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第12話:天下の駆け引き
#22
しおりを挟む五万光年離れたエンダー夫妻と、あと何回メッセージのやり取りができるかは分からない。名残惜しい気分でノヴァルナは、データパッドに挿入していたメモリースティックを、学術データのものと交換した。
内封されていたデータが表示されると、まずホログラム投映されたのは、昨年ムツルー宙域で出現した『超空間ネゲントロピーコイル』の、グラフィックデータである。ルキナの声がテータの解説を始めた。
「これは去年、こちらに出現した『超空間ネゲントロピーコイル』よ。向こうの世界にいた時にシミュレーションした通り、惑星パグナック・ムシュを含む六つの惑星が、正六角形を描いているわ」
エンダー夫妻としてのメッセージの時とは打って変わって、冷静な口調のルキナだ。それもそのはずで、ルキナはカールセンと結婚する前は、超空間航法の技術革新を研究する、銀河皇国の次元工学研究機関『ベラルニクス機関』で働く、研究員であったのだ。したがってこの件に関しては、ルキナが中心となって動いている。
ルキナが口にした“向こうの世界”とは、皇国暦1555年にノヴァルナとノアが飛ばされ、カールセンとルキナがいた皇国暦1589年の世界の事である。だがノヴァルナとノアが元の世界に帰った来た事で、現在では世界線が変わってしまっており、繋がってはいない。
「この正六角形の中心が銀河系中心と繋がる、『熱力学的非エントロピーフィールド』の入り口。無人調査艇を派遣して、スキャンした結果を重ねてみるわね」
ルキナの言葉で重力子、電磁波、赤外線などのスキャン結果が重なると、何もなかった中心部に、巨大なワームホールが姿を現した。ルキナのナレーションが解説を続ける。
「本当はワームホールの内部に、探査機を投入したいところだけど、これが人工物である以上、今回それは迂闊に出来ないと判断して、やめておいたわ」
ルキナの言葉はもっともであった。『超空間ネゲントロピーコイル』は自然現象ではなく、何者かが建造した人工物なのだ。ノヴァルナとノアの見立てでは、これを建造したのは『アクレイド傭兵団』ではないのかとの考えだが、確たる証拠があるわけではなく、エンダー夫妻も合わせて、無断で勝手に嗅ぎ回っているのだ。そうであるから、探査機まで投入するのは危険すぎる。またこれに鑑みエンダー夫妻側も、『超空間ネゲントロピーコイル』を常時監視する事は控えていた。
「とにかく、今回の『超空間ネゲントロピーコイル』で、銀河系中心と繋がったと思える『熱力学的非エントロピーフィールド』の位置を算出したから、これを見て頂戴」
ルキナの声がそう告げると、ノヴァルナとノアは僅かに表情を引き締めた。
ホログラム映像が描き出した、シグシーマ銀河系の中心部から、ムツルー宙域周辺までの宇宙図に、一直線の細長いトンネルが追加で描かれる。時空次元の存在しない『熱力学的非エントロピーフィールド』だ。
するとこれを見たノヴァルナは、映像を一時停止させた。何かを思いついたらしく、「ノア」と妻に呼び掛ける。
「どうしたの?」とノア。
「これに惑星カーティムルと、“スノン・マーダーの空隙”の位置を、反映させられるか?」
ノヴァルナの意図をすぐに理解したノアは、身を乗り出してNNLのホログラムキーボードを呼び出し、「わかった。やってみる」と指を動かし始める。
惑星カーティムルは、ミノネリラ宙域のウモルヴェ星系第四惑星で、皇国暦1561年11月に、惑星中の火山が一斉に噴火を起こすという、大災害に見舞われた植民惑星であった。
また“スノン・マーダーの空隙”は同じくミノネリラ宙域の、『ナグァルラワン暗黒星団域』に七年前、暗黒ガスの雲海内で忽然と発生した、超巨大な何もない空間である。以前にノアはこれらの現象の発生が、七年ごとに出現する『超空間ネゲントロピーコイル』によって、引き起こされている可能性に言及していたのだ。
操作を終えて、『熱力学的非エントロピーフィールド』の状態を見たノアは、夫の見識が正しかったことを認めて、「やっぱり、たぶん間違いないわ」とノヴァルナを振り返った。ホログラム上では、惑星カーティムルはフィールド内にあって、一方の“スノン・マーダーの空隙”は、フィールドの至近距離に位置していた。
これらの事象は、『非エントロピーフィールド』の生成によって、引き起こされたのではないかとノアは考えていたのだが、あくまでも仮説にすぎなかった。それが今回、ムツルー宙域側からの観測結果と照合したことにより、検証されたのだ。
「惑星に天変地異を起こしたり、暗黒星雲の重力バランスを歪めたり…すげーエネルギーだが、やっぱ問題は、何が目的でこんなもんを造ったか…なんだよなぁ」
そう言ってノヴァルナは手指で頭髪を掻く。このような恒星間を跨ぐ超巨大建造物を造るだけの、目的からして不明なのが何より不気味であった。まず思いつくのは、何万光年もの距離を一瞬で移動できる、移動手段としての目的だが、現実的には思えない。ノアも「そこなのよね…」と同意し、ノヴァルナは停止していた動画を再生に戻した。
その直後、映像の中のルキナも偶然、『超空間ネゲントロピーコイル』の建造目的に関する推察を述べ始める。そしてルキナの発した言葉にノヴァルナとノアは、揃って「えっ!…」と驚きの声を漏らす。
『超空間ネゲントロピーコイル』の建造目的に関するルキナの推察で、まず彼女はこの超巨大建造物が、“トランス・リープ航法”を行うためや、その研究のために建造されたのではないか…という考えを否定した。
「これはそう考えた方が、前に進めると思ったからなの。発想の転換って事ね」
ここまで真面目な雰囲気であったルキナの口調に、持ち前の朗らかさが加わる。ただこの言葉はノヴァルナとノアに、“なるほど”と思わせる事になった。『超空間ネゲントロピーコイル』によって形成される、“熱力学的非エントロピーフィールド”は、瞬時に何万光年もの距離を移動できる次世代の恒星間航法の、“トランス・リープ航法”にとって不可欠なものである。この事からノヴァルナとノアは、『超空間ネゲントロピーコイル』が恒星間の移動に使うため、建造されたものに違いないという先入観から、未だに抜け出せずにいたのだった。
“発想の転換か…しかしあんなデカブツ、他に何に使うってんだ?”
ノヴァルナは眉をひそめて、隣に座るノアの横顔を見た。ノアは真っ直ぐ、ホログラム映像を食い入るように見詰めている。そこへルキナの推察が始まった。
「ええ…と、『超空間ネゲントロピーコイル』によって発生する、“熱力学的非エントロピーフィールド”は、宇宙が誕生する前の、時間も距離も存在しない“無”の状態だって言うのは、分かってるよね?―――」
ルキナの語り掛ける口調にノヴァルナとノアはつい、二人揃って軽く頷く。
「このフィールドに入ると、何万光年もの距離を一瞬で移動出来るのは、あなた達も実体験で知ってるけど、実はそれ以外に可能な事があると言われてるの―――」
僅かに身を乗り出すノヴァルナとノア。
「それはこの宇宙と対になっている、“もう一つの宇宙”を観測する事らしいわ」
「?」
そう言われてもピンと来ない二人は、訝しげな顔になった。多元宇宙という解釈の仕方は知っているが、対になったもう一つの宇宙という考え方は、初めて聞くからである。それにそもそも多元宇宙は理論上の存在で、実在していても観測する事は不可能だとされている。
ところがルキナの言いたいのは、そういった事ではないらしく、そしてその口から出た言葉は、ノヴァルナとノアにとって思いもよらぬ単語だった。
「ええっ…と、ええーーっと、何て言ったっけ? まだ研究員になりたての頃に、一度だけ聞いたことが………あっ! そうだ、“双極宇宙論”よ!」
▶#23につづく
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