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第15話:カノン・ガルザック撤退戦
#07
しおりを挟むアザン・グラン家は一時期、イースキー家を出奔したハーヴェンに、領地であるエテューゼ宙域で住居を構える事を許していたため、彼の非凡な戦略と戦術の才能と合わせて、彼の名は家中でも比較的よく知られていた。
したがってキノッサに対する評価も、キノッサ個人の才能や器量によるものではなく、ハーヴェンの現在の主君という、キノッサが知れば些か不本意に感じるであろうものである。
「要塞主砲を使った、この小細工…ハーヴェンの入れ知恵か」
総旗艦『サイオウ』の艦橋の外を遠く通り過ぎてゆく、直径十数メートルはある要塞主砲の青白いビームを見詰め、エヴァーキンは呟いた。
「如何致しますか?」
問い掛けて来る参謀長に、セオリー主体の指示を出すエヴァーキン。
「セオリーでは、要塞主砲の有効射程外まで一時後退して陣形を立て直すか、艦隊ごとまたは戦隊ごとに分かれて城に肉迫だ。ここは一時後退を選択すべきだろう」
エヴァーキンの選択の理由は、自軍の戦力の多さにあった。十二個もの基幹艦隊が、戦隊ごとに分かれて独自に回避行動を取りつつ、目標の宇宙城を目指すとなると、互いに障害となって動きが制約されるという不都合が生じ、かえって相手からの的になり易くなるリスクが、考えられたからだ。
「それでは敵主力への追撃が、遅れまするが?」
艦隊参謀が、懸念するところを伝える。彼等の任務は『カノン・ガルザック』城の奪還ではなく、撤退中のウォーダ軍主力部隊を追撃して補足、これを撃破する事であるから、懸念は当然だった。
「いや。ここは“急がば回れ”だ。無理に押し出して、下手に戦力を消耗しては、肝心の敵主力部隊への攻勢に支障が出る」
「敵主力に逃げ切られてしまう可能性もありますが…」
「そのためのアーザイル軍だ。クェルマス様ならば、敵主力を取り逃がす事はあるまいて」
エヴァーキンの言葉に感じる期待感も無理はない。クェルマス=アーザイル率いるアーザイル軍主力部隊が、ウォーダ軍主力の撤退路を塞ぐのがこの挟撃作戦の骨子であり、アザン・グラン軍の第一目標であった、ウォーダ軍主力を『カノン・ガルザック』宇宙城から引き剥がす事には、すでに成功しているのである。
ただ『カノン・ガルザック』を守備するキノッサも、アザン・グラン軍の動きは想定済みで、こちらはこちらで作戦の第一段階は成功したと評価していた。
キノッサはアザン・グラン軍が、統制DFドライヴで出現した位置から、後退した地点で再集結を始めたのを見て、軍師のハーヴェンに声を掛ける。
「どうやら出だしは、上々のようッスね」
「エヴァーキン殿は慎重居士ですからね。手堅く来られるはず…と思いました」
静かな声で応じるハーヴェンの微笑みに、キノッサはむしろ、空恐ろしいものを感じる。
占拠した『カノン・ガルザック』宇宙城の要塞主砲を、最優先で整備し、なおかつキノッサの旗艦『ヴェルセイド』から、遠隔操作できるように手を加える事を、強く提言したのはハーヴェンだ。
おそらく要塞主砲が万全な状態であるのを敵将エヴァーキンに知らしめる事で、相手に慎重策をとらせるのが目的であったに違いない。相手は良策と考えても、それが実はハーヴェンの戦術に嵌っているというのが、キノッサが空恐ろしいと感じるところだった。
それにミディルツが意見具申した先制の突撃も、要塞主砲との併用で慎重策をとらせるのに有効だと判断し、ハーヴェンは賛意を示したのだろう。
「しかし…本番はこれからです。力押しで来られたら、我等が不利であるのは、紛れもない事実ですので」
「もちろんス」
そう答えながらも、キノッサのハーヴェンの才能に対する興味は尽きない。自軍の配置状況を確認しながら、問い掛けてみる。
「これがもし、ノヴァルナ様が敵将だった場合、どう出て来るッスかね?」
「これはまた、不遜極まりないご質問ですね」
そう言って苦笑いを向けるハーヴェン。ウォーダ家に来て、初めてノヴァルナと対面した時の、彼がキノッサを評価した言葉…“最後に俺を殺しに来る奴”が、頭を過ったからだ。無論キノッサの方は今の言葉に、そんな自覚は無いであろうが。
「それでもまぁ…ノヴァルナ様であれば、もっと恐ろしい手を使われるでしょう」
「というと?」興味津々のキノッサ。
「そもそも監視部隊を残す程度で我等など放置して、撤退する主力部隊を全力で追撃されるはずです」
「俺っち達を放置してッスか? 俺っち達が後方から襲撃したら、逆挟み撃ちになるッスよ!?」
「そのための監視部隊の残留です。我等には補給部隊も補給路もなく、監視部隊と一度戦ってしまうと、それ以上の本格戦闘は不可能となります。そして撤退する主力部隊を叩いてしまえば、我等は敵中に孤立。敵将ノヴァルナ様は、あとは我等を干殺しにすれば良いだけの事…」
「むむ…」
ハーヴェンの推察に、キノッサは頬を引き攣らせた。
▶#08につづく
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