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第17話:銀河に脈打つ謎
#11
しおりを挟む「TYPE/RI-Q:1000、ナンバリングP1-0号。参上致しました」
ドアを開けて入って来た、馴染みのあるアンドロイドの姿に、ノアは「お久しぶりです、P1-0号」と声を掛ける。対するP1-0号は、エメラルドグリーンのセンサーアイを明滅させ、ホテルの部屋に居並ぶメンバーを見渡した。落ち着いた口調でそつなく挨拶の言葉を言いながら、頭を下げる。
「ノア姫様も皆様も、お久しぶりにございます。これはまた華やかな女性方ばかりにて、どちら様もご機嫌麗しゅう」
ノアが呼び出したいと言った人物は、アンドロイドのP1-0号であった。二年前の、ザーカ・イー星系をウォーダ家直轄領とするための前交渉で、これを命じられたトゥ・キーツ=キノッサに協力し、交渉を成功させたのち、そのままウォーダ家の外交官として、ザーカ・イー星系に留まっていたのである。これにはウォーダ家の代官の地位を得た、ソークン=イーマイアの希望もあったらしい。
「貴方に“お元気そうですね”と言うのも、変ですね」
ノアの言葉にP1-0号は、いつもの最適解を割り出して応じる。
「はい。私の機能の稼働可能率は九十六パーセント。百年前に造られたアンドロイドとしては、充分元気にございます」
「“イッツ、アンドロイドジョーク”…というわけですね」
完璧な“返し”をするノアに、P1-0号は「これは素晴らしい」と感嘆の声を上げた。“最適解”だったという事だろう。その反応に仕方にノアは、P1-0号の人間臭さを今更ながら感じ取る。
ノアに促され、向かい側のソファーに腰を下ろしたP1-0号は、穏やかな響きの電子音声で問い掛けた。
「ノヴァルナ様は、ご息災であられましょうか?」
「ええ。毎日忙しくするぐらいには、元気にしています」
「それは何よりでございます。ついでに…キノッサ殿もお元気で?」
「やっぱり貴方も、自分の友人は気になりますか?」
P1-0号にとってトゥ・キーツ=キノッサは、ウォーダ家に仕える前からの付き合いがあり、身内のような存在である。気にしていても不思議ではない。ところがP1-0号は、ここでおかしな理屈を持ち出して来る。
「いえ。ノヴァルナ様のあとに、キノッサ殿の現状を窺うのが、ウォーダ家における私の立ち位置を考えた場合の、最適解であるからに過ぎません」
これを聞いてノアは吹き出しそうになった。“やだ、ツンデレアンドロイドかしら…”と思いながら、笑顔で応じる。
「なるほど。キノッサも元気にしてますよ」
その後もノアは、P1-0号の今の状況を少しだけ聞いた。ウォーダ家の外交官として働く一方、その特異な存在感が、ザーカ・イー星系の行政を仕切る財界トップから好まれ、近頃ではP1-0号が趣味としている、大昔のキヨウの一部地方で盛んであった茶の作法、“サード”の復古活動が財界に広がっているという。
「…貴方がやりがいを見つけられた事を、嬉しく思います。きっと我が夫も、これを知れば喜ぶに違いありません」
ノアがそう言うとP1-0号は、「ノヴァルナ様やノア様のご厚情、感謝の極みにございます」と、頭を下げて礼を言う。やはりその口調には、上辺だけの言葉ではない“何か”が、ノアには感じられた。ただし今は、P1-0号の感情機能云々を、推察する時ではない。本題に入る事を告げ、メモリープレートに記録された三つのデータを、再度再生してP1-0号に視聴させる。
再生データに対するP1-0号の態度に限っては、アンドロイドそのものであった。高速度再生されたホログラムスクリーン画面を、激しく明滅するライトグリーンのセンサーアイで読み取り、体は全く身動きさせないまま、ものの十分もかからないうちに終了する。
「………」
視聴を終えたP1-0号はそのまましばらく、センサーアイを明滅し続けた。そしてやがて、「ふうむ…」と呟きながら頭を上げる。
「これは…なるほど。これは非常に、興味深い情報ですね―――」
そこからさらに、P1-0号は続ける。
「ここに記されているのは私と同様、銀河皇国が百年前に封印した、科学プロジェクトの一つに間違いないでしょう」
「貴方と同じ?」とノア。
アンドロイドのP1-0号は今から約百年前に、銀河皇国科学省の感情機能保有アンドロイド実証機として開発されたものの、“オーニン・ノーラ戦役”の激化等の理由により、中止・封印された研究中の案件の一つであった。そして当時、同様に封印された研究事案が幾つかあり、“双極宇宙論”や“超空間ネゲントロピーコイル”なども、その一つだという。
「それが知れただけでも、貴方を呼んだのは幸いでした」
ここまで超空間ネゲントロピーコイルや、熱力学的非エントロピーフィールドの研究を独自に続けているノアだが、その中で一番苦労していたのが、集められる情報の少なさだった。一般的なNNLシステムのアーカイブだけでなく、銀河皇国の様々な研究機関や大学の、学術専用アーカイブにもアクセスしたのだが、どれも概要的で漠然とした情報しか得られなかったのだ。封印されていたのであれば、なるほどと頷ける。
「…それにしても、UT‐6592786星系ですか」
恒星系の名を呟くP1-0号の声には、電子音声でありながら戸惑いの調子が、感じ取られた。その恒星系の第四惑星惑星には、“超空間ネゲントロピーコイルによる多元宇宙への干渉”という、ノアにとっては非常に気懸りな理論を有する、古代文明が存在していた。
「ええ。状況によってはその星系の第四惑星に、調査隊を送りたいところなのですが、タ・クェルダ家の支配する宙域ですので…」
問題のUT‐6592786星系は、タ・クェルダ家が支配するシナノーラン宙域内にある。現在のウォーダ家は、タ・クェルダ家とは同盟関係を組んでいた。しかしながらこれはタ・クェルダ家がトクルガル家と、衰退したイマーガラ家の領地を争う事なく切り取り合うための、一時的な関係だと考えた方がいい。
そしてノアも当然ながら、タ・クェルダ家が内心ではノヴァルナの“銀河布武”に、否定的である事を知っている。そうであるならタ・クェルダ家に許可を得たとしても、迂闊に調査隊を派遣するのは、控えたいところだ。
だがP1-0号が伝えたかった事は、そうではなかった。
「それもありますが、UT‐6592786星系そのものに、問題があります」
「星系そのもの?…そういえば、この星系の“UT”から、貴方の事を思い出したのですが、以前から何か関連があったのでしょうか?」
ノアの言葉にP1-0号は、「なるほど。それで私の事を、思い出して頂いたのですね」と理解し、恒星系についての事情を述べる。
「UT‐6592786星系は、私が“スノン・マーダーの一夜城作戦”に参加した際に遭遇した、昆虫型機械生命体が第四惑星に棲息していた恒星系です」
「!!」
「姫様が“UT”の符牒を覚えておられたのは、私が作戦終了後に司令部に提出した、レポートを読んで頂いた時の、記憶の断片でしょう」
それはウォーダ家による三年前のミノネリラ宙域進攻で、戦略的要衝の『ナグァルラワン暗黒星団域』内にある“スノン・マーダーの空隙”に、前進基地の宇宙城を建設する際の話である。
司令官に大抜擢されたトゥ・キーツ=キノッサが考案した、すでに建設されている宇宙基地を、空隙にまで移動させる作戦を実施した時、宇宙基地内で増殖していた、異星文明の昆虫型機械生命体が大きな障害となった。この生命体が発生していたのが、件のUT‐6592786星系第四惑星だったのだ。
▶#12につづく
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