偽りの断罪、真実の愛~追放悪役令嬢は隣国の冷徹公爵(実は一途な狼)に娶られ、甘く蕩けるほど愛される~

放浪人

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第5話:公爵補佐の日々と芽生える信頼

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アレクシス様の補佐としての日々が始まって、数週間が過ぎた。
初めのうちは、あまりにも広大なシュヴァルツェンベルク領の政務の複雑さや、公爵としての彼の仕事の多さに圧倒されるばかりだった。
彼の執務室の隣に私専用の小さな机が用意され、私はそこで日々、膨大な量の書類と格闘することになった。

「エレオノーラ、この南部地区からの陳情書に目を通し、問題点を整理しておけ。それから、過去の類似案件の記録もだ」
「はい、アレクシス様」

「先日話した、隣国との新たな交易協定に関する草案だ。お前の忌憚のない意見を聞きたい」
「拝見いたします」

アレクシス様は、私を単なる飾りとして置いているわけではないことを、その仕事の任せ方で示してくれた。
領地からの報告書の山、他国との外交文書、法律に関する分厚い書物。
それらを読み解き、分析し、時には私自身の見解を求められる。
それは、かつて王宮で、ただ美しいだけの「お飾り」として存在していた頃には考えられないほどの、知的な刺激と緊張感に満ちた毎日だった。

もちろん、最初から全てが順調だったわけではない。
シュヴァルツェンベルク領独自の慣習や法律に戸惑うこともあったし、私の知識が及ばない分野も多々あった。
それでも、私は必死に食らいついた。
夜、自室に戻ってからも、アレクシス様から借り受けた書物を読み漁り、少しでも彼の力になれるよう努力を重ねた。

幸い、幼い頃からヴァイスハルト侯爵家の令嬢として受けてきた帝王学や、様々な分野の学問が、ここで役立った。
特に、父が熱心に教えてくれた法律や経済に関する知識は、アレクシス様の仕事の助けになったようだ。

「エレオノーラ、お前がまとめたこの治水計画に関する報告書、非常に分かりやすい。特に、過去の失敗事例からの教訓と、それに対する具体的な改善案は、即座に実行に移せるレベルだ」
ある日、アレクシス様が私の作成した書類を手に、珍しく感心したような声を上げた。

「も、もったいないお言葉です、アレクシス様…」
「いや、事実だ。お前の着眼点は鋭い。ヴァイスハルト侯爵は、良い教育をお前に施したのだな」

彼の言葉に、胸が熱くなる。
父の名を褒められたことも、そして何よりも、私自身の能力を正当に評価してもらえたことが、素直に嬉しかった。

また、薬草に関する知識も、思わぬ形で役立つことがあった。
領内には、貧しい地域や、医療が十分に行き届いていない村も存在する。
私は、マーサさんの店で得た知識を元に、安価で手に入りやすい薬草を利用した予防医療や、簡単な治療法の普及をアレクシス様に提案した。

「…なるほど。薬草を利用した医療か。確かに、全ての村に高価な薬や医師を配置するのは難しい。だが、これならば実現可能かもしれんな」
アレクシス様は、私の提案に真剣に耳を傾け、いくつかの質問を重ねた後、深く頷いた。

「この件、もう少し具体的に詰めて、実行に移せるよう計画を立ててみてくれ。必要な人員や予算は、私が手配しよう」
「はい!ありがとうございます!」

自分の知識や経験が、こうして誰かの役に立つ。
その事実は、私に大きな喜びと、そして「生きている」という確かな実感を与えてくれた。
追放され、全てを失ったと思っていた私の中に、まだこんなにも力が残っていたのだと、アレクシス様が気づかせてくれたのだ。

日々の仕事を通して、私はアレクシス様という人物の奥深さを、少しずつ理解していくようになった。
彼は、領民に対しては時に厳しい決断も下す。不正や怠慢は決して許さず、その姿はまさに「冷徹公爵」という噂通りだった。
しかし、その厳しさの根底には、常に領民の生活と未来を思う、深い慈愛と責任感があることを、私は知った。
彼は、誰よりもシュヴァルツェンベルク領を愛し、その発展のために身を粉にして働いているのだ。

そして、私に対しては、常に敬意を持って接してくれた。
私の意見を頭ごなしに否定することはなく、どんな些細な提案にも真摯に耳を傾けてくれる。
時には、夜遅くまで二人きりで執務室に残り、様々な議題について議論を交わすこともあった。
そんな時、ふと見せる彼の穏やかな表情や、何気ない言葉の端々に、私は彼の人間的な温かさを感じるようになっていた。

「エレオノーラ、疲れていないか? 顔色が少し優れないようだが」
山積みの書類と格闘していた私に、アレクシス様が不意に声をかけた。
彼の大きな手が、そっと私の額に触れる。

「…っ! だ、大丈夫です、アレクシス様。少し集中しすぎてしまっただけですわ」
その思いがけない行動に、私の心臓がトクンと大きく跳ねた。
彼の指先から伝わる温もりが、私の頬を熱くするのを感じる。

「そうか。だが、無理はするな。お前が倒れでもしたら、私が困る」
その言葉が、単に有能な補佐を失いたくないという意味だけではないことを、私は感じ取っていた。
そして、私自身もまた、この冷徹で、しかし誰よりも情熱的で優しい公爵様に、特別な感情を抱き始めていることに気づいていた。

それは、かつてエドワード殿下に抱いていた、淡く幼い恋心とは全く違う。
もっと深く、強く、そして切ない何か。
彼への尊敬と信頼が、いつしか淡い恋慕へと変わりつつあったのだ。

しかし、私はその想いを胸の奥深くに押し込めた。
私は、追放され、汚名を着せられた元悪役令嬢。
彼は、隣国でも屈指の名門公爵家の若き当主。
身分も立場も、あまりにも違いすぎる。
この穏やかで充実した日々を失いたくない一心で、私は自分の気持ちに蓋をした。

アレクシス様と私の関係は、周囲の使用人たちの目にも、良好なものとして映っていたようだ。
初めのうちは、突然現れた私に対してどこか訝しげな視線を向けていた者もいたが、私が真摯に仕事に取り組み、アレクシス様の信頼を得ていくにつれて、彼らの態度も次第に軟化していった。
今では、侍女頭のハンナさんを始め、多くの使用人が私に親しみを込めて接してくれるようになっている。

「エレオノーラ様、公爵様がお呼びですわ。何やら、新しいお茶菓子が入ったとかで、ご一緒にいかがかと」
ハンナさんが、優しい笑顔で私に声をかけてくれる。
そんな何気ない日常が、私にとってはかけがえのない宝物のように感じられた。

このまま、穏やかな日々が続いてくれればいい。
そう、心のどこかで願っていた。
しかし、運命は、私に安息の時間を与えてはくれないらしい。

その報せは、ある嵐の夜にもたらされた。
アレクシス様の執務室で、二人で遅くまで残務整理をしていた時のことだ。
激しい雨風が窓を叩く中、ずぶ濡れになった一人の密使が、息を切らして駆け込んできたのだ。
彼は、アレクシス様に深々と頭を下げると、震える声で告げた。

「公爵様…! アーレンスマルク王国より、緊急の報せにございます…!」
その言葉に、私の胸が嫌な予感で騒ぎ出す。
アレクシス様は、冷静な表情を崩さぬまま、密使に報告を促した。

「申せ」
「はっ…! アーレンスマルク王国の、ヴァイスハルト侯爵閣下が…!」

密使の口から紡がれた言葉は、私の耳を疑うような、そして全身の血の気が引くような、衝撃的な内容だった。

「ヴァイスハルト侯爵閣下が、昨日、反逆罪の容疑で逮捕され、王宮の地下牢に投獄されたとのことでございます…っ!」

「な…っ!?」

お父様が…反逆罪で、逮捕…?

一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
頭の中が真っ白になり、耳鳴りがする。
目の前が暗くなり、立っていることさえ困難になった。

「エレオノーラ!」

アレクシス様の鋭い声と、私の腕を力強く支える彼の大きな手がなければ、私はきっとその場に崩れ落ちていただろう。

嘘だ。何かの間違いだ。
お父様が、反逆など…そんなこと、絶対にあり得ない!
誰よりも国を愛し、王家に忠誠を誓ってきたお父様が、どうしてそんな罪に問われなければならないの…!?

「落ち着け、エレオノーラ! まだ、詳しい状況が分かったわけではない!」
アレクシス様の声が、遠くで聞こえる。
けれど、私の耳には届かない。

恐怖と絶望が、一気に私を飲み込んでいく。
私を陥れたあの忌まわしい策略が、今度は父に向けられたというのか。
リリアナ嬢…そして、エドワード殿下…!

「お父様…っ! お父様…っ!」

涙が、止めどなく溢れ出てくる。
ようやく見つけた穏やかな日々が、音を立てて崩れていくのを感じた。
私は、再び、あの暗く冷たい絶望の淵へと突き落とされようとしていた。
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