「魔力がない」と婚約破棄されましたが、私を拾ったのは剣聖と呼ばれる傭兵王でした〜金で地位を買った元婚約者様、私の夫に勝てると思いましたか?〜

放浪人

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第四話:ギルドとの交渉〜廃棄寸前のガラクタは、騎士殺しの最強兵器でした〜

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 北の峠での「オーガロード討伐」という大仕事を成し遂げ、私たち『鉄の牙』は凱旋した。  懐には、追加報酬を含めた金貨五百枚。  砦の金庫に久しぶりに黄金の輝きが戻り、傭兵たちの顔にも余裕と笑顔が戻っていた。  だが、私――エリス・フォン・ローゼンバーグには、息つく暇などない。  金は、持っているだけでは意味がないのだ。適切なタイミングで、適切なモノに投資してこそ、その価値を何倍にも膨らませることができる。

 砦の執務室で、私は羊皮紙に書き出した「買い物リスト」を指で弾いた。

「団長、支度はいいですか? 今日は大掛かりな買い出しになりますよ」

 私の向かいで、ヴォルフガングが窮屈そうに襟元を寛げている。  彼は戦闘中こそ「剣聖」の名に相応しい鬼神の如き強さを見せるが、平時はただの気のいい兄ちゃんだ。特に、細かい計算や交渉事となると、途端に借りてきた猫のように大人しくなる。

「おう、わかってる。武器と防具の補充だろ? みんなの装備、ガタがきてるからな。……で、予算はいくらだ?」 「金貨三百枚です」 「さ、三百!? 全財産の半分以上じゃねぇか! おいおい、大丈夫なのかよ。せっかく稼いだのに、またすっからかんになるぞ」

 ヴォルフガングが目を丸くして驚く。  確かに、一回の買い物としては破格の金額だ。しかし、これは浪費ではない。生存のための必要経費だ。

「前回の戦いで痛感しました。個々の戦闘力において、あなたの部下たちは優秀です。ですが、装備があまりにも貧弱すぎます。刃こぼれした剣、革紐の切れた鎧、底の抜けたブーツ……これでは、正規軍とぶつかった時に消耗戦を強いられます」

 私は彼を真っ直ぐに見つめた。

「傭兵にとって、身体と装備は商売道具です。ここに金を惜しんではいけません。それに、私が狙っているのは、ただの剣や槍ではありません」 「じゃあ、何を買うんだ?」 「『騎士殺し』です」

 私が不敵に微笑むと、ヴォルフガングは背筋が寒くなったのか、ブルリと身震いをした。

「……お前、たまにすげぇ悪い顔するよな。元婚約者への恨みか?」 「いいえ、純粋な戦術的判断ですわ。さあ、行きますよ。商工会の古狸たちから、骨の髄までしゃぶり尽くしてやりましょう」

          ◇

 再び訪れた商業都市ベルン。  今回は冒険者ギルドではなく、街の裏通りに倉庫を構える、武具専門の大手商会「ゴルド商会」へと足を運んだ。  ここは大陸中の武器を取り扱う老舗で、質の良い剣から怪しげな魔法道具まで、金さえ出せば何でも手に入ると言われている。

 薄暗い倉庫の中は、鉄と油、そして革のむせ返るような匂いが充満していた。  天井まで積み上げられた木箱の山。壁一面に掛けられた槍や盾。  その奥から、恰幅の良い禿頭の男が、揉み手をしながら現れた。この商会の主、ガストンだ。

「いらっしゃいませぇ! おやおや、これは『鉄の牙』のヴォルフガング団長ではありませんか! オーガロード討伐の噂、聞いておりますよぉ。いやはや、まさに英雄の所業!」

 ガストンは愛想笑いを浮かべながら、値踏みするような視線を私たちに向けた。  商人の目は正直だ。ヴォルフガングの腰にある大袋――金貨の詰まった袋を見て、瞳孔が開いている。

「今日はどのようなご用件で? 新入荷のミスリル銀の剣などいかがです? それとも、ドワーフ製の剛金鎧?」 「……いや、俺が決めるんじゃねぇ。こっちの軍師様だ」

 ヴォルフガングが親指で私を指す。  ガストンは私を見て、一瞬きょとんとし、すぐに侮るような色を目に浮かべた。  無理もない。武骨な男たちの世界に、場違いな令嬢が一人。  世間知らずのお姫様が、男の趣味に付き合っているだけだと思ったのだろう。

「おや、可愛らしいお嬢さんで。アクセサリーをお探しかな? 護身用の短剣なら、宝石をあしらった綺麗なものが――」 「倉庫の『奥』を見せていただけますか?」

 私はガストンのセールストークを遮り、冷徹な声で告げた。

「表に並んでいるような、見栄えだけの新品には興味がありません。私が探しているのは、実戦で使える『数』です。……たとえば、十年ほど前の大戦で使われ、その後、平和になって需要がなくなり、倉庫の肥やしになっているような『不良在庫』などはありませんか?」

 ガストンの笑顔が凍りついた。  図星だ。  商人は在庫を嫌う。特に、場所を取る武具の在庫は、保管料だけで利益を食いつぶす厄介者だ。

「……はて、何のことやら。うちは常に最新の――」 「とぼけないでください。先ほど入り口で、木箱のラベルを見ました。『東方遠征軍・払い下げ品』とありましたね。あれは十五年前の戦争で使われた装備のはず。メンテナンスもされず、ただ錆びていくのを待つだけの鉄屑……処分に困っているのではないですか?」

 私は畳み掛ける。  商売の基本は、相手の弱みを握ることだ。

「うぐっ……」 「もし、それらをまとめて引き取る客がいたら、どうします? 二束三文でも、ゴミがお金に変わるのなら、商売人として悪い話ではないはずですが」

 ガストンは脂汗を拭い、観念したように溜息をついた。

「……参りましたな。お嬢さん、ただ者ではないようだ。……いいでしょう、こっちです」

 案内されたのは、倉庫のさらに奥。  埃っぽい空気が漂う一角に、無造作に積み上げられた木箱の山があった。  ガストンがその一つをバールでこじ開ける。

 中に入っていたのは、埃と油にまみれた、奇妙な形状の『弓』だった。  通常の弓とは違い、横向きに張られた弦と、銃のような引き金がついている。

「これだ……」

 私は思わず息を呑んだ。  探していたものだ。  『クロスボウ』、あるいは『石弓』と呼ばれる射撃兵器。

「なんだこりゃ? 弓か? 随分と短けぇし、弦が硬すぎて引けそうにねぇぞ」

 ヴォルフガングが一本手に取り、弦を指で弾いて首を傾げた。  無理もない。この国では、騎士道精神に反するとして、クロスボウはあまり普及していない。  剣と槍で正々堂々と戦うのが美徳とされ、遠距離から一方的に攻撃できるこの武器は『卑怯者の道具』として忌避されているのだ。

「ええ、これは『不良品』ですわ」

 ガストンが吐き捨てるように言った。

「東方の国から輸入したんですがね、騎士様たちには不評でして。『あんな重いもの持って走れるか』『連射が利かない』『装填に時間がかかりすぎる』と、散々な言われようです。結局、一つも売れずにこの有様ですよ」

 確かに、クロスボウには欠点がある。  重い。  再装填(リロード)に時間がかかる。  熟練の弓使いなら、クロスボウが一発撃つ間に、三発の矢を放つことができるだろう。

 だが、私にはわかっていた。  この武器の真価は、そこではない。

「……ガストンさん。ここにある在庫、すべて買い取ります」 「は、はい!? す、すべてですか? 五百丁はありますよ!?」 「ええ。ただし、状態が悪すぎます。弦は張り替えが必要ですし、トリガーのバネも錆びついている。……一丁につき銀貨一枚。五百丁で金貨五枚。それが妥当な値段でしょう」

「ご、金貨五枚!? 無茶苦茶だ! 仕入れ値の十分の一にもなりませんよ!」 「では、このままあと十年、倉庫の肥やしにしますか? その間の倉庫代だけで赤字ですよ? それに、私たちはこれ以外にも、槍や剣、メンテナンス用の油や砥石も大量に購入する予定です。そちらは定価で買わせていただきます。……トータルで見れば、あなたにとっても大きな利益になるはずですが」

 私はヴォルフガングに目配せをした。  彼は察して、懐から金貨の入った袋を取り出し、ジャラジャラと重そうな音をさせてみせた。  現金の音。  それが、商人の理性を揺さぶる一番の音楽だ。

「……くっ、わかりました! 持っていってください! その代わり、返品は不可ですよ!」

 ガストンは泣きそうな顔で承諾した。  私は心の中でガッツポーズをした。  勝った。  金貨五枚で、五百丁のクロスボウ。  これはただの買い物ではない。革命の準備だ。

「ヴォルフ、運搬の手配をお願いします。それと、鍛冶屋にも寄りますよ。交換用のパーツを特注します」 「おいおい、本気かエリス? こんなガラクタ、何の役に立つんだ?」

 ヴォルフガングはまだ半信半疑の様子だ。  私は埃まみれのクロスボウを愛おしそうに撫で、彼に微笑みかけた。

「ガラクタではありません。これは『魔法』ですわ。誰でも、修行なしで、騎士の鎧を貫ける……『物理学』という名の魔法です」

          ◇

 砦に戻ると、私はすぐに『鉄の牙』の鍛冶部門と工作班を総動員した。  買ってきたクロスボウを分解し、錆を落とし、油を差す。  劣化した弦は、新しく購入した強靭な麻ひもと獣の腱をより合わせたものに張り替える。  さらに、私は設計図を引いて、ある『部品』を追加させた。

 それは、足踏み式の『鐙(あぶみ)』だ。  クロスボウの先端に金属の輪を取り付け、そこに足をかけて全身の力で弦を引き上げる。  これなら、腕力のない者でも、強力な弦を装填することができる。

「へぇ、なるほどな。テコの原理ってやつか」

 ヴォルフガングが感心したように覗き込んでくる。

「ええ。これなら、背筋力を使えば女性でも引けます。それに、もう一つ工夫があります」

 私は矢(ボルト)の先端を見せた。  通常の矢じりよりも細く、鋭く尖らせた、四角錐の形状。  これも鍛冶屋に特注で作らせたものだ。

「『徹甲ボルト』です。先端を鋭利にすることで、接触面積を減らし、運動エネルギーを一点に集中させます。理論上、純銀のプレートアーマー程度なら、紙のように貫通します」

「……お前、たまに怖ぇこと言うよな」

 数日後。  砦の裏庭で、試射会が行われた。  的として用意されたのは、倉庫に転がっていた古い鉄の胸当てだ。厚さは数ミリ。並の剣では傷一つつかない頑丈なものだ。

「では、団長。試しにお願いします」

 私は調整の済んだクロスボウをヴォルフガングに渡した。  彼は不慣れな手つきで先端の鐙に足をかけ、グッと弦を引き上げた。カチリ、とトリガーに弦が固定される音がする。  溝にボルトをセットし、彼は的を狙った。

 構えは様になっていない。剣士の構えだ。  だが、クロスボウの良いところは、そこにある。  弓のように、長年の修練で筋力を鍛えたり、呼吸を整えて狙いを定めたりする必要がない。  肩に当て、照準を覗き込み、ただ引き金を引くだけ。  「狙って、撃つ」。それだけの単純作業だ。

「いくぞ」

 バシュッ!!

 乾いた破裂音と共に、ボルトが放たれた。  目にも止まらぬ速さで飛翔したそれは、三十メートル先の鉄の胸当てに直撃した。

 ガキンッ!!

 甲高い金属音が響き、的が大きく揺れる。  傭兵たちが駆け寄って確認すると、そこには信じられない光景があった。

「お、おい見ろよ! 貫通してるぞ!」 「マジか!? あの鉄板を!?」 「裏側まで突き抜けて、後ろの木に刺さってる!」

 どよめきが広がる。  ヴォルフガング自身も、手元の武器と的を交互に見て、目を丸くしていた。

「……すげぇ威力だ。剣をフルスイングした時以上の衝撃がある。しかも、反動がほとんどねぇ」

「それがクロスボウです」

 私は胸を張って説明した。

「弓は、引いている間ずっと力を込め続けなければなりませんが、クロスボウは機械的に弦を固定するため、狙いをつけることに集中できます。そして、発射されるエネルギーは弓の数倍。射程距離は弓に劣りますが、近・中距離での貫通力は最強です」

 私は周囲の傭兵たちを見回した。

「あなたたちは剣のプロですが、全員が剣聖になれるわけではありません。ですが、この武器なら、今日入団した新入りでも、十年修行した騎士を殺せます。……わかりますか? これは『弱者が強者を喰う』ための兵器なのです」

 シン、と静まり返る中庭。  傭兵たちの目に、熱い光が宿り始めた。  彼らは理解したのだ。  自分たちが手にしようとしている力が、どれほど理不尽で、どれほど強力なものかを。

 ヴォルフガングが、ニヤリと笑った。

「……気に入った。こいつはいい『おもちゃ』だ。エリス、こいつを全員に行き渡らせろ。使い方の訓練も頼む」 「了解しました。……それと、団長。一つ訂正を」 「あ?」 「おもちゃではありません。『商品』です。私たちの命を守り、敵の命を奪う、大切な商売道具です。大事に扱ってくださいね」

 こうして、『鉄の牙』は生まれ変わった。  剣と槍だけの古臭い傭兵団から、最新鋭の射撃兵器で武装した、近代的な戦闘集団へと。  五百丁のクロスボウ。  それは、来るべき騎士団との戦いにおいて、彼らのプライドごと粉砕する切り札となる。

          ◇

 一方その頃。  王都の王立騎士団本部では、対照的な光景が繰り広げられていた。

「おお! 素晴らしい! これぞ我がアイゼンベルク家に相応しい輝きだ!」

 団長室の鏡の前で、フェルディナンドはうっとりと自分の姿を見つめていた。  彼が身につけているのは、本日納品されたばかりの、特注のフルプレートアーマーだ。  表面には惜しげもなく純銀のメッキが施され、胸部には家紋である鷲のレリーフが黄金で描かれている。肩や膝のパーツには、ルビーやサファイアが埋め込まれ、シャンデリアの光を受けて煌びやかに輝いていた。

「フェルディナンド様ぁ、とっても素敵ですわぁ! まるで童話の王子様みたい!」

 新しい婚約者、ミリアが手を叩いてはしゃいでいる。  部屋の隅には、揉み手をする防具屋の主人が控えていた。

「お気に召していただけて光栄です、団長閣下。総額、金貨二千枚となりますが……」 「ふん、金のことなど気にするな。騎士団の経費で落としておけ。……それにしても、重いな。少し歩きにくい」

 フェルディナンドがガシャンガシャンと音を立てて歩く。  見た目は豪華絢爛だが、その重量は四十キロを超えている。純銀という比重の重い金属を使った弊害だ。しかも、装飾を優先したため、関節部分の可動域が極端に狭くなっている。  これでは、馬に乗るのも一苦労だし、一度転倒したら一人では起き上がれないだろう。

「それが『威厳』というものですわ、フェルディナンド様。重みこそが、歴史の重みですのよ」 「うむ、ミリアの言う通りだ。……それに比べて、あの女は貧乏くさいことばかり言っていたな」

 フェルディナンドは鼻で笑った。  エリスのことだ。  彼女がいた頃は、「予算が」「実用性が」「メンテナンスが」と小言ばかりで、新しい装備一つ買うのにも苦労した。  だが、今は違う。  邪魔者は消え、騎士団は私のものだ。

「そういえば団長、最近妙な噂を耳にしました」

 側近の騎士が、眉をひそめて報告した。

「北の国境付近で、あの『鉄の牙』という傭兵団が、オーガロードの群れを壊滅させたとか。しかも、被害ゼロで」 「はっ、馬鹿馬鹿しい。どうせ盛った話だろう。野良犬どもが、そんな大戦果を挙げられるわけがない」

 フェルディナンドは取り合わなかった。  傭兵など、金で動く卑しい連中だ。騎士のような高潔な精神も、洗練された剣技も持たない。  オーガロード討伐など、まぐれか、あるいは商人を脅して手柄を捏造したに決まっている。

「放っておけ。そんなことより、来月の観兵式の準備だ。この新しい鎧を、国民にお披露目せねばならんからな」

 フェルディナンドは鏡の中の自分に陶酔し、ポーズを取った。  彼は気づいていない。  その煌びやかな鎧が、戦場においてはただの『重り』であり、敵にとっては格好の『的』でしかないことを。  そして、北の空から、不穏な暗雲が近づいていることを。

          ◇

 数日後。  砦の執務室で、私は一通の手紙を受け取った。  差出人は不明。封蝋には、隣国の紋章が押されている。  中身を読んだ私は、思わず口元を緩めた。

「……来ましたね」

 それは、戦争への招待状だった。  隣国が、国境付近の領有権を巡って、軍を動かしたのだ。  そして、我が国の王都からも、緊急の伝令が走っているはずだ。  『王立騎士団、出撃せよ』と。

 時は来た。  私が整えた舞台で、私が育てた役者たちが、あの愚かな騎士たちを踊らせる時が。

「団長、準備はいいですか?」

 私は窓の外、整列してクロスボウの手入れをする傭兵たちを見下ろしながら、背後のヴォルフガングに声をかけた。  彼は愛剣「黒牙」を背負い、不敵な笑みを浮かべていた。

「おうよ。いつでもいけるぜ、軍師様。……で、最初の獲物はどっちだ? 隣国の軍か? それとも……」 「両方です。ですが、メインディッシュはあくまで、フェルディナンド様の騎士団ですわ」

 私は手紙を握りつぶした。  さあ、戦争の時間だ。  金で買った偽りの栄光が、泥と血に塗れる様を、特等席で見せていただきましょう。
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