偽りの断罪、真実の愛~追放悪役令嬢は隣国の冷徹公爵(実は一途な狼)に娶られ、甘く蕩けるほど愛される~

放浪人

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第6話:父の危機と陰謀の影

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「お父様が…反逆罪で、逮捕…?」

密使の言葉が、まるで現実ではない遠い世界の出来事のように、私の耳を通り過ぎていく。
けれど、胸を締め付ける激しい痛みと、全身から急速に失われていく血の気は、これが紛れもない現実であることを残酷なまでに告げていた。

「エレオノーラ!しっかりしろ!」

アレクシス様の力強い声と、私の肩を掴むその手がなければ、私は本当に床に崩れ落ちていただろう。
彼の腕に支えられながらも、私の身体は小刻みに震え、呼吸さえままならない。

「嘘よ…何かの間違いですわ…!お父様が、反逆なんて…そんなこと、絶対に…!」

涙が溢れて止まらない。
私を陥れたあの忌まわしい記憶が、鮮明に蘇る。
何の罪もない人間が、権力者の都合でいとも簡単に罪人に仕立て上げられる。
あの悪夢が、今度は私の敬愛する父の身に降りかかったというのか。

リリアナ・ブルーム…!
そして、あの愚かなエドワード王子…!

怒りと絶望と、そして何もできない自分への無力感が、私の中で嵐のように渦巻いていた。

「落ち着け、エレオノーラ。取り乱していては、何も始まらん」

アレクシス様の声は、厳しい響きを帯びていたけれど、その瞳の奥には私を案じる色が浮かんでいるのが分かった。
彼は、私の震える肩を抱き寄せ、まるで子供をあやすように、その背をゆっくりとさすってくれる。
その温かさに、私はほんの少しだけ、冷静さを取り戻すことができた。

「申し訳…ありません…取り乱して…」
「いや…。無理もないことだ」

アレクシス様は、私を近くのソファに座らせると、密使に向き直った。

「詳しい状況を話せ。ヴァイスハルト侯爵が逮捕された経緯、そして現在の王都の様子を、分かる限りでいい」
「はっ!」

密使の報告は、私の最悪の想像を裏付けるものだった。
やはり、今回の事件の裏にも、リリアナ嬢の影がちらついている。
父は、エドワード王子の近頃の目に余るリリアナ嬢への寵愛ぶりと、それによる国政の混乱を憂い、幾度か王子に諫言していたらしい。
そして、密かに私の無実を証明するための証拠を集めようとしていたところを、リリアナ嬢の息のかかった者に嗅ぎつけられ、先手を打たれてしまったのだという。

「反逆罪の具体的な容疑は、国王陛下に対する不敬と、隣国との内通…だそうです。しかし、そのような事実は一切なく、全てはリリアナ嬢とその一派による捏造であるとの噂が…」
「…やはりか」

アレクシス様は、苦々しげに呟いた。
その顔には、リリアナ嬢の浅慮な行動と、それを許しているアーレンスマルク王国の現状に対する、静かな怒りが浮かんでいた。

「エレオノーラ」

アレクシス様が、私の名を呼ぶ。
私は、涙で濡れた顔を上げた。

「案ずるな。お前の父君の無実は、この私が必ず証明してみせる」

彼の言葉は、力強く、そして揺るぎない自信に満ちていた。
その蒼い瞳が、私に「信じろ」と語りかけている。

「アレクシス様…」
「お前をこのような目に遭わせた者たちを、そして、お前の大切な家族までをも苦しめる者たちを、私は決して許しはしない」

その言葉は、まるで私自身の心の叫びを代弁してくれているかのようだった。
そうだ、私はもう、ただ泣いているだけの無力な存在ではない。
私には、この人がいる。
この人となら、きっと…。

「アレクシス様…お願いです。お父様を…お父様を助けてください…!」
私は、彼の手にすがりつくようにして懇願した。

「当然だ」

アレクシス様は、私の手を力強く握り返した。
その温もりが、私の凍えきった心に、再び勇気の火を灯してくれる。

その夜から、アレクシス様はすぐに行動を開始した。
彼の持つ広範な情報網を駆使し、シュヴァルツェンベルク領内に潜む優秀な諜報員たちを、次々とアーレンスマルク王国へと送り込んだのだ。
彼らに与えられた任務は、ヴァイスハルト侯爵の現在の状況の確認、リリアナ嬢とその一派の動向調査、そして、彼女の陰謀を裏付ける確たる証拠の収集。

数日間、私は生きた心地がしなかった。
父の身を案じ、眠れない夜を過ごした。
アレクシス様は、そんな私を気遣い、執務の合間にも何度も様子を見に来てくれ、励ましの言葉をかけてくれた。
彼の存在が、どれほど私の心の支えになったことか。

そして、嵐の夜から五日が過ぎた頃。
潜入していた諜報員たちから、次々と情報がもたらされ始めた。

「公爵様、アーレンスマルク王国の内情は、我々の想像以上に腐敗が進んでおります」
書斎で報告を受けたアレクシス様の表情は、険しさを増していく。私も、彼の隣で固唾を飲んでその報告に耳を傾けていた。

リリアナ嬢は、エドワード王子を完全に傀儡とし、その寵愛を盾に、やりたい放題の限りを尽くしているという。
彼女に媚びへつらう者だけが取り立てられ、少しでも彼女の意に沿わない者は、些細な理由で要職から追いやられるか、あるいはヴァイスハルト侯爵のように、あらぬ罪を着せられて投獄されている。
王宮内は彼女の息のかかった者で固められ、まともな諫言をする忠臣は、もはや皆無に等しい状態らしい。

「ヴァイスハルト侯爵は、現在、王宮の地下牢に監禁されています。表向きは反逆者扱いですが、牢番の中にも侯爵の無実を信じる者がおり、密かに便宜を図っているとの情報も…」
「そうか…まだ、希望は捨ててはいけないということか」

さらに、衝撃的な情報ももたらされた。
リリアナ嬢が、実は隣国とは別の、アーレンスマルク王国と敵対関係にある某大国と密かに通じている可能性があるというのだ。
彼女は、その美貌と巧みな話術でエドワード王子を惑わし、アーレンスマルク王国を内側から弱体化させ、最終的にはその大国の支配下に置こうと画策しているのではないか、という疑惑だった。

「…なんということでしょう。あの可憐な仮面の裏に、そんな恐ろしい企みが隠されていたなんて…」
私は、言葉を失った。
エドワード殿下は、そんな売国奴とも言える女の言いなりになって、自国を破滅へと導こうとしているというのか。
あまりにも愚かで、そして哀れだ。

「愚かな男よ。色香に迷い、国の根幹を揺るがすとはな」
アレクシス様は、吐き捨てるように言った。その声には、隠しきれない怒りと軽蔑が滲んでいる。

全ての報告を聞き終えたアレクシス様は、しばらくの間、腕を組んで目を閉じ、深く考え込んでいた。
部屋には、暖炉の薪がはぜる音だけが響いている。
やがて、彼はおもむろに顔を上げ、決然とした表情で私を見つめた。

「エレオノーラ。状況は把握できた。ヴァイスハルト侯爵を救い出し、リリアナ・ブルームの陰謀を打ち砕くための策を、これから練る」
「アレクシス様…!」

「これは、ある意味で好機かもしれん」
彼の蒼い瞳が、鋭い光を宿した。

「リリアナの悪事が白日の下に晒されれば、お前の無実も証明される。そして、ヴァイスハルト侯爵の名誉も回復されるだろう。アーレンスマルク王国にとっても、この腐敗を断ち切る良い機会となるはずだ」

彼の言葉は、絶望の淵にいた私に、再び一筋の光明を示してくれた。
そうだ、諦めてはいけない。
お父様を助け出すだけでなく、私自身の潔白も証明し、あの悪女の企みを阻止するのだ。

「私も…私も、何かできることはありますでしょうか? お父様を助けるためなら、どんなことでもいたします…!」
私は、決意を込めてアレクシス様を見上げた。

アレクシス様は、そんな私を見て、小さく頷いた。
その表情は、どこか覚悟を促すような、厳しいものへと変わっていた。

「ああ。お前には、非常に重要な、そして…少々危険な役目を担ってもらうことになるかもしれん。その覚悟は、あるか?」

危険な役目。
その言葉に、一瞬だけ背筋が凍る。
けれど、私の決意は揺らがなかった。
お父様のためなら、そして、この人が私を必要としてくれるのなら、どんな危険も厭わない。

「はい。覚悟は、できております」

私の迷いのない返事に、アレクシス様は満足そうに唇の端を微かに吊り上げた。
それは、まるで獲物を見定めた猛獣のような、獰猛で、しかしどこか信頼に満ちた笑みだった。

「よろしい。では、作戦の概要を話そう――」

アレクシス様の口から語られ始めた計画は、大胆不敵にして、緻密なものだった。
それは、ヴァイスハルト侯爵の救出だけに留まらず、リリアナ・ブルームの完全な失脚と、アーレンスマルク王国の正常化までをも視野に入れた、壮大な作戦。
そして、その中で私が果たすべき役割とは――。

私は、息を詰めて彼の言葉に耳を傾けた。
これから始まるであろう、大きな戦いを前に、私の心は恐怖と、そしてそれ以上の高揚感で満たされていた。
アレクシス様と共にいる限り、私は決して負けない。
そんな確信が、私の胸の奥から湧き上がってくるのを感じていた。
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