』と『鼈甲蜂のブローチの女性』が、対の作品だという件だけど、これを見てくれたまえ」

 そう言ってP1-0号は二つのホログラムスクリーンを合体させ、それぞれに教示されていた絵画の写真を並べて見せる。すると二枚の絵画は、向き合った男女を斜めから描いた一枚の絵のようになった。“ほう…”という顔をするキノッサ達三人に、センサーアイを明滅させながら告げるP1-0号。

「これは元々、このように並べて展示されていた二枚だった」



 P1-0号がさらに語ったところによると、この二枚の絵画に分けて描かれている男女は恋人同士であり、『鼈甲蜂のブローチの女性』で女性が手に持つ花束は、もう一方の『レミナス海にて』の男性が、贈ったものだという解釈がなされているらしい。

「それで?…なんでこの絵が、今回の交渉に使えるんスか?」

 肝心な部分の説明を促すキノッサ。

「それは百年近く、『レミナス海にて』の方が、行方不明になっているからさ」

 P1-0号の言葉が飲み込めない様子のキノッサは、首を傾げるばかり。これに対してP1-0号は事も無げに続けた。

「そして僕は、この絵のを、おそらく知っている」

「!!…」

 元来、頭の回転の速いキノッサであるから、不得意な芸術関係の話であっても、P1-0号が何を言わんとしているかは、すぐに察する事が出来る。ハッ!…と眼を見開いたキノッサは呟くように言った。

「…それを手に入れて、ソークン殿への手土産にすれば…」

 頷いたP1-0号が、その効果を口にする。

「“銀文協”の代表でもある、ソークン殿は協会に対して面目躍如、間違いなしだろうね」

 なるほど…と腑に落ちた顔になったキノッサは、明るくはない分野の話ながら、持ち前の才覚で話を膨らませる。

「でも、最初に俺っちがやらかしたんで、それだけじゃ足りないッスな。ウォーダ家は皇国文化財の再収集と復元、維持管理にも力を入れる方針である事を、アピールしていくとするッスよ」

 するとこれを聞いたカズージが怪訝そうに口を挟む。

「はてキノッサぞん。そげな“文化財にも力を入れる方針”なんぞは、いまだ聞いた事も無いぞな。いつノヴァルナ様は仰っただバか?」

「そんなもんは“臨機応変”ッス」

 つまりは“口から出まかせ”である事を白状するキノッサだが、気にするふうも無く言葉を続ける。

「それに文化財の保護とかは、ノヴァルナ様も否定しないはずッス。あの方は“ぶち壊し屋”みたいな印象ッスけど、そういった事には繊細ッスから」

 そう言っておいてキノッサはP1-0号を振り向き、今しがたのこのアンドロイドの発言で、気になる箇所を問い質す。

「ところで、なんで絵の在り処を“知っている”じゃなくて、“おそらく知っている”なんスか?」

「それは情報検索と精査を繰り返して、“おそらくそこにある”可能性が高い…と判断したという事さ。まだ僕自身の眼で確かめたわけじゃないからね。あと、作品入手には、協力を取り付けたい人物がいる」

 協力者を要求するP1-0号に、キノッサは軽く眉を吊り上げた。

「誰ッスか?」



▶#05につづく
 
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