銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶

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第16話:アネス・カンヴァーの戦い

#34

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 ノヴァルナの本陣へ向かったゲルノルトと部下の女性パイロットは、五分ほど進んだところで、アネス・カンヴァー星雲の星間ガスの間に漂う、量産型『シデン・カイ』を発見する。イルニーの護衛に付けた部下のものだ。こちらに背中を向けた機体の動力は完全に停止しており、水面に浮かぶ捨てられた人形のように見える。

 ゲルノルト達が両脇から回り込むと、動きの止まった『シデン・カイ』の、コクピットがある腹部が深く切り裂かれている。切り口から見てやはり、左利きではなく右利きの機体の仕業であった。
 この状況にゲルノルトは、急いでNNLのネットワーク上にスキャンを走らせ、イルニーの機体の位置を探った。しかしどこにも反応は無い。機体のNNLをローカルモードにして、ネットワークから切り離した可能性が高い。もしそうであるなら、いよいよ怪しい。

 確信は持てないが、確信を得た時には手遅れの場合もある。

 ゲルノルトは周辺の味方に、敵兵が搭乗した『シデン・カイXS』が紛れ込み、主君ノヴァルナの命を狙っている恐れがある事を、全周波数帯通信で告げた。



 しかしすでにこの時、トゥケーズ=エイン・ドゥが搭乗する、ビルドール=イルニーの『シデン・カイXS』はノヴァルナの本陣近くにおり、宙を漂っている引き裂かれたウォーダ軍駆逐艦の残骸の中に潜んで、超電磁ライフルの銃口を後方右斜め上から、『センクウ・カイFX』のバックパックに向けている。

 ゲルノルトが全周波数帯通信で、ウォーダの機体に乗った敵兵が本陣に接近している事を報じたのは、逆にエイン・ドゥにとって有利に働いた。全周波数帯という事は、アーザイル側の各BSI部隊でも状況を把握できたという事である。

 これによりエイン・ドゥを援護するため、さらに多くのアーザイル軍のBSIユニットに加え、ASGULや宇宙攻撃艇までが、自主的に増援として駆けつけて来て、ノヴァルナ本陣への襲撃行動を激化させたのだ。敗北が確定的となったアーザイル軍にとって、ノヴァルナを討つ事だけが一打逆転となるため、必死になるのも道理であった。

 本陣を守備するウォーダ軍第6艦隊のBSIユニットが、右へ左へ、上へ下へ目まぐるしく飛び交い超電磁ライフルを放つ。指揮を執るカーナル・サンザー=フォレスタも『レイメイFS』で、群がる敵のBSIユニットを次々と撃破していた。
 また幾つかの戦闘はノヴァルナの近くでも発生し、直属親衛隊の『ホロウシュ』も敵機と交戦する事態となっており、『センクウ・カイFX』は両側に二機の『シデン・カイXS』を置くだけの、護衛状況となっている。
 
 エイン・ドゥは慎重に『センクウ・カイFX』へ照準する。相手にロックオン警報が出るため、照準センサーは使用できない。光学スコープによるマニュアル照準を使う。

 ノヴァルナの『センクウ・カイFX』は、近距離で戦闘が発生しても、微動だにしていなかった。両側に『シデン・カイXS』を一機ずつ、“最後の盾”として置き、威風堂々、前方を向いたままである。味方を鼓舞するため、戦場の只中にある主将の姿としては完璧だ。しかしだからこそ、隙も出来る。


1ミリのズレも許されん…慎重に―――


 狙撃距離は約2万キロ、宇宙空間の戦闘では遠くは無い距離だった。亜光速で飛ぶ銃弾なら、瞬きする間に届く。だがこれだけの距離では、僅かな角度の誤差が着弾点で、途方もなく大きくなるのだ。それを精密射撃用センサーではなく、光学スコープの拡大映像で行うのは、至難の業である。だがそれでもやらねばならぬ…とエイン・ドゥは、照準角度を微調整する。


思えばやはり、ノヴァルナ殿を殺しておくべきだった―――


 主君ナギ・マーサス=アーザイルと共に、トゥケーズ=エイン・ドゥがノヴァルナと出逢ったのは今から約十年前、皇国暦1555年の事であった。
 当時はまだ、ナグヤ=ウォーダ家の次期当主という身であったノヴァルナが、イル・ワークラン=ウォーダ家とロッガ家の間の、水棲ラペジラル人の奴隷売買を崩壊させた際、ノヴァルナの妹のイチ姫をナギが救ったのが、そのきっかけである。

 この時初めてノヴァルナを見て、言葉も交わしたのだが、純朴なナギはノヴァルナの強い個性に憧れを抱いた一方、エイン・ドゥはナギの気持ちに同意こそすれ、ノヴァルナの放つ強い光が生み出す影…闇の危険性をも感じ、あるいは殺すべきかという印象を持ったのだ。

 その後もウォーダ家とアーザイル家は良好な関係が続き、ナギとエイン・ドゥは皇都惑星キヨウで、イースキー家に連れ去られそうになったノア姫の救出に、手を貸したりもした。
 そして主君ナギはノヴァルナの妹イチ姫と結婚。両家の信頼関係は一見、揺るぎないものになったように見えた。だが―――

 照準の微調整を繰り返しながら、エイン・ドゥは歯を喰いしばった。


“なぜ、あんな事を…銀河布武などという言葉を宣言したのだ、ノヴァルナ殿!”


 あの宣言以来、アーザイル家は完全に二分してしまった。ノヴァルナの義弟ナギと、以前からノヴァルナの過ぎたる先進性に、批判的であったナギの父クェルマスの派閥に…である。
 
 保守的な父クェルマスと、先進性を好む嫡男ナギで、元々アーザイル家は派閥が分かれていたところがあった。
 若手家臣を中心に支持を集めていたナギが当主の座に就くと、アーザイル家は積極的にウォーダ家との関係を深め、現星帥皇ジョシュアの上洛戦や、その後の周辺鎮圧戦では、ナギ自らが艦隊を率いてノヴァルナの上洛軍に参加した。

 だがその後すぐにノヴァルナが“銀河布武”を宣言すると、アーザイル家は次第におかしくなり始める。

 言葉の真意を理解しているナギと彼の支持派は、変わらずウォーダ家の味方であり、昨年初頭に発生した、“ミョルジ三人衆”による皇都奇襲事件では、ナギはいち早く救援艦隊を出動させ、多大な貢献を果たした。
 しかし実はその間にも、アーザイル家内での不満の声は、大きくなっていたのである。それはアーザイル家がウォーダ家に対して、従属的に感じられ始めた事による。このままでは自分達は、ノヴァルナの言う“銀河布武”の尖兵として、磨り潰されていくのではないか…との、不安を抱いたのだ。

 これは過去のアーザイル家が、同じオウ・ルミル宙域を支配圏とするロッガ家に対し、長い間、従属的立場に置かれていた事に対する、反発心が影響していた。アザン・グラン家の支援もあって、ノーザ恒星群に勢力基盤を築き、ようやく星大名としての家格を得たというのに、今度はウォーダ家に従属するのかという思いだ。

 そういった反発心を抱いた者が、兼ねてからノヴァルナに批判的であったクェルマスのもとに集まるのは、これも自然な流れと言える。
 そしてここに加わって来たのが、隣国エテューゼ宙域の星大名アザン・グラン家だった。クェルマス同様に保守的な人間であった、アザン・グラン家当ウィンゲートは、ノヴァルナの“銀河布武”宣言に密かに激しく怒り、ノヴァルナの討伐を決意。クェルマスにノヴァルナを挟撃する罠を持ち掛けたのである。

 無念であったのは、ナギがこのクェルマスとウィンゲートの企てを、全く知らなかった事だ。ナギが主要な支持派の家臣を連れ、ノヴァルナの遠征に従っていた期間が長く、家中の動きを把握し切れていなかったため、父から策謀を聞かされた時にはすでに、すべてが手遅れだった。
 事ここに至り最早ナギにできるのは、ウォーダ家から嫁いで来た妻と三人の娘を守り、家中の分裂を防ぐため、父クェルマスと共にアザン・グラン家に協力する事だけだったのである。

“許されよ。ノヴァルナ殿…イチ姫様…”

 ここだ!…と思い、超電磁ライフルのトリガーにかけた指に、圧力を加えるエイン・ドゥ。



▶#35につづく
 
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