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第五話 証拠は嘘をつけない。誓約印はもっと嘘をつけない
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バンッ! 屋敷の扉が乱暴に開け放たれる音と共に、怒号が響き渡った。
「リディア! どこだ、出てこい!」
リビングルームになだれ込んできたのは、レオンハルト王太子とその側近たちだった。 彼らは肩で息をし、血走った目で室内を見回すと、私と、私の背後に隠れているミレイユ様の姿を見つけた。
「やはりか! ミレイユ、無事か! 今助けてやるぞ!」
殿下は劇画のようなポーズで手を差し伸べた。 けれど、ミレイユ様は「ひっ」と声を漏らし、助けを求めるどころか、私の背中にさらに強くしがみついた。
「……殿下。不法侵入はおやめくださいと申し上げたはずですが」
私は扇子を閉じ、冷ややかに告げた。 しかし、殿下の耳には届いていないらしい。彼は私を睨みつけ、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「黙れ、悪女め! 貴様がミレイユを脅して連れ去ったことはわかっている! 『屋敷に来なければ実家を潰す』という脅迫状を送ったそうだな!」
「は? 脅迫状?」
初耳だ。 私が眉をひそめると、殿下の後ろに控えていた側近――先日教会で私にやり込められた騎士の一人が、一枚の羊皮紙を掲げた。
「しらばっくれても無駄だ! これが証拠の脅迫状だ! 今朝、ミレイユ様の部屋で見つかった。ここにははっきりと、貴様の家の封蝋(シジル)が押されている!」
なるほど。 ミレイユ様が私に謝罪に来ている間に、彼らは都合よく『捏造された証拠』を見つけ出し、それを大義名分にして乗り込んできたわけか。 タイミングが良すぎる。あるいは、ミレイユ様が逃げ出したことを逆手に取って、既成事実を作ろうとしたのか。
「ミレイユ、怖がらなくていい。さあ、こっちへ来るんだ。この女は私が断罪してやる!」
殿下がまた一歩近づく。 ミレイユ様が震えながら、小さな声で訴えた。
「ち、違います……! リディア様は、私を助けて……」
「なんだって? ああ、可哀想に。洗脳されているのか。それとも魔法で口封じを?」
だめだ、会話が成立しない。 この男、自分の聞きたいことしか聞こえないフィルターでも装備しているのだろうか。
騎士たちが剣の柄に手をかける。 強行突破する気だ。 私が庭師のゴンザレス(元傭兵・身長二メートル)を呼ぼうと口を開きかけた、その時だった。
「――騒々しいな」
室内の気温が、一気に五度は下がった気がした。
開け放たれた扉の向こうから、冷たい風と共にその人物は現れた。 銀色の髪を揺らし、氷のような青い瞳を細めた男。 アシュ・ヴァレンシュタイン宰相。
彼はまるで散歩のついでに立ち寄ったかのような自然さで、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら、私と殿下の間に割って入った。
「ア、アシュ宰相!? な、なぜここに……」
殿下が驚愕に目を見開く。 無理もない。国政の頂点に立つ多忙な宰相が、一介の侯爵家にお茶を飲みに来るはずがないのだから。
「公務だ」
アシュ様は短く答えると、騎士が持っていた羊皮紙をひったくった。
「現在、私はリディア・エルヴァイン嬢から提出された『名誉回復請求』および『慰謝料請求』に関する特別監査を行っている。この場における一切のトラブルは、私の管轄下にあると心得よ」
「か、監査だと? そんな話は聞いていないぞ!」
「今言った。……さて」
アシュ様は殿下の抗議を完全に無視し、手にした『脅迫状』に視線を落とした。
「これが、リディア嬢が書いたとされる証拠か」
「そ、そうだ! 見ろ、エルヴァイン家の封蝋が押されているだろう! これはまごうことなき本物……」
「黙っていろ。ノイズだ」
アシュ様の一言で、殿下はパクパクと口を開閉させるだけの置物になった。 アシュ様は懐から片眼鏡(モノクル)を取り出し、封蝋の部分をじっと観察する。 その瞳が、微かに青白く発光している。 『解析(アナライズ)』の魔術だ。
「……ふむ。魔力波形にノイズがある。一見するとエルヴァイン家の魔力パターンに似せているが、粒子の配列が粗雑だ。安物の模倣魔道具(コピー・アーティファクト)を使ったな」
「なっ……!?」
騎士たちが動揺して顔を見合わせる。 アシュ様は顔を上げ、私の方を振り返った。
「リディア嬢。手を」
「は、はい?」
「照合を行う。早く」
有無を言わせぬ口調に、私はおずおずと右手を差し出した。 アシュ様は躊躇なく私の手を取り、彼自身の白く長い指を、私の指に絡ませるようにして握った。
ドクン、と心臓が跳ねた。
冷たい。 彼の指先はひんやりとしていて、でも触れている部分から不思議な熱が伝わってくる。 男性にこんなふうに手を握られたのは、社交ダンス以外では初めてかもしれない。 しかも相手は、あの氷の宰相様だ。
「じっとしていろ」
アシュ様は私の反応など意に介さず、真剣な眼差しで私の手を見つめている。 距離が、近い。 整いすぎた彼のまつ毛の一本一本まで数えられそうな距離だ。 吐息がかかりそうで、私は思わず息を止めた。
「……やはりな」
数十秒ほどの沈黙の後、アシュ様は私の手を離した。 なんだか急に寒くなった気がして、私は自分の手をもう片方の手で包み込む。
「結論が出た」
アシュ様は殿下たちに向き直り、手にしていた脅迫状をパラリと放り投げた。
「この手紙は偽物だ。封蝋に含まれる魔力残滓と、リディア嬢の生体魔力波長(バイオ・マナ)が一致しない。完全に別物だ」
「な、バカな! そんなはずは……!」
殿下が叫ぶが、アシュ様は冷徹に言葉を重ねる。
「『証拠は嘘をつけない。誓約印はもっと嘘をつけない』。……ルミナリアの法格言を知らないわけではあるまい? この封蝋は、リディア嬢の魔力を外部から強制的に模写しようとした痕跡がある。これは重大な違法行為だ」
宰相の断言。 それはこの国において、裁判官の判決にも等しい重みを持つ。
「くっ……! で、でも、ミレイユがいるじゃないか! 彼女は怯えている! やはり無理やり連れてこられたに違いない!」
殿下は往生際悪く、今度はミレイユ様に矛先を向けた。 私はすっと横に移動し、ミレイユ様の姿を見せた。
「ミレイユ様。ご自身の口で、真実をおっしゃってください。アシュ様の前でなら、誰もあなたを傷つけることはできませんわ」
私の言葉に、ミレイユ様は顔を上げた。 彼女は深呼吸をし、震える足で一歩前へ出る。 そして、殿下を真っ直ぐに見つめた。
「……殿下。私は、自分の意思でここに参りました」
「え?」
「リディア様に謝りたくて、自分の足で来たのです。脅迫なんてされていませんし、手紙なんて受け取っていません!」
その声は小さかったけれど、はっきりとした拒絶の響きがあった。
「そ、そんな……。ミレイユ、君は騙されているんだ! 目を覚ませ!」
「いいえ、目が覚めたのは私の方です! もう、あんなお飾り人形のような扱いはたくさんです!」
ミレイユ様の叫びに、殿下は呆然と立ち尽くした。 信じていた『運命の愛』の相手から、公衆の面前で拒絶されたのだ。そのショックは計り知れないだろう。
「レオンハルト王太子」
アシュ様が静かに、しかし絶対的な響きを持って告げた。
「これ以上の騒ぎは、王家の品位に関わる。即刻立ち去ることを推奨する。……それとも、この場にて『公文書偽造』および『住居不法侵入』の罪で、貴殿の部下たちを拘束する必要があるか?」
殿下の顔が赤から青へ、そして白へと変わっていく。 彼はギリギリと歯を食いしばり、私とアシュ様、そしてミレイユ様を交互に睨みつけた。
「……覚えていろ! このままでは終わらせんぞ!」
またしても捨て台詞。 殿下はマントを翻し、逃げるように部屋を出て行った。 騎士たちも慌ててその後を追う。
嵐が去った後の静寂が、部屋に戻ってきた。 ミレイユ様はその場にへたり込み、ニナが慌てて駆け寄る。
私はほっと息を吐き、アシュ様に向き直った。
「助かりました、アシュ様。素晴らしいタイミングでしたわ」
「計算通りだ。君の屋敷へのルートと到着時間を逆算し、最も効果的な介入ポイントを選んだ」
彼は無表情のまま答える。 本当に、どこまで合理的思考回路なのかしら。
「しかし、これで確証が得られた」
アシュ様は私の目をじっと見つめた。
「彼らは手段を選ばない。偽造証拠、不法侵入、そして聖女の政治利用。……君一人で戦うには、相手が腐りすぎている」
「ええ。ですが、私にはアシュ様という最強の監査役がいますから」
「監査役、か。……それだけでは不十分だ」
「はい?」
アシュ様は一歩、私に近づいた。 先ほどの手の感触を思い出し、私は思わず身構える。
「彼らは今後、法的手段だけでなく、世論や政治的圧力をかけてくるだろう。『王太子に逆らう悪役令嬢』というレッテルを最大限利用してな。それを防ぐには、君にも同等の政治的後ろ盾が必要だ」
彼は真剣な眼差しで、爆弾発言を投下した。
「リディア。私の『政治的盾』になれ」
「は……盾、ですか?」
「そうだ。私は君を守る。その代わり、君は私の妻という立場を利用して、貴族院や教会の干渉を跳ね除けろ。……つまり」
彼は一度言葉を切り、まるで重要な契約事項を読み上げるかのように告げた。
「私と結婚しろ。これは、互いの生存戦略を最適化するための契約だ」
……はい? 今、この氷の宰相様は、プロポーズ(仮)をなさいました? しかも、愛の欠片もない、ガチガチの業務提携みたいな口調で。
私の思考がフリーズする中、アシュ様だけが涼しい顔で「回答期限は明日までだ」と言い残し、颯爽と帰っていった。
「リディア! どこだ、出てこい!」
リビングルームになだれ込んできたのは、レオンハルト王太子とその側近たちだった。 彼らは肩で息をし、血走った目で室内を見回すと、私と、私の背後に隠れているミレイユ様の姿を見つけた。
「やはりか! ミレイユ、無事か! 今助けてやるぞ!」
殿下は劇画のようなポーズで手を差し伸べた。 けれど、ミレイユ様は「ひっ」と声を漏らし、助けを求めるどころか、私の背中にさらに強くしがみついた。
「……殿下。不法侵入はおやめくださいと申し上げたはずですが」
私は扇子を閉じ、冷ややかに告げた。 しかし、殿下の耳には届いていないらしい。彼は私を睨みつけ、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「黙れ、悪女め! 貴様がミレイユを脅して連れ去ったことはわかっている! 『屋敷に来なければ実家を潰す』という脅迫状を送ったそうだな!」
「は? 脅迫状?」
初耳だ。 私が眉をひそめると、殿下の後ろに控えていた側近――先日教会で私にやり込められた騎士の一人が、一枚の羊皮紙を掲げた。
「しらばっくれても無駄だ! これが証拠の脅迫状だ! 今朝、ミレイユ様の部屋で見つかった。ここにははっきりと、貴様の家の封蝋(シジル)が押されている!」
なるほど。 ミレイユ様が私に謝罪に来ている間に、彼らは都合よく『捏造された証拠』を見つけ出し、それを大義名分にして乗り込んできたわけか。 タイミングが良すぎる。あるいは、ミレイユ様が逃げ出したことを逆手に取って、既成事実を作ろうとしたのか。
「ミレイユ、怖がらなくていい。さあ、こっちへ来るんだ。この女は私が断罪してやる!」
殿下がまた一歩近づく。 ミレイユ様が震えながら、小さな声で訴えた。
「ち、違います……! リディア様は、私を助けて……」
「なんだって? ああ、可哀想に。洗脳されているのか。それとも魔法で口封じを?」
だめだ、会話が成立しない。 この男、自分の聞きたいことしか聞こえないフィルターでも装備しているのだろうか。
騎士たちが剣の柄に手をかける。 強行突破する気だ。 私が庭師のゴンザレス(元傭兵・身長二メートル)を呼ぼうと口を開きかけた、その時だった。
「――騒々しいな」
室内の気温が、一気に五度は下がった気がした。
開け放たれた扉の向こうから、冷たい風と共にその人物は現れた。 銀色の髪を揺らし、氷のような青い瞳を細めた男。 アシュ・ヴァレンシュタイン宰相。
彼はまるで散歩のついでに立ち寄ったかのような自然さで、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら、私と殿下の間に割って入った。
「ア、アシュ宰相!? な、なぜここに……」
殿下が驚愕に目を見開く。 無理もない。国政の頂点に立つ多忙な宰相が、一介の侯爵家にお茶を飲みに来るはずがないのだから。
「公務だ」
アシュ様は短く答えると、騎士が持っていた羊皮紙をひったくった。
「現在、私はリディア・エルヴァイン嬢から提出された『名誉回復請求』および『慰謝料請求』に関する特別監査を行っている。この場における一切のトラブルは、私の管轄下にあると心得よ」
「か、監査だと? そんな話は聞いていないぞ!」
「今言った。……さて」
アシュ様は殿下の抗議を完全に無視し、手にした『脅迫状』に視線を落とした。
「これが、リディア嬢が書いたとされる証拠か」
「そ、そうだ! 見ろ、エルヴァイン家の封蝋が押されているだろう! これはまごうことなき本物……」
「黙っていろ。ノイズだ」
アシュ様の一言で、殿下はパクパクと口を開閉させるだけの置物になった。 アシュ様は懐から片眼鏡(モノクル)を取り出し、封蝋の部分をじっと観察する。 その瞳が、微かに青白く発光している。 『解析(アナライズ)』の魔術だ。
「……ふむ。魔力波形にノイズがある。一見するとエルヴァイン家の魔力パターンに似せているが、粒子の配列が粗雑だ。安物の模倣魔道具(コピー・アーティファクト)を使ったな」
「なっ……!?」
騎士たちが動揺して顔を見合わせる。 アシュ様は顔を上げ、私の方を振り返った。
「リディア嬢。手を」
「は、はい?」
「照合を行う。早く」
有無を言わせぬ口調に、私はおずおずと右手を差し出した。 アシュ様は躊躇なく私の手を取り、彼自身の白く長い指を、私の指に絡ませるようにして握った。
ドクン、と心臓が跳ねた。
冷たい。 彼の指先はひんやりとしていて、でも触れている部分から不思議な熱が伝わってくる。 男性にこんなふうに手を握られたのは、社交ダンス以外では初めてかもしれない。 しかも相手は、あの氷の宰相様だ。
「じっとしていろ」
アシュ様は私の反応など意に介さず、真剣な眼差しで私の手を見つめている。 距離が、近い。 整いすぎた彼のまつ毛の一本一本まで数えられそうな距離だ。 吐息がかかりそうで、私は思わず息を止めた。
「……やはりな」
数十秒ほどの沈黙の後、アシュ様は私の手を離した。 なんだか急に寒くなった気がして、私は自分の手をもう片方の手で包み込む。
「結論が出た」
アシュ様は殿下たちに向き直り、手にしていた脅迫状をパラリと放り投げた。
「この手紙は偽物だ。封蝋に含まれる魔力残滓と、リディア嬢の生体魔力波長(バイオ・マナ)が一致しない。完全に別物だ」
「な、バカな! そんなはずは……!」
殿下が叫ぶが、アシュ様は冷徹に言葉を重ねる。
「『証拠は嘘をつけない。誓約印はもっと嘘をつけない』。……ルミナリアの法格言を知らないわけではあるまい? この封蝋は、リディア嬢の魔力を外部から強制的に模写しようとした痕跡がある。これは重大な違法行為だ」
宰相の断言。 それはこの国において、裁判官の判決にも等しい重みを持つ。
「くっ……! で、でも、ミレイユがいるじゃないか! 彼女は怯えている! やはり無理やり連れてこられたに違いない!」
殿下は往生際悪く、今度はミレイユ様に矛先を向けた。 私はすっと横に移動し、ミレイユ様の姿を見せた。
「ミレイユ様。ご自身の口で、真実をおっしゃってください。アシュ様の前でなら、誰もあなたを傷つけることはできませんわ」
私の言葉に、ミレイユ様は顔を上げた。 彼女は深呼吸をし、震える足で一歩前へ出る。 そして、殿下を真っ直ぐに見つめた。
「……殿下。私は、自分の意思でここに参りました」
「え?」
「リディア様に謝りたくて、自分の足で来たのです。脅迫なんてされていませんし、手紙なんて受け取っていません!」
その声は小さかったけれど、はっきりとした拒絶の響きがあった。
「そ、そんな……。ミレイユ、君は騙されているんだ! 目を覚ませ!」
「いいえ、目が覚めたのは私の方です! もう、あんなお飾り人形のような扱いはたくさんです!」
ミレイユ様の叫びに、殿下は呆然と立ち尽くした。 信じていた『運命の愛』の相手から、公衆の面前で拒絶されたのだ。そのショックは計り知れないだろう。
「レオンハルト王太子」
アシュ様が静かに、しかし絶対的な響きを持って告げた。
「これ以上の騒ぎは、王家の品位に関わる。即刻立ち去ることを推奨する。……それとも、この場にて『公文書偽造』および『住居不法侵入』の罪で、貴殿の部下たちを拘束する必要があるか?」
殿下の顔が赤から青へ、そして白へと変わっていく。 彼はギリギリと歯を食いしばり、私とアシュ様、そしてミレイユ様を交互に睨みつけた。
「……覚えていろ! このままでは終わらせんぞ!」
またしても捨て台詞。 殿下はマントを翻し、逃げるように部屋を出て行った。 騎士たちも慌ててその後を追う。
嵐が去った後の静寂が、部屋に戻ってきた。 ミレイユ様はその場にへたり込み、ニナが慌てて駆け寄る。
私はほっと息を吐き、アシュ様に向き直った。
「助かりました、アシュ様。素晴らしいタイミングでしたわ」
「計算通りだ。君の屋敷へのルートと到着時間を逆算し、最も効果的な介入ポイントを選んだ」
彼は無表情のまま答える。 本当に、どこまで合理的思考回路なのかしら。
「しかし、これで確証が得られた」
アシュ様は私の目をじっと見つめた。
「彼らは手段を選ばない。偽造証拠、不法侵入、そして聖女の政治利用。……君一人で戦うには、相手が腐りすぎている」
「ええ。ですが、私にはアシュ様という最強の監査役がいますから」
「監査役、か。……それだけでは不十分だ」
「はい?」
アシュ様は一歩、私に近づいた。 先ほどの手の感触を思い出し、私は思わず身構える。
「彼らは今後、法的手段だけでなく、世論や政治的圧力をかけてくるだろう。『王太子に逆らう悪役令嬢』というレッテルを最大限利用してな。それを防ぐには、君にも同等の政治的後ろ盾が必要だ」
彼は真剣な眼差しで、爆弾発言を投下した。
「リディア。私の『政治的盾』になれ」
「は……盾、ですか?」
「そうだ。私は君を守る。その代わり、君は私の妻という立場を利用して、貴族院や教会の干渉を跳ね除けろ。……つまり」
彼は一度言葉を切り、まるで重要な契約事項を読み上げるかのように告げた。
「私と結婚しろ。これは、互いの生存戦略を最適化するための契約だ」
……はい? 今、この氷の宰相様は、プロポーズ(仮)をなさいました? しかも、愛の欠片もない、ガチガチの業務提携みたいな口調で。
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