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第15話:カノン・ガルザック撤退戦
#19
しおりを挟むバルガット・ヅカーサ=セッツァーが、ノヴァルナの最期を望んでほくそ笑んでから三日後、当のノヴァルナは不機嫌そうな表情で、『クォルガルード』の私室から出て来ていた。首の後ろに右手を回し、大きな欠伸をする。
そんな主君に、私室の前でヤスークと共に待っていたジークザルトが、穏やかな声で問い掛ける。
「あまり、お休みになれませんでしたか?」
「ん?…んー、変な夢みちまった」
そう返答し、苦笑いを向けたノヴァルナは、『クォルガルード』の艦橋へ向かった。ただ今のノヴァルナにとっては実際のところ、苦笑いさえも作り笑いしなければならない状態だ。“変な夢”と簡単に言ったものの、ナギ・マーサス=アーザイルの裏切りや、撤退戦を続けている家臣達の事が頭を巡り、ほとんど眠ることが出来なかったからだ。
そして挙句の果てが、幽閉されて泣いている妹のフェアンの夢である。
豪放なように見せて、本性は繊細で感受性の強いノヴァルナであるから、口には出していないものの、敵となったアーザイル家の中で、フェアンと生まれたばかりの三つ子が、どのような扱いを受けているかを考えると、心臓を抉られるような痛みを覚える。
“…ったく。これじゃあ、敵の追撃部隊と戦い続けてる方が、まだマシだぜ”
幸いな事にノヴァルナが指揮する“敗走部隊”は、ここまで敵と遭遇せずに、オウ・ルミル宙域とヤヴァルト宙域の境界付近まで、到達出来ていた。僅か十隻という小部隊である事が、敵の監視網を上手く潜り抜けられているのだろう。
しかし敵と遭遇せずに済んでいるぶん、妹の安否や家臣達の戦況に、気持ちが行くのは当然だった。そしてそのどちらもが、ノヴァルナにとって精神衛生上、良くない状態にある。
…ったく、ともう一度、内心で吐き捨てるように呟いたノヴァルナの前で、艦橋の扉が左右両側に開き、主君の姿を認めた当直士官が直立不動の姿勢で告げた。
「ノヴァルナ殿下、艦橋へ」
その声に反応して、艦橋にいた人員が一斉にノヴァルナに振り向いて、「おはようございます」と一礼する。これに対してノヴァルナは右手を軽く挙げ、「うす」と短く返答。そのまま空いていた司令官席に向かった。席に着くとまずは副官のランが、ノヴァルナの就寝中の状況報告を記載したデータパッドを手渡す。そしてそのデータパッドの内容を、ノヴァルナが確認している間に、参謀達が周囲に集まって来る。いつも通りのルーティンだ。
しかし今回は普段のルーティンには居ない者がいる。ノヴァルナと銀河皇国に与しヤーマト宙域星大名の座を手に入れた、フォクシア星人のヒルザード・ダーン・ジョウ=マツァルナルガだ。
ヒルザードはノヴァルナの参謀長に先んじて、悠然と歩み寄ると恭しい一礼と共に、艦橋中央に展開する戦術状況ホログラムを見るよう促す。
「現在のところ…我が軍は、どうにか持ち応えておるようですな」
その言葉を聞いて、ノヴァルナが視線を移した戦術状況ホログラムは、広域モードに設定されており、自軍が撤退戦を行っているエテューゼ宙域と、オウ・ルミル宙域のそれぞれの一部を映し出していた。そしてその宇宙地図には、超空間電信によるタイムラグで一日遅れではあるが、各部隊の動きが表示されている。
この全軍の動きを得る統合情報収集システムは総旗艦『ヒテン』と、いまノヴァルナが乗っている専用艦、『クォルガルード』だけに搭載されているものである。
この戦術状況ホログラムによると、いま現在、ヴァルミス・ナベラ=ウォーダが指揮を執るウォーダ軍主力部隊は、二度にわたるアーザイル軍主力部隊からの襲撃を、見事な“いなし技”で迎撃。多少の損害はあったものの、オウ・ルミル宙域内のウォーダ家支配地へ向けて航行している。
またイェルサスが指揮するトクルガル家の二個艦隊は、遭遇したアザン・グラン家の二個艦隊に、BSI部隊の活躍で大損害を与えて撃退したものの、その後に群がって来た、アーザイル軍の恒星間防衛艦隊のために、退路の変更を余儀なくされている。
さらにノヴァルナの『クォルガルード』以下十隻を分離した、第1特務艦隊の本隊の方は、アーザイル軍別動隊に追われているらしい。しかもそのアーザイル軍別動隊の指揮は、ナギ・マーサス=アーザイルが執っているようだ。おそらくノヴァルナを知るナギは、義理の兄が第1特務艦隊の方にいると読んだのであろう。そういった意味では、『クォルガルード』を含む一部を分離したのは、正解だったのであろう。
そしてキノッサが指揮する殿軍。『カノン・ガルザック』宇宙城の自爆と、輸送艦部隊を補給拠点としたハーヴェンの巧妙な戦略で、その後に起きた第二回戦においても、アザン・グラン軍主力部隊の追撃遅延に成功する。
だがこれで、ウォーダ軍主力部隊の捕捉が極めて困難となった、と判断したと思われるアザン・グラン軍主力部隊は、殿軍の撃滅に方針転換。全力攻勢に出始めたアザン・グラン軍主力部隊の前に、キノッサの殿軍は大きな損害を出していたのだった。
▶#20につづく
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