偽りの断罪、真実の愛~追放悪役令嬢は隣国の冷徹公爵(実は一途な狼)に娶られ、甘く蕩けるほど愛される~

放浪人

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第4話:冷徹公爵の温情と意外な提案

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アレクシス公爵の後を追い、森を抜けると、小高い丘の上に壮麗な館が現れた。
月光に照らし出されたその館は、過度な装飾こそないものの、質実剛健さの中に気品が漂い、一目でただならぬ人物の居館であることが窺える。
シュヴァルツェンベルク公爵の別邸だというそこは、私の実家であるヴァイスハルト侯爵邸にも劣らぬ立派な構えだった。

館の玄関では、私たちが到着するのを予期していたかのように、数人の使用人たちが出迎えた。
彼らはアレクシス公爵の姿を認めると、深々と頭を下げ、その動きには一分の隙もない。
突然現れた、泥だらけで見ず知らずの私に対しても、彼らは驚きや不審の色を見せることなく、ただ恭しく控えている。
さすがは名門公爵家の使用人といったところだろうか。

「客間に案内しろ。それから、湯と食事の用意を。できるだけ早く」

アレクシス公爵の指示は短く、しかし的確で、淀みない。
使用人たちは「はっ」と短く応じると、すぐさま行動を開始した。
私は、まるで夢でも見ているかのような心地で、その様子をただ見つめていた。

通された客間は、私の実家のどの部屋よりも広く、そして豪華だったかもしれない。
部屋の中央には大きな暖炉があり、既に火が入れられていて、パチパチと心地よい音を立てて燃えている。
そのおかげで、冷え切っていた身体がじんわりと温まっていくのを感じた。
高価そうな調度品、肌触りの良い絨毯。
数時間前まで森で狼に怯えていたのが、まるで嘘のようだ。

しばらくすると、年配の侍女がやってきて、丁寧に湯の用意ができたことを告げた。
案内された浴室は、大理石で作られた湯船があり、豊かな湯気が立ち上っている。
私は、どれくらいぶりだろうか、こんなに温かく清潔な湯に浸かるのは。
泥と汗にまみれた身体を洗い清め、湯船に身を沈めると、全身の力が抜け、心の底から安堵のため息が漏れた。
生き返る心地とは、まさにこのことだ。

湯上りには、簡素ではあったが、上質で清潔な寝間着が用意されていた。
そして、客間に戻ると、テーブルの上には温かいスープと焼きたてのパン、新鮮なチーズといった食事が並べられている。
空腹だった私は、周囲を気にすることも忘れ、夢中でそれらを口にした。
一口食べるごとに、身体に力がみなぎってくるのを感じる。

食事が終わる頃、控えめなノックの音と共に、アレクシス公爵が部屋を訪れた。
彼は、先ほどまでの旅装から、ゆったりとした室内着に着替えている。
それでもなお、その威厳と存在感は少しも損なわれていない。

「身体は温まったか。食事は口に合ったか」
彼の声は、相変わらず低く落ち着いている。

「はい。おかげさまで、生き返った心地です。何から何まで、本当に…言葉もないほど感謝しております」
私は、心からの感謝を込めて頭を下げた。

「礼は不要だ。それよりも、聞かせてもらおうか」

アレクシス公爵は、部屋の中央に置かれたソファに腰を下ろし、私にも座るよう目で促した。
私も、おそるおそる彼と向かい合う位置にある椅子に腰掛ける。
暖炉の火が、彼の蒼い瞳を揺らめかせ、どこかミステリアスな雰囲気を醸し出していた。

「お前は、何者だ? ただの村娘や町娘には到底見えんが」

彼の蒼い瞳が、再び私を射抜くように見つめる。
その視線は、まるで私の嘘や誤魔化しを一切許さないと言っているかのようだ。
私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
ここで下手に嘘をついても、いずれ暴かれるだけだろう。
それならば、正直に話すしかない。

「…私は、エレオノーラ・フォン・ヴァイスハルトと申します」

私は、意を決して口を開いた。

「以前は、隣国のアーレンスマルク王国で…ヴァイスハルト侯爵家の長女として…」
「ヴァイスハルト侯爵令嬢。そして、エドワード王太子の元婚約者、か」

アレクシス公爵は、私の言葉を遮るように、静かにそう言った。
その声には、驚きや嘲り、あるいは同情といった感情の色は一切なかった。
まるで、最初から全てを知っていたかのように、あまりにも自然な口調だった。

「…ご存知、でしたか」
私の声が、わずかに震える。

「噂は耳にしている。アーレンスマルクの王太子が、婚約者を断罪し、国外へ追放したと。その令嬢は、悪逆非道の限りを尽くしたとか…」

その言葉に、胸の奥がチクリと痛んだ。
やはり、世間の認識はそうなのだ。私は「悪役令嬢」として、人々の記憶に刻まれている。

「…噂通りの、悪辣な女だと、お思いですか?」

私は、知らず知らずのうちに、少し挑戦的な目で彼を見上げていた。
これ以上、不当な評価を受けるのはごめんだという、小さな反抗心だったのかもしれない。

アレクシス公爵は、私のその視線を真っ直ぐに受け止め、そして、ふっと唇の端をかすかに緩めた。
それは、冷笑とは違う、どこか興味深そうな、あるいは何かを試すような笑みだった。

「さあな。少なくとも、先ほど森で狼に怯え、助けを求める姿は、噂に聞く悪逆非道な令嬢には見えなかったが」
「…!」
彼の言葉に、私は息を呑んだ。

「それに…」
彼はそこで一度言葉を区切り、私の目をじっと見つめた。
その深い蒼色の瞳に吸い込まれそうになる。

「以前、アーレンスマルクの宮廷を訪れた際に、遠目ではあるがお前を見かけたことがある」
「え…?」

思いもよらない言葉に、私は間の抜けた声を上げてしまった。
彼が、私を? いつ?

「あれは確か、数年前の国王陛下の誕生祭の夜会だったか。多くの着飾った令嬢たちの中でも、お前の姿はひときわ目を引いた」
アレクシス公爵は、遠い昔を懐かしむような、それでいて確かな記憶を辿るように語り始めた。

「周囲の喧騒や華やかさとは一線を画し、どこか物憂げな表情を浮かべながらも、その立ち居振る舞いは気高く、そして何よりも、その瞳には強い意志と聡明さが宿っているように見受けられた。噂に聞くような、我儘で傲慢な令嬢とは、到底思えなかったな」

「……」
私は、言葉を失っていた。
まさか、彼がそんな風に私のことを見ていてくれたなんて。
そして、覚えていてくれたなんて。
あの頃の私は、エドワード殿下との婚約に疲れ果て、王宮の偽善的な空気に辟易していた。
そんな私の内面を、彼は見抜いていたというのだろうか。

「今宵はもう遅い。ゆっくり休むといい。詳しい話は、また明日改めて聞こう」
アレクシス公爵はそう言うと、静かに立ち上がり、部屋を出て行こうとした。

「あ、あの、公爵様!」
私は、思わず彼を呼び止めていた。

「なぜ…なぜ、私にこれほどまでご親切にしてくださるのですか? 見ず知らずの、しかも悪評の立つ私に…」
これが、一番聞きたかったことだった。

アレクシス公爵は、ドアの前で立ち止まり、ゆっくりとこちらに振り返った。
その表情は、相変わらず読み取ることが難しい。

「…さあな。気まぐれ、かもしれん」
そう短く答えると、彼は今度こそ部屋を出て行った。

一人残された私は、彼の最後の言葉を反芻していた。
気まぐれ…? 本当に、それだけなのだろうか。
彼のあの深い蒼い瞳の奥には、もっと別の何かがあるような気がしてならなかった。

◇◇◇

翌朝、私はアレクシス公爵の書斎に呼ばれた。
そこは、壁一面が本棚で埋め尽くされた、知的な空間だった。
彼は、窓辺の大きな執務机に向かい、既に何かの書類に目を通している。

「昨夜はよく眠れたか」
私に気づくと、彼は顔を上げ、静かに問いかけた。

「はい。おかげさまで、ぐっすりと」
実際、久しぶりに安心して眠ることができた。

「では、改めて聞こう。お前の身に何があったのか。差し支えなければ、話してほしい」
彼の言葉は、命令ではなく、あくまでも私の意志を尊重するような響きを持っていた。

私は、深呼吸を一つして、これまでの経緯を正直に、そして詳細に語り始めた。
エドワード王子との長年の婚約。
リリアナ・ブルームという男爵令嬢の出現。
彼女によって巧妙に仕組まれた数々の罠。
そして、夜会での突然の婚約破棄と、謂れのない罪を着せられての国外追放。
話しているうちに、あの時の悔しさや悲しみが蘇り、思わず声が震え、涙が頬を伝った。

「…お恥ずかしいところを、お見せいたしました」
ハンカチで涙を拭いながら、私は俯いた。

「いや」
アレクシス公爵は、静かに私の話を聞き終えると、短くそう言った。
彼の表情は相変わらず読めなかったが、その瞳の奥には、どこか同情のような、あるいはそれ以上の何か複雑な色が浮かんでいるように見えた。

「お前の話が真実だとすれば、アーレンスマルクの王太子は、とんだ愚か者だな。そして、お前は随分と酷い仕打ちを受けたものだ」
「…信じて、くださるのですか? 私の話を…」
「少なくとも、お前が嘘を言っているようには見えん。それに、昨夜も言った通り、私がお前に対して抱いた第一印象は、噂とはかけ離れたものだったからな」

彼の言葉は、乾いた私の心に、温かい雫のように染み込んでいく。
この人は、私のことを信じてくれている。
ただそれだけで、どれほど救われた気持ちになったことか。

「エレオノーラ・フォン・ヴァイスハルト」
アレクシス公爵が、改めて私の名を呼んだ。
その声には、どこか厳粛な響きが伴っている。

「もしお前が望むのであれば、私の庇護下に置いてもいい。ここ、シュヴァルツェンベルク領には、お前を不当に貶める者も、過去のことでお前を裁こうとする者もいない。お前が安心して暮らせる場所を提供しよう」

「…公爵様…」
それは、あまりにも思いがけない、そして今の私にとっては、これ以上ないほど魅力的な申し出だった。

「ただし、一つ条件がある」
彼の蒼い瞳が、真剣な光を宿して、私を真っ直ぐに見つめた。

「私のそばにいろ、エレオノーラ。そして、お前のその類稀なる知識と聡明さを、私のために役立ててほしいのだ」
「…わ、私を…あなたの、おそばに…?」

「そうだ。私は、お前をただの客として遇するつもりはない。お前には、私の個人的な補佐役として、働いてもらいたいと考えている」
「補佐役…ですか?」

「ああ。私の身の回りの世話から、領地の政務に関する助言、他国との折衝に関わる文書の作成まで、幅広く頼むことになるだろう。もちろん、相応の報酬も用意する。…どうだ、引き受けてはくれまいか?」

それは、あまりにも突飛な提案だった。
しかし、彼の言葉には、不思議な説得力があった。
そして何よりも、彼は私を「悪役令嬢」としてではなく、「エレオノーラ・フォン・ヴァイスハルト」という一人の人間として、その能力を必要としてくれている。
その事実が、私の心を強く揺さぶった。

父は言った。「お前らしく、強く、気高く生きろ」と。
ここで彼の申し出を受けることが、その言葉に応えることになるのではないだろうか。
私にはまだ、できることがある。私だからこそ、できることが。

「…私で、本当によろしいのでしょうか。追放され、汚名にまみれたこの私に、そのような大役が務まるでしょうか…」
不安が、完全に消えたわけではなかった。

「お前ならできる。私は、そう見込んでいる」
アレクシス公爵の言葉には、揺るぎない確信が込められていた。
その自信に満ちた眼差しに見つめられると、私の中にも勇気が湧いてくるのを感じる。

「…分かりました。アレクシス様」

私は、ゆっくりと顔を上げ、彼の目を見つめ返した。

「このエレオノーラ・フォン・ヴァイスハルト、もし貴方様がそれでもよろしいと仰ってくださるのでしたら、微力ながら、貴方様のお力になれるよう、誠心誠意努めさせていただきます」

私がそう答えると、アレクシス公爵の唇に、満足そうな、そしてほんの少しだけ優しい笑みが浮かんだ。
それは、私が彼に対して初めて見る、柔らかな表情だったかもしれない。

「契約成立だな。では、エレオノーラ。今日からお前は、私の客ではない。私の…そうだな、唯一無二の補佐だ」
「はい、アレクシス様!」

こうして、私の新しい生活が、このシュヴァルツェンベルクの地で、アレクシス公爵の補佐として始まることになった。
それは、想像もしていなかった未来。
けれど、失われたはずの私の人生に、再び確かな光が差し込んできた瞬間だった。
この冷徹と噂される公爵のそばで、私は何を見つけ、何を知ることになるのだろうか。
期待と、ほんの少しの不安を胸に、私は新たな一歩を踏み出した。
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