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第二話:氷の騎士の素顔と芽生えた感情
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「……少しは、楽になったか?」
翌朝、わたくしの小さな家の簡素な寝台で、アレクシス様――昨夜助けた騎士様は、ゆっくりと身を起こした。
高熱はまだ完全には引いていないけれど、顔色は昨日よりずっといい。
「はい、リリア殿のおかげで……」
アレクシス様は、わたくしのことをそう呼んだ。
昨夜、名前を名乗ったきりだったけれど、覚えていてくださったらしい。
「いいえ、わたくしは薬師として当然のことをしたまでですわ。それより、まだ安静にしていらしてください。傷が深いですから」
「……ああ」
アレクシス様は素直に頷き、再び横になった。
その拍子に、彼の銀色の髪がさらりと枕に流れ、朝日を浴びてきらめいた。彫刻のように整った顔立ちは、やはりどこか近寄りがたい雰囲気を纏っているけれど、昨夜のような刺すような鋭さはない。
(本当に、綺麗な方……)
思わず見惚れてしまいそうになり、慌てて首を振る。
わたくしは薬湯の準備をするために、そっと部屋を出た。
アレクシス様は、王国騎士団の副団長を務める方だと、今朝、彼が少しだけ話してくれた。
「氷の騎士」――それが、王都での彼の呼び名らしい。その名の通り、冷静沈着、任務遂行のためには一切の私情を挟まない、鉄のような意志を持つ騎士。そんな噂は、薬師ギルドに出入りする商人たちからも聞いたことがあった。
でも、わたくしの目の前にいるアレクシス様は、噂とは少し違うように感じられた。
確かに口数は少なく、表情も硬い。けれど、時折見せる僅かな表情の変化や、わたくしの拙い手当てを黙って受け入れる姿に、冷徹さとは別の何かを感じるのだ。
薬湯を運んで部屋に戻ると、アレクシス様は窓の外をぼんやりと眺めていた。
その横顔は、どこか寂しげに見えた。
「アレクシス様、薬湯をお持ちしましたわ」
「……すまない」
彼はゆっくりと上半身を起こし、わたくしから薬湯の入った碗を受け取る。
その指先が、ほんの少しだけわたくしの指に触れた。
びくり、と体が震える。
アレクシス様の指は、ひんやりとしていた。けれど、その冷たさが不思議と心地よく感じられて、わたくしは戸惑った。顔が熱くなるのを感じ、慌てて俯く。
「あの、お味は……いかがでしょう?」
「……苦いな。だが、悪くない」
そう言って、アレクシス様は薬湯を飲み干した。
そして、ふと、わたくしを見つめて言った。
「リリア殿。昨夜の……あの光は、何だ?」
「え……?」
あの光、というのは、わたくしが使った治癒魔法のことだろうか。
「わたくしの家系に伝わる、ささやかな治癒の力ですわ。本当に、気休め程度のものでしかありませんけれど……」
「気休め、か」
アレクシス様は何かを考えるように目を伏せた。
そして、ぽつりと呟く。
「……あんなに痛みが和らいだのは、初めてだ」
その言葉に、わたくしは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
わたくしの力が、この人の役に立てた。それが、素直に嬉しかったのだ。
「もし、よろしければ……これからも、お手当てをさせていただけませんか?」
思わず、そんな言葉が口をついて出ていた。
アレクシス様は少し驚いたようにわたくしを見たけれど、やがて、小さく頷いた。
「……頼む」
その日から、アレクシス様はわたくしの家で療養することになった。
騎士団には、信頼できる部下を通じて、しばらく任務を離れる旨を伝えたらしい。
二人きりの静かな時間。
アレクシス様は相変わらず口数が少なかったけれど、わたくしが薬草の話をすると、静かに耳を傾けてくれた。時折、彼の口から語られる騎士団の話や、遠い辺境の地の話は、わたくしにとって新鮮で、興味深いものだった。
そして、わたくしは気づき始めていた。
この氷の騎士様に、特別な感情を抱き始めている自分に。
それは、憧れなのか、それとも……。
まだ名前のつけられないこの感情に戸惑いながらも、わたくしはアレクシス様との穏やかな日々に、心地よさを感じていた。
(この時間が、少しでも長く続けばいいのに……)
そんな淡い期待を抱いてしまう自分に、小さくため息をついた。
翌朝、わたくしの小さな家の簡素な寝台で、アレクシス様――昨夜助けた騎士様は、ゆっくりと身を起こした。
高熱はまだ完全には引いていないけれど、顔色は昨日よりずっといい。
「はい、リリア殿のおかげで……」
アレクシス様は、わたくしのことをそう呼んだ。
昨夜、名前を名乗ったきりだったけれど、覚えていてくださったらしい。
「いいえ、わたくしは薬師として当然のことをしたまでですわ。それより、まだ安静にしていらしてください。傷が深いですから」
「……ああ」
アレクシス様は素直に頷き、再び横になった。
その拍子に、彼の銀色の髪がさらりと枕に流れ、朝日を浴びてきらめいた。彫刻のように整った顔立ちは、やはりどこか近寄りがたい雰囲気を纏っているけれど、昨夜のような刺すような鋭さはない。
(本当に、綺麗な方……)
思わず見惚れてしまいそうになり、慌てて首を振る。
わたくしは薬湯の準備をするために、そっと部屋を出た。
アレクシス様は、王国騎士団の副団長を務める方だと、今朝、彼が少しだけ話してくれた。
「氷の騎士」――それが、王都での彼の呼び名らしい。その名の通り、冷静沈着、任務遂行のためには一切の私情を挟まない、鉄のような意志を持つ騎士。そんな噂は、薬師ギルドに出入りする商人たちからも聞いたことがあった。
でも、わたくしの目の前にいるアレクシス様は、噂とは少し違うように感じられた。
確かに口数は少なく、表情も硬い。けれど、時折見せる僅かな表情の変化や、わたくしの拙い手当てを黙って受け入れる姿に、冷徹さとは別の何かを感じるのだ。
薬湯を運んで部屋に戻ると、アレクシス様は窓の外をぼんやりと眺めていた。
その横顔は、どこか寂しげに見えた。
「アレクシス様、薬湯をお持ちしましたわ」
「……すまない」
彼はゆっくりと上半身を起こし、わたくしから薬湯の入った碗を受け取る。
その指先が、ほんの少しだけわたくしの指に触れた。
びくり、と体が震える。
アレクシス様の指は、ひんやりとしていた。けれど、その冷たさが不思議と心地よく感じられて、わたくしは戸惑った。顔が熱くなるのを感じ、慌てて俯く。
「あの、お味は……いかがでしょう?」
「……苦いな。だが、悪くない」
そう言って、アレクシス様は薬湯を飲み干した。
そして、ふと、わたくしを見つめて言った。
「リリア殿。昨夜の……あの光は、何だ?」
「え……?」
あの光、というのは、わたくしが使った治癒魔法のことだろうか。
「わたくしの家系に伝わる、ささやかな治癒の力ですわ。本当に、気休め程度のものでしかありませんけれど……」
「気休め、か」
アレクシス様は何かを考えるように目を伏せた。
そして、ぽつりと呟く。
「……あんなに痛みが和らいだのは、初めてだ」
その言葉に、わたくしは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
わたくしの力が、この人の役に立てた。それが、素直に嬉しかったのだ。
「もし、よろしければ……これからも、お手当てをさせていただけませんか?」
思わず、そんな言葉が口をついて出ていた。
アレクシス様は少し驚いたようにわたくしを見たけれど、やがて、小さく頷いた。
「……頼む」
その日から、アレクシス様はわたくしの家で療養することになった。
騎士団には、信頼できる部下を通じて、しばらく任務を離れる旨を伝えたらしい。
二人きりの静かな時間。
アレクシス様は相変わらず口数が少なかったけれど、わたくしが薬草の話をすると、静かに耳を傾けてくれた。時折、彼の口から語られる騎士団の話や、遠い辺境の地の話は、わたくしにとって新鮮で、興味深いものだった。
そして、わたくしは気づき始めていた。
この氷の騎士様に、特別な感情を抱き始めている自分に。
それは、憧れなのか、それとも……。
まだ名前のつけられないこの感情に戸惑いながらも、わたくしはアレクシス様との穏やかな日々に、心地よさを感じていた。
(この時間が、少しでも長く続けばいいのに……)
そんな淡い期待を抱いてしまう自分に、小さくため息をついた。
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