偽りの断罪、真実の愛~追放悪役令嬢は隣国の冷徹公爵(実は一途な狼)に娶られ、甘く蕩けるほど愛される~

放浪人

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第8話:王宮への帰還と対決の時

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アーレンスマルク王国の王都まで目と鼻の先という宿場町での潜伏生活は、息詰まるような緊張の連続だった。
私と、侍女のカタリナ、護衛のヨハンは、アレクシス様からの次の指示をひたすら待ち続けた。
部屋の窓からは、遠く王都のシルエットが見える。
あの壁の向こうに、お父様が…。そして、私を奈落の底へ突き落とした者たちがいる。
その事実が、私の心を苛んだ。

「エレオノーラ様、お茶が入りましたわ。少しお休みになってください」
カタリナが、心配そうに声をかけてくれる。
彼女の心遣いが、張り詰めた私の心をわずかに和らげてくれた。

ヨハンは、時折町へ出ては、王都の噂を仕入れてきてくれた。
それによると、リリアナ嬢の専横はますます酷くなる一方で、民衆の不満は日に日に高まっているという。
贅沢三昧の夜会、重税、気に入らない者への不当な弾圧。
王都は、まるで熟しきって腐り落ちる寸前の果実のようだと、ヨハンは苦々しげに語った。

(リリアナ…あなたの好きにはさせないわ)

そんなある日の午後、宿の扉が控えめにノックされた。
ヨハンが警戒しながら応対すると、そこに立っていたのは、思いもよらない人物だった。

「マーカス様…!?」

そこにいたのは、かつての私の幼馴染であり、数少ない理解者の一人、マーカス・フォン・シュナイダー公爵令息だったのだ。
彼は、以前よりも少しだけ精悍になった顔つきで、しかし変わらぬ優しい灰色の瞳で私を見ていた。

「エレオノーラ…! やはり君だったか。無事で…本当に良かった…!」
マーカス様は、私の姿を認めるなり、安堵の表情を浮かべた。

「どうして、ここに…? まさか、アレクシス様の手引きですか?」
「ああ。シュヴァルツェンベルク公には、以前から色々と情報を交換させてもらっていてね。君がこちらに来ていると聞いて、いてもたってもいられなくなったんだ」

マーカス様は、父ヴァイスハルト侯爵の不当な逮捕に心を痛め、独自にリリアナ嬢の周辺を探っていたらしい。
そして、アレクシス様と協力関係を結び、この日のために動いてくれていたのだ。
彼は、私にとって紛れもない味方だった。

「君のお父上の件だが、牢内ではあるが、ご無事だ。シュヴァルツェンベルク公の手の者が、既に接触に成功していると聞いている」
「本当ですか…! よかった…」

マーカス様からもたらされた情報は、私に大きな勇気を与えてくれた。
彼はさらに、近々王宮でリリアナ嬢が主催する大規模な夜会が開かれること、そしてその夜会こそが、アレクシス様が仕掛ける「一手」の舞台になるであろうことを教えてくれた。

そして、その夜。
ついにアレクシス様からの連絡が、カタリナを通じて私の元へ届けられた。
短い文面には、父の救出準備が完全に整ったこと、そして、明日の夜会に私が「エレオノーラ・フォン・ヴァイスハルト」として堂々と姿を現すように、と記されていた。

(ついに、この時が来たのね…)

リリアナが主催する夜会。
そこに、国外追放されたはずの私が現れる。
それは、まさにリリアナに対する最大の挑発であり、彼女の悪事を白日の下に晒すための、これ以上ない舞台設定だった。

「エレオノーラ様、お召し物を。シュヴァルツェンベルク公爵様からの預かりものでございます」
カタリナが、大きな衣装箱を私の前に差し出した。
中に入っていたのは、息を呑むほどに美しい、深紅のドレス。
それは、かつて私が王宮で一番気に入っていたドレスの色合いによく似ていたけれど、デザインはより洗練され、今の私に相応しい力強さと気品を感じさせるものだった。
そして、胸元には、アレクシス様から贈られた蒼い石のブローチが輝いている。

「アレクシス様…」
彼の細やかな心遣いに、胸が熱くなる。
このドレスは、私に「お前は独りではない」と語りかけてくれているようだった。

翌日の夜。
私は、カタリナとヨハンに付き添われ、王宮へと向かった。
かつて、悪夢のような婚約破棄を宣告された、あの場所へ。
しかし、今の私の心に、以前のような絶望や恐怖はなかった。
あるのは、鋼のような決意と、微かな高揚感だけ。

煌びやかなシャンデリアが輝く、王宮の大広間。
そこは、着飾った貴族たちの喧騒と、甘ったるい香水の匂いで満ち溢れていた。
そして、その中央で、まるで女王のように振る舞っているのが、リリアナ・ブルームだった。
彼女は、エドワード王子を伴い、取り巻きの貴族たちに囲まれてご満悦の様子だ。

私が、深紅のドレスを纏い、胸を張って大広間へと足を踏み入れた瞬間。
音楽が止み、喧騒が嘘のように静まり返った。
全ての視線が、私一人に集中する。
驚愕、不信、好奇、そしてほんの少しの恐怖。
会場の空気が、一瞬にして凍りついたのが分かった。

「ま…さか……エレオノーラ……?」

最初に声を上げたのは、エドワード王子だった。
彼は、幽霊でも見たかのように顔を青ざめさせ、震える指で私を指差している。

そして、リリアナ嬢。
彼女は、一瞬だけ、信じられないという表情で目を見開いたものの、すぐにいつもの可憐な笑顔を仮面のように貼り付けた。
けれど、その瞳の奥が激しく動揺しているのを、私は見逃さなかったわ。

「まあ、エレオノーラ様ではありませんか。国外追放されたはずの方が、どうしてこのような場所に? まるで亡霊でも現れたかのようですわね?」

彼女の猫なで声が、やけに耳障りに響く。
その言葉には、隠しきれない棘と、私への敵意が込められていた。

「お久しぶりですわね、リリアナ嬢。そして、エドワード殿下」

私は、毅然とした態度で二人を見据え、ゆっくりと、しかし確かな足取りで彼らの元へと近づいていく。
私の背後には、カタリナとヨハンが、まるで影のように控えている。

「亡霊ですって? いいえ、私は正真正銘、生きておりますわ。そして、貴方がたが私に着せた濡れ衣を晴らし、この国を蝕む本当の悪を告発するために、こうして戻ってまいりましたのよ」

私の静かだが力強い言葉に、場内は再び騒然となった。
貴族たちは、これから何が起ころうとしているのかと、固唾を飲んで私たちを見守っている。

リリアナ嬢の顔から、笑顔が消えた。
その代わりに浮かんだのは、怒りと焦りの色。

「何を馬鹿なことを…! 衛兵! この者を捕らえなさい! 国外追放された罪人が、王宮に不法侵入するなど、万死に値しますわ!」
彼女が金切り声を上げ、衛兵に命じようとした、その時だった。

「――そこまでだ」

凛とした、そして圧倒的な威厳を伴った声が、大広間の入り口から響き渡った。
全ての視線が、そちらへと注がれる。

そこに立っていたのは、漆黒の礼装に身を包んだ、アレクシス・フォン・シュヴァルツェンベルク公爵、その人だった。
彼の両脇には、シュヴァルツェンベルクが誇る精鋭騎士たちが、微動だにせず控えている。
その威圧感は、リリアナ嬢が呼びつけようとした王宮の衛兵たちを、完全に沈黙させていた。

「シュヴァルツェンベルク公…! なぜ貴方がここに…!?」
エドワード王子が、狼狽した声を上げる。

アレクシス様は、エドワード王子を一瞥だにせず、悠然と大広間を横切り、私の隣へと歩み寄った。
そして、私の手をそっと取り、力強く握りしめる。その温かさが、私に勇気を与えてくれた。

「アーレンスマルク王国の王太子殿下、並びにリリアナ・ブルーム嬢。そして、ここにいる全ての貴族諸君に告げる」

アレクシス様の声が、静まり返った会場に朗々と響き渡る。

「今宵、我々は、この国に巣食う巨悪を断罪し、不当に貶められた者の名誉を回復するために参上した」

そして、彼は大広間の入り口へと視線を向けた。
ゆっくりと開かれる扉の向こうから、一人の男性が、アレクシス様の騎士に付き添われながら姿を現した。

その姿を見た瞬間、私の目からは、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「お父様…っ!」

そこにいたのは、少しやつれ、やつれてはいるものの、その瞳には変わらぬ力強い光を宿した、私の父、アルブレヒト・フォン・ヴァイスハルト侯爵だったのだ。
彼は、私の姿を認めると、優しい、そして誇らしげな笑みを浮かべた。

「エレオノーラ…! よくぞ、耐え抜いたな…!」

リリアナ嬢とエドワード王子は、ヴァイスハルト侯爵の突然の登場に、言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。
彼らの顔は、まるで血の気を失ったかのように真っ白だった。
彼らの悪夢は、今、まさに始まろうとしていたのだ。
そして、私の反撃の狼煙は、高らかに上がった。
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