銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第15話:カノン・ガルザック撤退戦

#17

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 アーザイル家の裏切りにより、ウォーダ軍遠征部隊が窮地に陥り、決死の撤退戦を開始した情報は、翌日になってようやくミノネリラ宙域や、オウ・ルミル宙域のウォーダ領、さらに皇都キヨウへ伝えられた。技術的な理由で超空間電信であっても、超長距離に及ぶ恒星間の情報伝達には、タイムラグが生じる。そしてその内容が、遠征部隊の無事な生還を願っていた人々に、衝撃を与えたのは当然の事だ。


※※※―――


「ノア姫様」

 ギーフィー城でノヴァルナの妻に呼び掛ける、侍女兼護衛役のメイア=カレンガミノの声がする。

 ノアはキノッサの妻のネイミアと共に、城に幾つかある厨房の一つにいた。ネイミアが仕入れて来た、新作パウンドケーキのレシピをもとに、試作を一緒に行っていたところだった。ミノネリラ宙域やオ・ワーリ宙域ではあまり手に入らない、ブンゴッサ宙域の珍しいドライフルーツ類を入手できたからで、甘いものが好きなノヴァルナが、遠征から帰って来たら食べさせてやるための試作であった。このところ煮詰まっている、“超空間ネゲントロピーコイル”の調査に対する、気分転換も兼ねている。

 手伝い役のエプロン姿のマイア=カレンガミノを間に置いて、くだらない噂話に笑い声を上げていたノアとネイミアは、厨房に入って来た黒いスーツ姿のメイアの呼びかけに、笑顔を残したまま振り向いた。
 だたノアの笑顔は、メイアの表情を見てすぐに消え失せる。普段あまり表情を変える事は無いカレンガミノの双子姉妹だが、子供の頃から一緒だったノアには、その僅かな表情の違いを理解できるため、かなり良くない報せである事が、一目で分かったからだ。

「何か…あったのですか?」

 ノアの問いにメイアは「はい」と応じ、一拍置いてその内容を告げた。

「ワクサー宙域遠征軍に対し、我がウォーダ家と同盟関係にあった、アーザイル家のアザン・グラン側への寝返りが発覚。この挟撃の危機にノヴァルナ様は、全部隊のご撤退を決定。撤退戦に移られてございます」

「!!!!」

 メイアの言葉の重大さに、ノアは眼を見開いたまま立ち竦んだ。聡明なノアであるから、撤退戦・・・がどれほど困難なものかは、完全に分かる。「奥様…」と声を掛けて気遣うネイミア。

 ところが凶報はそれだけではない。特にネイミアにとって―――

「なお、ノヴァルナ様ご撤退に際し、キノッサ様指揮の第36艦隊が、アルケティ様及びイ・クーダ殿の艦隊と共に、殿軍を務めておられるとの事にございます」
 
 キノッサが殿軍を務めているという思わぬ報告に、ネイミアは手にしていた銀製のトレーを調理台に落とした。カランカランという乾いた金属音だけが、静かな厨房に鳴り渡り、トレーに載せていた色とりどりのドライフルーツが、床を転がり広がってゆく。

「う…うちの人が!?」

 卒倒しそうになる体を踏みとどまり、ネイミアは絞り出すような声で、それだけを口にした。元は民間の農場経営者の娘で、軍事関係には明るくない彼女だが、それでも殿軍の高い危険性は知っている。

「どうして、うちの人が…」

 狼狽を隠せないネイミア。彼女がそう思うのも仕方のない事だった。夫のトゥ・キーツは要領のいい人間であり、こういった状況になると、ちゃっかりノヴァルナの隣に座って帰って来るような人間だと、普段から考えていたからだ。
 しかしこれはネイミアの認識不足…というより、トゥ・キーツの持つ、もう一つの面を見落としていたのであった。

 キノッサの持つもう一つの面、それは“スノン・マーダーの一夜城作戦”で遭遇した、機械生物の脅威に際し、作戦指揮官だったキノッサ自身がその身を挺して、状況の打破に向かおうとしたように、窮地に陥った場合は、自分が矢面に立って戦うという気概である。ノヴァルナなどと同じ、“武人の血”だと言ってもいい。その衝動がキノッサをして、殿軍の指揮へと走らせたのだ。

 ただ狼狽するネイミアを前にしても、ノヴァルナの生命の危機に直面したノア自身には、誰かに気を遣う余裕は無い。そしてうろたえるのではなく、今の自分に何かできる事は無いのかと、思考を巡らせ始めるのがノアという女性だった。

「なお、ノヴァルナ様よりのご伝言によれば、万が一の場合はヴァルターダ様を、次期ウォーダ家当主に据えるとの事にございます」

 メイアが続けて報告すると、それを聞いたノアは、“万が一を考えなければならない状況なのか…”と思って、拳をキュッ…と握り締め、まずネイミアに凛とした口調で呼び掛ける。

「ネイ。気を確かにお持ちなさい。まだ戦いは始まったばかりです」

「は…はい」

 背筋を伸ばして態度を改めるネイミア。ノアはメイアに向き直って指示を出す。

「筆頭家老のシウテ殿に連絡し、緊急会議の予定はどうなっているかを確認。ここから救援艦隊を出すのであれば、私も同行します。『サイウンCN』を用意してください」

 イマーガラ軍がオ・ワーリ宙域に押し寄せて来た、あの日と同じだ。ノヴァルナの命が燃え尽きる時は、自分の命も燃やし尽くす時。ノアの決意は、今でも揺るぎなかった………




▶#18につづく
 
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