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第15話:カノン・ガルザック撤退戦
#25
しおりを挟む悪魔の囁きにも似たネッツァートの提案に、ヒルザードも同じように口元を歪めて、「…なるほど、興味深いお話ですな」と応じて胸をそらせた。そのまま数十秒の時間が過ぎたのち、待ちの状態を続けていたネッツァートに、表情を変えぬまま告げる。
「ですが…これはしたり。どうやらこのヒルザードを、見誤っておられるようで」
「ほほう…」
「このヒルザードがここへ参ったのは、いまだノヴァルナ公に、勝ち筋が残されているからに他ありませぬ」
平然と言い放つヒルザードに、ネッツァートは眉をひそめた。
「勝ち筋…このような状況で、ですかな?」
「さよう。アザン・グラン家とアーザイル家の張った、罠に落ちたは確かでありまするが、ウォーダ軍とその盟友トクルガル軍の各部隊は、統制を保ったまま撤退行動を継続中にて、程なく安全圏まで後退するでありましょう」
「ほう…」
「もしノヴァルナ公に勝ち目がないとなれば、このヒルザード、ネッツァート殿にお誘い頂くまでもなく、公に見切りをつけておりますとも」
「と申されますと、我々がもし襲撃しても、ノヴァルナ様が撃退されると信じて、ご説得に来られたという事ですかな?」
「その通りにて」
「ハッタリは通用しませんぞ」
ネッツァートも年齢で言えば、ヒルザードよりも上である。そしてかつてのク・トゥーキ家当主として、強大な周辺勢力のせめぎ合いから、家を存続させて来た経験もある。交渉において隙を見せる事は出来ない。さらに続けるネッツァート。
「接近中のノヴァルナ公が、戦闘輸送艦とやらを中心にした、僅か十隻の艦隊でしかない事は、すでに把握しております。これでどうして勝ち目があると?」
やはりな…と驚く様子もないヒルザード。おそらくすでに、ノヴァルナ分艦隊の周囲には潜宙艦が潜んでおり、艦隊戦力を解析し終えているのだろう。充分な勝算があるからこそ、攻撃を選択したのだ。ただヒルザードはこの点にこそ、付け入る余地があると判断していた。
「なるほど、ク・トゥーキ家のお考えも御尤も。弱った相手にとどめを刺し、功とするは戦国の世の習いにて。しかしながらネッツァート殿は、ノヴァルナ公の新兵器の威力を、御存知ありますまい?」
ヒルザードは余裕の面持ちで、さらりと告げる。
「新兵器?」
胡散臭そうな表情をするネッツァート。
「ネッツァート殿やモーテス様は、お聞きになった事はありませんかな? 超空間狙撃砲『ディメンション・ストライカー』という兵器を」
「超空間狙撃砲?…確か、イマーガラ家が保有していたBSHOの特殊兵装が、そのような名であったと思いますが」
玉座に座るモーテスが呟くように言う。そこでヒルザードは『ディメンション・ストライカー』が、どのような兵器であるかという事と、それを鹵獲したウォーダ軍が改良を加え、現在ではノヴァルナのBSHO『センクウ・カイFX』が、運用できるようになっている事を告げる。
銃身内部で超空間転移を行った銃弾が、目標内部で実体化して同位相爆発を起こすために、エネルギーシールドで表面を覆っても防御は不可能という、『D-ストライカー』の兵器特性は確かに脅威ではあった。モーテスとネッツァートの顔に、警戒心が湧き上がってくるのを、ヒルザードは見逃さない。
そしてここからが、ヒルザードの持ち味であった。
「ノヴァルナ公は現在、この『D-ストライカー』の簡易量産型を開発中にて。その先行試作タイプをすでに、公の親衛隊『ホロウシュ』の全機体に、配備しておられます」
「!!??」
これを聞いて、モーテスとネッツァートの顔に浮かんでいた、警戒の色が一気に濃くなる。だがこれはヒルザードの放った嘘だ。『D-ストライカー』の威力という事実と、『ホロウシュ』の全機に配備しているという偽りを混ぜ合わせ、“ハッタリは通じない”と警告する相手に伝える、ヒルザードの巧妙な話術である。
実際に『D-ストライカー』の簡易量産型は開発中であったが、まだ完了しておらず、ヒルザードの話のこの部分は“全くのハッタリ”だった。その上でヒルザードは二人に畳み掛ける。
「艦隊が搭載しているノヴァルナ公と、『ホロウシュ』の機体は合わせて二十一。これが全て超空間狙撃砲を使用し、機動戦を行いながら艦橋直撃を狙えば、三個艦隊程度では勝てない…と、このヒルザードは判断致しますが如何かな?」
「む…う…」
言葉に詰まるネッツァート。情勢を見るに敏で慎重な判断を重視するク・トゥーキ家であるからこそ、この状況の変化に困惑せざるを得ない。
「それでもなお、我等と一戦されるも結構。しかしここでノヴァルナ公を、取り逃がすような事になれば、銀河皇国に対する叛逆勢力として、御家は討伐の対象となり申すが、その覚悟はお有りか?」
「それは…」
老獪なヒルザードはここで、更なる探りを入れた。銀河皇国直轄軍の資格を持つノヴァルナの軍を、『ハブ・ウルム・ク・トゥーキ』を保有し、星帥皇室の息が掛かっているはずの、ク・トゥーキ家が討とうとしている背景についてだ。
結論から言えば、ヒルザードの交渉は成功であった。ク・トゥーキ家はノヴァルナを討つ事で得られる利益より、逃げられた場合に発生する、その後のリスクを危惧したのだ。
会見から約三時間後、『クォルガルード』の司令官執務室にいるノヴァルナの眼前には、ヒルザードと彼の側近。そしてク・トゥーキ家のモーテスと、ネッツァートの姿がある。
「よく来てくれた。モーテス殿、ネッツァート殿」
機嫌良く席を立ったノヴァルナは、モーテスとネッツァートに歩み寄り、親しげに右手を差し出した。対してその手を握り返すモーテスもネッツァートも、揃って硬い笑顔を浮かべている。無理もない、ほんの三時間ほど前までは、討ち取ろうとしていた本人を、眼の前にしているのであるから。
「ノヴァルナ公こそ、ようこそク・トゥーキ星系へお越し下さいました」
挨拶を返す二人に、ノヴァルナはあっけらかんと「世話になり申す」と告げる。当然ながら、ノヴァルナも、ク・トゥーキ家の思惑には気付いていた。だがあえて知らぬ素振りをするのが、ノヴァルナ流である。
「マツァルナルガから聞きました。我等に味方して下さるそうで感謝致します」
するとモーテスは、ヒルザードとの会見の時とは百八十度違う事を告げた。
「我がク・トゥーキ家の恒星間打撃艦隊三個が、ノヴァルナ様をキヨウまで護衛致します。どうぞご安心ください」
「これは頼もしい。よろしくお願い申す」
満足げに頷いたノヴァルナはここで一転、不敵な笑みを浮かべ、モーテスとネッツァートに向けて直球を投げ込む。
「それではまず、我が艦隊に張り付いている御家の潜宙艦を、引き上げさせて頂きたく思います」
これを聞き、ギクリと肩を震わせるモーテスとネッツァート。ヒルザードがモーテスとネッツァートの前で、ノヴァルナに行った会見希望の通信の際は、潜宙艦の事は一言も発しなかった。つまりノヴァルナは、ク・トゥーキ家の潜宙艦の存在を予測しながらも、意図的に放置していたと考えられる。
「これは恐れ入りました…」
ネッツァートは観念したような笑みを浮かべて、ノヴァルナに頭を下げた。なるほどすべてがお見通しであり、勝利する自信と高い可能性があるなら、ヒルザードが寝返りの誘いを突っぱねるはずだ。頭を上げたネッツァートは、自分達が人質となる事で、ノヴァルナに安全を保障する。
「つきましてはわたくしとモーテスが、ノヴァルナ公にお許しを頂いたうえで、ヤヴァルト宙域までこの艦に同乗させて頂きたく思います」
▶#26につづく
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