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第三話:秘密の共有と深まる絆
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アレクシス様がわたくしの家で療養を始めてから、数日が過ぎた。
彼の傷は順調に回復に向かっているように見えたけれど、時折、ひどく消耗した様子で顔を顰めることがあった。
「アレクシス様、また痛むのですか?」
ある日の午後、薬草を調合しているわたくしに、彼が苦しげな息を漏らした。
駆け寄ると、アレクシス様は額に汗を滲ませ、胸元を強く押さえている。
「……ああ。古傷が、な」
そう言って、彼は無理に笑ってみせようとしたけれど、その顔色は明らかに悪かった。
わたくしは彼の傍らに座り、そっとその手に自分の手を重ねる。
「わたくしに、できることはありますか?」
アレクシス様は、驚いたようにわたくしを見た。
そして、しばしの逡巡の後、重い口を開いた。
「……これは、ただの傷ではないのだ」
「え……?」
彼の言葉に、わたくしは息を呑む。
「数年前、北の魔獣との戦いで受けた呪いのようなものだ。普段は鳴りを潜めているが、時折こうして……激痛と共に、力を奪っていく」
衝撃的な告白だった。
「氷の騎士」とまで呼ばれる彼が、そんな苦しみを抱えていたなんて。
「騎士団の薬師や、高名な治癒師にも診てもらった。だが、誰もこの痛みを完全に消し去ることはできなかった。……お前の、あの光だけが、一時的にだが、この苦痛を和らげてくれる」
アレクシス様の声は、どこか諦観を帯びていた。
その孤独な瞳を見ていると、胸が締め付けられるように痛んだ。
「アレクシス様……」
わたくしは、重ねた手にそっと力を込めた。
そして、もう片方の手で、彼の胸元に優しく触れる。
「わたくしの力は、本当にささやかなものです。でも……もし、アレクシス様のお辛さを少しでも和らげることができるのなら、喜んでお力になりますわ」
目を閉じ、意識を集中させる。
手のひらから、温かな光が溢れ出し、アレクシス様の体を包み込んでいく。
それは、まるで陽だまりのような、優しい光。
アレクシス様の強張っていた体が、少しずつ弛緩していくのが分かった。
苦しげだった呼吸も、次第に穏やかになっていく。
しばらくして、わたくしが目を開けると、アレクシス様は静かな眼差しでわたくしを見つめていた。
その瞳には、以前のような警戒心はなく、どこか安堵したような色が浮かんでいる。
「……ありがとう、リリア殿」
彼の口から紡がれた感謝の言葉は、わたくしの心に深く染み渡った。
「いいえ。わたくしは、ただ……」
「お前は、いつもそう言うな」
アレクシス様が、ふっと微かに笑った。
それは、本当に僅かな笑みだったけれど、彼の印象をがらりと変えるほど、優しいものだった。
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
その笑顔に、わたくしは顔が熱くなるのを感じた。
慌てて視線を逸らすと、アレクシス様が静かに言った。
「このことは……騎士団の者にも、ほとんど話していない。お前だけだ、リリア殿」
「……!」
その言葉の意味を理解し、わたくしは彼を見上げた。
秘密の共有。それは、二人の間に特別な絆が生まれた証のように感じられた。
「わたくし、決して誰にも申しませんわ」
「ああ、信じている」
アレクシス様の言葉は、力強かった。
その信頼が、わたくしには何よりも嬉しかった。
それから、わたくしたちは、より多くの時間を共に過ごすようになった。
アレクシス様は、少しずつだが、彼自身のことを話してくれるようになった。騎士としての誇り、部下への想い、そして、彼が背負うものの重さ。
わたくしもまた、自分のことを話した。
没落したとはいえ、貴族の娘としての矜持。薬師としての夢。そして、家族への想い。
言葉を交わすたびに、心の距離が縮まっていくのを感じた。
アレクシス様のぶっきらぼうな言葉の裏にある優しさや、時折見せる少年のような一面。その全てが、わたくしにとって愛おしいものに変わっていった。
この感情は、もう隠せない。
わたくしは、アレクシス様に恋をしているのだと、はっきりと自覚した。
けれど、同時に不安も募る。
彼は王国騎士団の副団長。わたくしは、しがない薬師の卵。
この身分違いの恋が、許されるはずがない。
そんな思いが胸をよぎり、ふとした瞬間に切なさが込み上げてくるのだった。
彼の傷は順調に回復に向かっているように見えたけれど、時折、ひどく消耗した様子で顔を顰めることがあった。
「アレクシス様、また痛むのですか?」
ある日の午後、薬草を調合しているわたくしに、彼が苦しげな息を漏らした。
駆け寄ると、アレクシス様は額に汗を滲ませ、胸元を強く押さえている。
「……ああ。古傷が、な」
そう言って、彼は無理に笑ってみせようとしたけれど、その顔色は明らかに悪かった。
わたくしは彼の傍らに座り、そっとその手に自分の手を重ねる。
「わたくしに、できることはありますか?」
アレクシス様は、驚いたようにわたくしを見た。
そして、しばしの逡巡の後、重い口を開いた。
「……これは、ただの傷ではないのだ」
「え……?」
彼の言葉に、わたくしは息を呑む。
「数年前、北の魔獣との戦いで受けた呪いのようなものだ。普段は鳴りを潜めているが、時折こうして……激痛と共に、力を奪っていく」
衝撃的な告白だった。
「氷の騎士」とまで呼ばれる彼が、そんな苦しみを抱えていたなんて。
「騎士団の薬師や、高名な治癒師にも診てもらった。だが、誰もこの痛みを完全に消し去ることはできなかった。……お前の、あの光だけが、一時的にだが、この苦痛を和らげてくれる」
アレクシス様の声は、どこか諦観を帯びていた。
その孤独な瞳を見ていると、胸が締め付けられるように痛んだ。
「アレクシス様……」
わたくしは、重ねた手にそっと力を込めた。
そして、もう片方の手で、彼の胸元に優しく触れる。
「わたくしの力は、本当にささやかなものです。でも……もし、アレクシス様のお辛さを少しでも和らげることができるのなら、喜んでお力になりますわ」
目を閉じ、意識を集中させる。
手のひらから、温かな光が溢れ出し、アレクシス様の体を包み込んでいく。
それは、まるで陽だまりのような、優しい光。
アレクシス様の強張っていた体が、少しずつ弛緩していくのが分かった。
苦しげだった呼吸も、次第に穏やかになっていく。
しばらくして、わたくしが目を開けると、アレクシス様は静かな眼差しでわたくしを見つめていた。
その瞳には、以前のような警戒心はなく、どこか安堵したような色が浮かんでいる。
「……ありがとう、リリア殿」
彼の口から紡がれた感謝の言葉は、わたくしの心に深く染み渡った。
「いいえ。わたくしは、ただ……」
「お前は、いつもそう言うな」
アレクシス様が、ふっと微かに笑った。
それは、本当に僅かな笑みだったけれど、彼の印象をがらりと変えるほど、優しいものだった。
どくん、と心臓が大きく跳ねる。
その笑顔に、わたくしは顔が熱くなるのを感じた。
慌てて視線を逸らすと、アレクシス様が静かに言った。
「このことは……騎士団の者にも、ほとんど話していない。お前だけだ、リリア殿」
「……!」
その言葉の意味を理解し、わたくしは彼を見上げた。
秘密の共有。それは、二人の間に特別な絆が生まれた証のように感じられた。
「わたくし、決して誰にも申しませんわ」
「ああ、信じている」
アレクシス様の言葉は、力強かった。
その信頼が、わたくしには何よりも嬉しかった。
それから、わたくしたちは、より多くの時間を共に過ごすようになった。
アレクシス様は、少しずつだが、彼自身のことを話してくれるようになった。騎士としての誇り、部下への想い、そして、彼が背負うものの重さ。
わたくしもまた、自分のことを話した。
没落したとはいえ、貴族の娘としての矜持。薬師としての夢。そして、家族への想い。
言葉を交わすたびに、心の距離が縮まっていくのを感じた。
アレクシス様のぶっきらぼうな言葉の裏にある優しさや、時折見せる少年のような一面。その全てが、わたくしにとって愛おしいものに変わっていった。
この感情は、もう隠せない。
わたくしは、アレクシス様に恋をしているのだと、はっきりと自覚した。
けれど、同時に不安も募る。
彼は王国騎士団の副団長。わたくしは、しがない薬師の卵。
この身分違いの恋が、許されるはずがない。
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