偽りの断罪、真実の愛~追放悪役令嬢は隣国の冷徹公爵(実は一途な狼)に娶られ、甘く蕩けるほど愛される~

放浪人

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第2話:辺境の町での苦難と小さな出会い

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粗末な幌馬車に揺られること、幾日だったろうか。
降り続いた雨はいつしか止んでいたけれど、私の心は未だ晴れぬまま、重く沈んでいた。
王都を出てから五日目の夕刻、ようやく私は目的地の町、リューゲンへと辿り着いた。

そこは、隣国オルデンブルクとの国境に位置する、寂れた関所町。
石畳の道はところどころ剥がれ、建ち並ぶ家々は古びて煤けており、活気というものがあまり感じられない。
道行く人々の服装も質素で、その表情はどこか険しく、よそ者である私に向ける視線は冷ややかだった。

(ここが…私がこれから生きていく場所なのね…)

胸に去来するのは、不安と、ほんの少しの諦観。
けれど、感傷に浸っている暇はない。
まずは今夜の宿を見つけ、そして、明日からの糧を得るための仕事を探さなければ。

父が持たせてくれた革袋の中の金貨は、決して多くはない。
いつまでもつか分からない心細さを抱えながら、私は町で一番安上がりだという小さな宿屋に部屋を取った。
部屋は狭く、薄暗く、お世辞にも清潔とは言えなかったけれど、雨風を凌げるだけましだと思わなければ。

翌日から、私の仕事探しが始まった。
しかし、現実は想像以上に厳しかった。

「女一人にできる仕事だと? ふん、料理や洗濯くらいならあるかもしれんが、お嬢ちゃんのような綺麗な手をした子に務まるかね?」
肉屋の主人に、鼻で笑われる。

「うちは力仕事だからなあ。男でも音を上げるくらいだ。あんたには無理だろう」
材木置き場の親方には、けんもほろろに断られる。

どこへ行っても、門前払いされるか、あるいは好奇の目で見られるか。
私の言葉遣いや、無意識に出てしまう貴族育ちの所作が、どうやらこの町では浮いてしまうらしい。
「エレオノーラ」とだけ名乗ってはいるものの、どこか訳ありの女だと思われているのかもしれない。

数日が過ぎ、手持ちの金は少しずつ減っていく。
焦りと不安が、じわじわと心を蝕んでいくのを感じた。

そんなある日の夕暮れ時。
少しでも食費を切り詰めるため、安いパンを一つだけ買い、宿屋へ戻ろうと薄暗い裏路地を歩いていた時だった。

「よう、お嬢ちゃん。一人かい? 俺たちと一杯どうだ?」

壁にもたれて酒を飲んでいた、二人組の薄汚れた男たちに声をかけられた。
その目は濁り、下卑た笑みが浮かんでいる。

「…ご遠慮させていただきますわ」

私は足早に通り過ぎようとした。
しかし、男の一人が私の腕を乱暴に掴んだ。

「つれないこと言うなよ。見たところ、金に困ってるんだろう? いい稼ぎ口を紹介してやるぜ?」
酒と汗の臭いが、ぷんと鼻をつく。

「離してください!」
私は必死に抵抗する。
恐怖で心臓が早鐘を打ち、背筋に冷たい汗が流れた。

これが、追放された者の現実。
これが、力のない女の末路。
かつての私なら、こんな狼藉、決して許さなかっただろう。
けれど、今の私には、何の力もない。

(誰か…!)

心の中で叫んだ、その時だった。

「おい、お前たち。そのお嬢さんから手を離しな」

低く、しかしよく通る声が響いた。
見ると、路地の入り口に、恰幅のいい中年の女性が腕を組んで立っていた。
年の頃は五十代くらいだろうか。目つきは鋭いが、どこか面倒見の良さそうな雰囲気を漂わせている。

男たちは、一瞬怯んだように私から手を離した。

「なんだよ、マーサのばあさん。こいつはあんたの知り合いかい?」
「知り合いだろうがなかろうが、女の子に無理強いするんじゃないよ。さっさと行った行った!」

マーサと呼ばれた女性は、まるで大きな犬でも追い払うかのように、手を振る。
男たちは、舌打ちしながらも、すごすごとその場を立ち去っていった。

「…あ、ありがとうございます。助けていただいて…」
私は、まだ震える声で礼を言った。

「ふん。あんなチンピラ、この町には掃いて捨てるほどいるからね。気をつけなよ、お嬢さん」
マーサさんは、ぶっきらぼうにそう言うと、私をじろじろと品定めするように見た。

「あんた、見かけない顔だね。どこから来たんだい?」
「…えっと、少し遠いところから、仕事を探しに…」
「仕事ねえ。こんな寂れた町で、女一人で仕事を探すのは大変だろうよ」

彼女の言葉は率直だったが、そこには先ほどの男たちのような下卑た響きはなかった。

「もしよかったら、うちの店、見ていかないかい? ちょうど人手が足りなくてね」
「お店…ですか?」
「ああ、薬師さ。まあ、しがない田舎の薬屋だけどね」

マーサさんはそう言って、路地の角を曲がった先にある、小さな店を指差した。
古びてはいたが、きちんと手入れされていることが分かる、こぢんまりとした店構えだった。
看板には「マーサの薬草店」と書かれている。

薬師…!
私は、わずかな希望の光を見た気がした。
かつて、王宮の侍女から薬草の知識を少しだけ教わったことがある。
もしかしたら、それが役に立つかもしれない。

「ぜひ、お願いします!」
私は、思わず大きな声で答えていた。

マーサさんは、少し驚いたような顔をしたが、すぐにいつものぶっきらぼうな表情に戻った。
「まあ、ついてきな」

店の中は、様々な薬草の独特な香りで満ちていた。
壁一面の棚には、乾燥させた薬草や、調合された薬が入った小瓶が整然と並べられている。
決して広くはないが、清潔で、落ち着いた空間だった。

「見ての通り、小さな店さ。お客もそんなに多くはないけどね。それでも、この町の人たちにとっては、なくてはならない店だと思ってやってるよ」

マーサさんは、少しだけ誇らしげに言った。

「それで、あんたは何かできるのかい? 薬草の知識はあるのかね?」
「はい、少しだけですが…以前、薬草の種類や効能について学んだことがあります。簡単な調合なら…」
「ほう。そりゃあ、ちょうどいい」

マーサさんは、棚から数種類の乾燥した薬草を取り出し、私に見せた。

「これはカモミール、鎮静作用がある。こっちはペパーミント、消化を助ける。じゃあ、これは何だか分かるかい?」
彼女が指差したのは、小さな白い花をつけた薬草だった。

「それは…エルダーフラワーですね。発汗作用や利尿作用があって、風邪のひきはじめやデトックスに良いと聞いています」
「へえ、よく知ってるじゃないか。口先だけじゃなさそうだね」

マーサさんの目つきが、少しだけ和らいだように見えた。

「よし、試しに数日間、ここで働いてみな。日当はほんの僅かしか出せないけど、三食昼寝付き、ってわけにはいかないけど、食事くらいは面倒見てやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、仕事ができなきゃすぐにクビだからね。覚悟しときな」

相変わらず口調はぶっきらぼうだったけれど、その言葉の端々に、どこか温かさを感じた。
私は、深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、マーサさん! 精一杯、頑張ります!」

こうして、私はマーサさんの薬草店で働くことになった。
仕事は、薬草の仕分けや乾燥、調合の手伝い、店の掃除、そして時には薬の配達も。
貴族令嬢だった頃には考えられないような雑用ばかりだったけれど、私にとってはどれも新鮮で、そして何よりも、自分の力で生きているという実感を与えてくれた。

初めのうちは、慣れない仕事に戸惑うことも多かった。
薬草の名前を間違えたり、調合の分量を間違えそうになったり。
そのたびに、マーサさんからは厳しい叱責が飛んだ。

「エレオノーラ! あんた、またカレンデュラとアルニカを間違えたのかい! 見た目は似てるけど、効能が全然違うんだよ! 患者さんの命に関わることなんだから、もっとしっかりおやり!」
「も、申し訳ありません…!」

それでも、私は決して諦めなかった。
マーサさんの教えを一つ一つ真剣に受け止め、必死に知識と技術を吸収しようと努めた。
夜、宿屋に戻ってからも、昼間教わったことを復習し、薬草の本を借りて読みふけった。

そんな私の努力を、マーサさんは黙って見ていてくれた。
ぶっきらぼうな態度は変わらなかったけれど、時折、彼女の口から褒め言葉が漏れることもあった。

「エレオノーラ、あんた、なかなか筋がいいじゃないか。飲み込みも早いし、何より真面目だ。見た目によらず、根性もあるしね」
「ありがとうございます、マーサさん…!」

初めてマーサさんに褒められた時、私は嬉しくて涙が出そうになった。
この町で、ようやく自分の居場所を見つけられたのかもしれない。
ほんの少しだけれど、未来に希望の光が差してきたような気がした。

薬師の仕事は、思った以上に奥が深く、やりがいのあるものだった。
自分の知識や技術が、誰かの役に立つ。
それは、私にとって大きな喜びだった。

(この町でなら、生きていけるかもしれない…)

そんなささやかな希望を胸に抱き始めた、ある日のこと。
マーサさんから、少し離れた村まで薬を届けるように頼まれた。
いつもより少し遠出になるけれど、一人で行ってこい、と。

「大丈夫かい? 心配なら、わしが…」
「いえ、大丈夫です、マーサさん! もう何度も配達は経験していますから!」

私は、笑顔でそう答えた。
マーサさんからの信頼が、嬉しかったのだ。
そして、この小さな成功体験が、私にほんの少しの自信を与えてくれていた。

しかし、この時の私はまだ知らなかった。
この何気ないお使いが、私の運命を再び大きく揺り動かすことになるなどとは、夢にも思っていなかったのだ。
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