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第16話:アネス・カンヴァーの戦い
#32
しおりを挟むザエルマン=ミットラムの名を聞いて、エイン・ドゥは苦虫を嚙み潰したような表情になった。彼はアーザイル家の中でも名の知れた、BSIパイロットだからである。
ザエルマンは、今回の“アネス・カンヴァーの戦い”の緒戦でウォーダ軍が包囲した、サクータ星系のヤクマック城々主であるクルセルド=ミットラムの父親で、サイバーリンク特性の低さから、BSHOにこそ乗れはしないものの、技量的にはその資格を充分に備えていると言われていた。
“マズいぞこれは。手加減できるような相手じゃない…”
ここは相手を振り切って、出直そうか…とも考えるエイン・ドゥ。しかしそれで時間を消費すると今の混戦状態が終息し、ノヴァルナの本陣に接近する事が困難になる可能性が高い。
するとこの戦いは避けられない事を示すように、相手からのロックオン警報。エイン・ドゥは反射的に機体を翻して急加速をかける。間一髪機体を掠める、ザエルマン機からの銃弾。その狙いは正確で、さらに二弾、三弾目が、回避中のエイン・ドゥの機体を追って来る。
「仕方あるまい!」
機体に急激な捻り込みをかけて、ザエルマンからの銃撃を引き剥がしたエイン・ドゥは、反撃に出た。超電磁ライフルを放ちながら、自分から距離を詰める。接近戦で仕留めるためだ。こちらの意図に気付いたザエルマンも、回避行動を取りながら、ポジトロンランスを手にする。
互いにクロスカウンター気味に放った銃弾を躱すと、エイン・ドゥはザエルマンが繰り出した鑓の穂先を、ポジトロンパイクで弾き飛ばして斬りかかった。だがザエルマンは弾かれた鑓をそのまま回転させ、柄でパイクの刃を跳ね上げると、石突きをエイン・ドゥの『シデン・カイXS』へ突き込んだ。
「むぅ!」
人型機体の腹部を直撃したポジトロンランスの石突きは、エイン・ドゥの居るコクピット上部に命中。全周囲モニターの天頂部画面が機能を停止した。
しかしエイン・ドゥは即座に機体を再加速。ポジトロンパイクを捨て、素早く腰部に装備したクァンタムブレードを握らせる。そして一閃。鞘から抜くや否や、刀身を大きく振り抜く。ところがザエルマンはすでに、機体を後方へ引いており、ブレードは右脇腹の外部装甲に、僅かに裂傷を負わせただけだった。
逆に間合いが開いた事で、ザエルマンはポジトロンランスを半回転させ、穂先で刺突を放って来る。これをブレードで弾いたエイン・ドゥは、機体を巻き込むように翻し、ザエルマンの『イカヅチRR』の内懐へ入り込んだ。下段から薙ぎ払うブレードの斬撃。しかしザエルマンは咄嗟に鞘から半分抜いた、Qブレードの刀身でこれを防ぐ。
「く…手強い!」
噂には聞いていたが、ザエルマンの強さは噂以上だ。互いにブレードを打ち合いながら、思考を巡らせる。
“これは…いっそのこと我の正体を明かし、ノヴァルナ殿の殺害に、手を貸してもらうべきか…”
これほどの腕前なら二人で不意を突けば、ノヴァルナを斃せる確率が増すのは、間違いないだろう。通信をウォーダ軍に傍受される危険性はあるが、ノヴァルナの『センクウ・カイFX』が居る本陣は、ここからそう遠くない位置にあり、『シデン・カイXS』に乗った敵が、紛れ込んでいる情報が広まるより先に、本陣に到達できる方に賭ける価値はある。
ただ問題はザエルマンを説得出来ても、アーザイル軍の『イカヅチRR』に乗る彼を、どうやって本陣まで連れて行くかであった。
“考えている時間は無い。下策だが降伏したアーザイルの機体を、母艦に連行しようとして迷った振りでいくか…”
そう決めたエイン・ドゥは、通信回線のメインスイッチに手を伸ばす。だがここでザエルマンの『イカヅチRR』が、激しく攻勢に出た。Qブレードによる無数の斬撃を、嵐の如く放って来る。スイッチを入れるため手を伸ばした、一瞬の隙をザエルマンが見逃さなかったのだ。
防戦一方になるエイン・ドゥ。打ち防ぐブレードの刀身が何度も、青白くスパークを繰り返す。その時である。斜め上方から超電磁ライフルの銃弾が、立て続けに飛来した。同時にエイン・ドゥのヘルメット内のスピーカーに声がする。
「そこの『シデン・カイ』、援護するぞ!」
天頂方向の全周囲モニターは、先ほど受けたダメージで映らないままだ。戦術状況ホログラムを見ると、こちらへ急接近して来る、『シデン・カイXS』の反応がある。その後方にさらに二機の量産型『シデン・カイ』が従っていた。良い腕のパイロットが乗っているらしく、一連射の五発目が回避行動に入ったばかりの、『イカヅチRR』の左腕から左大腿部を抉り取る。
味方の機体が現れた以上、ザエルマンに共闘話を持ち掛ける事は、出来なくなったと咄嗟に思い直したエイン・ドゥは、被弾でバランスを崩したザエルマンの機体に、右手に握らせたQブレードで斬りかかった。
“ミットラム殿。詫びは冥府で…許せ!”
バックパックまで深く裂かれたザエルマンの『イカヅチRR』は、破孔から閃光を発して爆発する。援護に現れた『シデン・カイXS』と二機の『シデン・カイ』は、エイン・ドゥの機体を取り囲んだ。ここで正体が知られては、ひとたまりもないだろう。
ところがエイン・ドゥにとって、この状況は全く安心できない事態を招いた。自分を囲むウォーダ軍の三機の内、親衛隊仕様機の『シデン・カイXS』のパイロットが、通信で思わぬ事を口にしたからだ。
「その機体…? イルニー殿じゃないか」
「!!」
確かにエイン・ドゥが操縦している『シデン・カイXS』の、本来の持ち主は、ウォーダ軍の戦死したパイロット、ビルドール=イルニーという人物だった。どうやら相手は、イルニーという人物を見知った者であるらしい。
これは困った事になった…と、エイン・ドゥが戸惑っていると、相手はさらに厄介な事を言う。
「俺だよ。四艦(第4艦隊)の、ゲルノルト=ティカナックだ」
「………!?」
これはエイン・ドゥにとって、まさかの相手であった。
ゲルノルト=ティカナックは、ウォーダ軍のトゥ・キーツ=キノッサの軍師デュバル・ハーヴェン=ティカナックの父、ジューゲン=ティカナックのクローン猶子であり、ハーヴェンにとって義理の弟の立場にある。
それはいいのだが、問題はエイン・ドゥ自身もゲルノルトと、見知った間柄にある事だ。ゲルノルトはかつて、義兄ハーヴェンが主君であったオルグターツ=イースキーに反抗し、イナヴァーザン城を占領した事件の後、アザン・グラン家に仕えていた時期があり、この時、友好関係にあったアーザイル家のエイン・ドゥと、交流があったのである。
その後、ハーヴェンがウォーダ家に仕えるようになると、ジョシュアの上洛戦の際に、ゲルノルトもウォーダ家へ鞍替えしたのだった。
生前のビルドール=イルニーが、どんな口の利き方をする人物なのかも知らず、なまじ見知った間柄で迂闊に言葉を交わすのはマズい、と無言で身構えるエイン・ドゥ。対照的にゲルノルトは、一方的に声を掛けて来る。
「“カノン・ガルザック撤退戦”で、行方不明になったと聞いていたが、無事だったのか?」
「………」
「どうした、イルニー殿。今の敵との交戦で、負傷でもしたか?」
流石にこのままでは、怪しまれていくだけだと考えたエイン・ドゥは、咄嗟の思い付きで、自分が乗っている『シデン・カイXS』に、身振り手振りを行わせた。さっきの戦闘でポジトロンランスの石突きを喰らい、大きく凹んだ機体腹部の辺りを指さして、聞き取り以外の通話ができない事をジェスチャーで伝える。
「ああ、なるほど。通信システムをやられたのか。わかった」
納得した口調のゲルノルトの返事に、エイン・ドゥはひとまず安堵した。
▶#33につづく
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