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第14話:甘い時間と縮まる距離
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王妃様主催のガーデンパーティーまで、あと一週間。
私たちは、新作スイーツ『宝石のショートケーキ』の最終調整に追われていた。
「クリームの甘さは、もう少し控えめにした方が上品かしら……」
「苺の酸味とのバランスが重要だな……」
工房で、ギルさんと議論を重ねる毎日。
そんなある日のことだった。
「……また、何か変なものを作っているのか」
不意に、工房の入り口から不機身な声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは、腕を組んで呆れたような顔をしているアレクシス様だった。
「あ、アレクシス様!? なぜここに……」
「近くを通りかかっただけだ。……それにしても、甘ったるい匂いだな。何かの毒薬か?」
相変わらずの、憎まれ口。
でも、彼の赤い瞳が、テーブルの上のショートケーキに釘付けになっているのを、私は見逃さなかった。
「ふふっ、毒薬ではありませんわ。『幸せになるお菓子』です」
私は、いたずらっぽく笑って見せた。
「よろしければ、毒見……いえ、味見、いかがですか?」
「……フン。お前がどうしてもと言うなら、仕方なくだ」
アレクシス様は、そう言いながらも、素直に椅子に腰掛けた。
私は、一番出来の良いショートケーキを切り分けて、彼の前に差し出す。
彼は、フォークの使い方がわからないのか、少し戸惑っている。
この世界には、まだケーキを食べる文化がないのだ。
「こうやって、召し上がってください」
私が手本を見せると、彼はぎこちない手つきで、ケーキを一口、口に運んだ。
次の瞬間。
アレクシス様の赤い瞳が、カッと見開かれた。
「……な、なんだ、これは……!?」
驚きで、言葉を失っている。
口の中でとろけるクリームの甘さと、スポンジの柔らかさ。
苺の爽やかな酸味。
彼が今まで味わったことのない、未知の食感と味のハーモニーだったに違いない。
「美味しい、でしょう?」
私がにっこり笑いかけると、彼はハッとして、慌てて表情を険しくした。
「……まあ、食えなくはない」
そう言いながらも、フォークを動かす手は止まらない。
あっという間に、一皿をぺろりと平らげてしまった。
その様子が、なんだか子供みたいで、私は思わずクスリと笑ってしまった。
「……何がおかしい」
「いえ、別に」
それからというもの、アレクシス様は「散歩のついでだ」とか「見回りの一環だ」とか、何かと理由をつけては、毎日私たちの工房に顔を出すようになった。
そして、決まって、私の作る試作品のスイーツの『毒見役』をかってでるのだ。
「今日のこれは、少し甘すぎる」
「こっちの焼き菓子は、悪くない」
ぶっきらぼうな感想を言いながらも、彼がいつも完食してくれることを、私は知っていた。
甘い香りに包まれた工房で、二人きりで過ごす時間。
それは、私にとって、かけがえのない大切なひとときになっていた。
彼の口数は少ないけれど、一緒にいると、心が安らぐ。
彼も、私の前では、少しだけ素直な表情を見せてくれるようになった気がする。
「……なあ」
ある日、彼がポツリと呟いた。
「お前は……その、なんだ。なぜ、俺を怖がらない」
それは、ずっと彼が抱いていた疑問なのかもしれない。
誰もが彼を“呪われ王子”と呼び、恐れ、遠ざけるのに。
私は、にっこりと笑って答えた。
「だって、アレクシス様は、本当はとてもお優しい方ですから」
「……っ!」
彼は、息を呑んで、顔を赤らめた。
その反応が可愛らしくて、私の胸は、きゅんと高鳴った。
この気持ちは、なんなんだろう。
ただの、ビジネスパートナーに対する親愛の情?
それとも……。
甘いケーキが、私たちの間の氷を溶かしていく。
しかし、その甘い時間も、長くは続かないことを、私はまだ知らなかった。
私たちの成功を妬む、黒い影が、すぐそこまで迫っていたのだから。
私たちは、新作スイーツ『宝石のショートケーキ』の最終調整に追われていた。
「クリームの甘さは、もう少し控えめにした方が上品かしら……」
「苺の酸味とのバランスが重要だな……」
工房で、ギルさんと議論を重ねる毎日。
そんなある日のことだった。
「……また、何か変なものを作っているのか」
不意に、工房の入り口から不機身な声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは、腕を組んで呆れたような顔をしているアレクシス様だった。
「あ、アレクシス様!? なぜここに……」
「近くを通りかかっただけだ。……それにしても、甘ったるい匂いだな。何かの毒薬か?」
相変わらずの、憎まれ口。
でも、彼の赤い瞳が、テーブルの上のショートケーキに釘付けになっているのを、私は見逃さなかった。
「ふふっ、毒薬ではありませんわ。『幸せになるお菓子』です」
私は、いたずらっぽく笑って見せた。
「よろしければ、毒見……いえ、味見、いかがですか?」
「……フン。お前がどうしてもと言うなら、仕方なくだ」
アレクシス様は、そう言いながらも、素直に椅子に腰掛けた。
私は、一番出来の良いショートケーキを切り分けて、彼の前に差し出す。
彼は、フォークの使い方がわからないのか、少し戸惑っている。
この世界には、まだケーキを食べる文化がないのだ。
「こうやって、召し上がってください」
私が手本を見せると、彼はぎこちない手つきで、ケーキを一口、口に運んだ。
次の瞬間。
アレクシス様の赤い瞳が、カッと見開かれた。
「……な、なんだ、これは……!?」
驚きで、言葉を失っている。
口の中でとろけるクリームの甘さと、スポンジの柔らかさ。
苺の爽やかな酸味。
彼が今まで味わったことのない、未知の食感と味のハーモニーだったに違いない。
「美味しい、でしょう?」
私がにっこり笑いかけると、彼はハッとして、慌てて表情を険しくした。
「……まあ、食えなくはない」
そう言いながらも、フォークを動かす手は止まらない。
あっという間に、一皿をぺろりと平らげてしまった。
その様子が、なんだか子供みたいで、私は思わずクスリと笑ってしまった。
「……何がおかしい」
「いえ、別に」
それからというもの、アレクシス様は「散歩のついでだ」とか「見回りの一環だ」とか、何かと理由をつけては、毎日私たちの工房に顔を出すようになった。
そして、決まって、私の作る試作品のスイーツの『毒見役』をかってでるのだ。
「今日のこれは、少し甘すぎる」
「こっちの焼き菓子は、悪くない」
ぶっきらぼうな感想を言いながらも、彼がいつも完食してくれることを、私は知っていた。
甘い香りに包まれた工房で、二人きりで過ごす時間。
それは、私にとって、かけがえのない大切なひとときになっていた。
彼の口数は少ないけれど、一緒にいると、心が安らぐ。
彼も、私の前では、少しだけ素直な表情を見せてくれるようになった気がする。
「……なあ」
ある日、彼がポツリと呟いた。
「お前は……その、なんだ。なぜ、俺を怖がらない」
それは、ずっと彼が抱いていた疑問なのかもしれない。
誰もが彼を“呪われ王子”と呼び、恐れ、遠ざけるのに。
私は、にっこりと笑って答えた。
「だって、アレクシス様は、本当はとてもお優しい方ですから」
「……っ!」
彼は、息を呑んで、顔を赤らめた。
その反応が可愛らしくて、私の胸は、きゅんと高鳴った。
この気持ちは、なんなんだろう。
ただの、ビジネスパートナーに対する親愛の情?
それとも……。
甘いケーキが、私たちの間の氷を溶かしていく。
しかし、その甘い時間も、長くは続かないことを、私はまだ知らなかった。
私たちの成功を妬む、黒い影が、すぐそこまで迫っていたのだから。
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