「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人

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第九話 婚約発表会、開催!……え、宰相様が嫉妬? まさかね?

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 そして迎えた、決戦の夜。  王宮の大ホールは、一週間前の舞踏会を遥かに凌ぐ熱気と緊張感に包まれていた。

 今夜のメインイベントは、国中の誰もが知るところとなっていた。  『レオンハルト王太子と聖女ミレイユの成婚発表』。  教会と王家が強引に推し進めた、あの茶番劇のクライマックスだ。

 会場の入り口付近では、招待客たちがひそひそと噂話を交わしている。 「聞いたか? 聖女様、体調が優れないのに無理やり式を挙げさせられるとか」 「王太子殿下も、最近やつれておられるそうだぞ」 「リディア様をあんな風に追い出した祟りじゃないか?」

 ふふっ、民衆の声(ゴシップ)は味方についているようね。  私は馬車の中で、ドレスの裾を整えながら不敵に微笑んだ。

「準備はいいか、リディア」

 隣に座るアシュ様が、静かに声をかけてきた。  今夜の彼は、いつもの宰相服ではない。  漆黒の夜会服に、銀糸の刺繍が施された特別な礼装。胸元には勲章ではなく、私が選んだ青いバラのブートニアが飾られている。  その姿は、息を呑むほどに美しく、そして鋭利な刃物のように冷ややかだった。

「ええ、完璧ですわ。……少し緊張して、胃がキリキリしますけれど」

 あ、しまった。  『嘘がつけない契約』のせいで、「余裕ですわ」と言うつもりが、弱音が出てしまった。

 私が慌てて口を押さえると、アシュ様はふっと表情を緩めた。

「正直でよろしい。だが心配するな。君の胃痛の原因(ストレス源)は、私がすべて排除する」

 彼は自然な動作で私の手を取り、その甲に口づけを落とした。

「君はただ、私の隣で堂々と笑っていればいい。……そのドレス、よく似合っている。計算された露出度と色彩配置が、君の戦闘意欲を最大限に引き立てていて美しい」

 ドクン、と心臓が跳ねる。  相変わらず褒め方が理屈っぽいけれど、嘘のない言葉だとわかっているからこそ、破壊力が凄まじい。  今日のドレスは、深いミッドナイトブルー。アシュ様の瞳の色に合わせた、私の『本気』の印だ。

「……アシュ様こそ。その、とても……素敵です」

「感謝する。君に合わせるために、生地の選定から三時間も浪費した甲斐があった」

 えっ?  この仕事人間が、服選びに三時間も?  私と合わせるために?

 驚いて顔を見上げると、アシュ様はすっと視線を逸らした。  ……耳が赤い。  この『契約婚』、私の心臓に対して殺傷能力が高すぎる気がする。

 馬車が止まり、扉が開かれた。  さあ、反撃の狼煙を上げる時間だ。

 ◇

 会場に入ると、ちょうど壇上で枢機卿が演説を行っている最中だった。  豚のように肥え太った男が、大げさな身振り手振りで叫んでいる。

「神の導きにより、王太子殿下と聖女ミレイユ様の結合がここに示された! これこそが国の繁栄を約束する聖なる儀式である!」

 その横には、虚ろな目をしたレオンハルト殿下と、今にも倒れそうなほど青白い顔をしたミレイユ様が立っていた。  まるで生贄の儀式だ。会場の空気も重苦しい。

「……到着が遅れたようだな」

 その重い空気を切り裂くように、アシュ様のよく通る声が響き渡った。

 一瞬で会場が静まり返る。  数千人の視線が、入り口に立つ私たちに集中した。    アシュ様は私の腰をしっかりと抱き寄せ、悠然と歩き出した。  人々が割れる。モーゼの海割りのように、王宮の中央に道ができる。

「ヴァレンシュタイン宰相!?」 「隣にいるのは……まさか、リディア様?」 「なんて美しい組み合わせだ……」 「お似合いすぎて怖い」

 ざわめきの中、私たちは真っ直ぐに壇上へと向かった。  枢機卿が慌てて叫ぶ。

「な、なんだ貴様らは! 今は神聖な儀式の最中だぞ! 不敬であろう!」

「不敬? これは異なことを」

 アシュ様は歩みを止めず、冷徹に言い放った。

「国家の重要行事において、筆頭宰相である私の承認を得ていない『婚姻』など、法的には無効だ。手続き上の不備を指摘しに来てやったのだから、感謝こそされよ」

 壇上の下まで来ると、アシュ様は私をエスコートして階段を上がった。  レオンハルト殿下が、ぎょっとして後ずさる。

「ア、アシュ宰相……それに、リディア……」

 殿下の視線が、私のドレス姿に釘付けになるのがわかった。  未練たらたらの、粘着質な視線。  気持ち悪い。

 すると、アシュ様がすっと私の前に立ち、殿下の視線を遮った。

「……見すぎだ」

 低く、地を這うような声。

「その目は不愉快だ。私の妻を、汚らわしい視線で汚すな」

 会場がどよめいた。  「妻」? 今、「妻」と言ったのか?

「つ、妻だと……? 貴様、本気で……」

 殿下が震える声で問う。アシュ様は鼻で笑った。

「ああ。本日この場を借りて、正式に発表させてもらう」

 アシュ様は私の肩を抱き、高らかに宣言した。

「私、アシュ・ヴァレンシュタインは、リディア・エルヴァイン侯爵令嬢と婚姻契約を結んだ! 彼女は本日より、宰相夫人として私の隣に立つ!」

 ドガァァン!  という衝撃音が聞こえるほどのインパクトだった。  会場中がパニックに近い興奮状態に陥る。

「あの氷の宰相が結婚!?」 「しかも相手は、王太子を振った(と噂の)リディア様!」 「最強のカップル誕生じゃないか!」

 私はアシュ様の隣で、優雅に微笑んでみせた。

「皆様、お騒がせしております。先日、殿下より『愛さない』という素晴らしい自由をいただきましたので、より合理的で信頼できるパートナーを選ばせていただきました」

 皮肉たっぷりの挨拶に、会場からクスクスと笑い声が漏れる。  殿下の顔は真っ赤だ。

「ふ、ふざけるな! リディアは私のものだ! 私が捨てたからといって、勝手に……!」

「訂正しろ」

 アシュ様が言葉を遮る。

「彼女は『モノ』ではない。それに、貴殿が捨てたのではない。彼女が貴殿を『見切った』のだ。……その価値の違いもわからない愚か者には、彼女のドレスの裾に触れる資格もない」

 アシュ様の手が、私の腰をぐっと強く引き寄せた。   「それに……彼女は私のものだ。誰にも渡すつもりはない。たとえ王族であろうと、彼女に触れようとする者は、私が全力で排除する」

 ……えっ。  ちょっと、アシュ様?  今のセリフ、契約書の「相互不可侵条約」とか「政治的パートナー」の範疇を越えていませんか?  『嘘がつけない』はずなのに、まるで独占欲の塊みたいな言い方ですけど!

 見上げると、アシュ様は不機嫌そうに眉を寄せ、殿下を睨みつけている。  その横顔は、いつもの冷静な宰相ではなく、ただの『嫉妬深い男』に見えた。    心臓がうるさい。  これは演技? それとも……?

 その時、蚊帳の外に置かれていたミレイユ様が、小さく動いた。  彼女は震える手でベールを持ち上げ、私と目を合わせた。

 ――今よ、ミレイユ!  私が目配せを送ると、彼女は意を決したように一歩前へ出た。

「お、お待ちください!」

 ミレイユ様の叫び声に、注目が集まる。

「私は……この結婚に同意しておりません! これは教会が無理やり……!」

「なっ、ミレイユ! 何を言う!」

 枢機卿が慌てて彼女の腕を掴もうとする。  しかし、それより早く私が動いた。

「おやめなさい! 女性の腕を乱暴に掴むなんて、聖職者のすることですの?」

 私は扇子で枢機卿の手をピシャリと叩いた。

「この方は『嫌だ』とおっしゃっています。本人の意思に基づかない契約は無効。それはこの国の法の基本ですわよ?」

「黙れ悪女め! これは神の意志だ!」

 枢機卿が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

「貴様のような嘘つき女に、神聖な儀式を妨害する権利などない! そうだ、ここに証拠があるぞ!」

 枢機卿は懐から、一枚の黒い羊皮紙を取り出した。  来た。  彼らの切り札だ。

「リディア・エルヴァイン! 貴様こそ、黒魔術を使って聖女ミレイユを洗脳し、王太子殿下に呪いをかけた張本人だ! この『呪詛の契約書』が証拠だ! 異端審問官よ、この魔女を捕らえよ!」

 会場がどよめき、悲鳴が上がる。  教会の影から、武装した異端審問官たちが現れ、私たちを取り囲もうとする。

 黒魔術。呪い。  貴族社会において、これ以上の汚名はない。  完全に私を社会的に抹殺しに来たのだ。

 けれど。

 私はアシュ様と顔を見合わせ、ニヤリと笑った。  アシュ様もまた、凶悪なほど楽しげに口角を上げている。

「……愚かだな」

 アシュ様が呟く。

「私の妻に向かって『嘘つき』呼ばわりとは。……その言葉、そっくりそのまま返してもらおうか」

 アシュ様が指を鳴らすと、会場の空気が一変した。  宰相府の精鋭魔導士たちが、天井裏から一斉に姿を現し、異端審問官たちに杖を向けたのだ。

「さあ、始めようか。どちらが『本物の嘘つき』か……この場で白黒はっきりさせる『公開裁判』の開廷だ!」

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