4 / 25
第一幕:虚飾の檻、苦悩の日々
第4話:偽りの重荷と孤立
しおりを挟む
辺境への出発の日が近づくにつれ、屋敷の中での私の立場はますます孤立したものとなっていった。使用人たちは私を遠巻きにし、あからさまな軽蔑の視線を向ける者もいた。かつては親しく言葉を交わした侍女たちも、今は私を避けるように通り過ぎていく。まるで、私が何か汚らわしい病気にでもかかったかのように。
「お嬢様、お辛いでしょうが、どうか気を確かに……」
アーニャだけは変わらず私の世話を焼き、慰めの言葉をかけてくれた。彼女の存在がなければ、私はとっくに心の均衡を失っていたかもしれない。
「ありがとう、アーニャ。あなたがいるだけで、私は救われるわ」
「勿体ないお言葉です。私は、お嬢様が無実だと信じております。いつか必ず、真実が明らかになる日が参りますわ」
アーニャの言葉は心強かったが、今の私には、その「いつか」が永遠に訪れないように思えた。
出発の前日、私は荷物をまとめるために自室の整理をしていた。幼い頃からの思い出の品々。その一つ一つが、かつての幸せだった日々を蘇らせ、胸を締め付ける。母の形見のネックレス、初めて刺繍したハンカチ、アラリック王子から贈られた小さなオルゴール……。
(もう、これらも必要ないわね)
私は、それらを無造作に箱に詰めた。過去への未練を断ち切るように。
その時、部屋の扉がノックされ、入ってきたのは継母のエラーラ様だった。彼女はいつものように優雅な微笑みを浮かべていたが、その目には冷ややかな光が宿っていた。
「セラフィナ、準備は進んでいるかしら?」
「……はい、おかげさまで」
「そう。カシアン様は、それはそれはお優しい方だと聞いているわ。あなたも、新しい土地で幸せになれるといいわね」
その言葉は、あまりにも白々しく響いた。彼女が私の幸せなど願っているはずがない。むしろ、私の不幸を喜んでいるのだろう。
「……ありがとうございます、エラーラ様」
私は感情を押し殺し、型通りの返事をした。彼女とこれ以上言葉を交わしたくなかった。
「ああ、それから、イゾルデがあなたに会いたがっていたのだけれど……あの子は今、アラリック殿下との婚約の準備で忙しくて。残念だわ」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。イゾルデが、私に? 何の冗談だろうか。
「……そうですか」
「ええ。あの子は本当に心優しい子だから、あなたのことを心配していたのよ。まあ、あなたがもう少し素直だったら、こんなことにはならなかったのかもしれないけれど」
エラーラ様は、まるで全てが私の責任であるかのように言い放ち、ため息をついた。その偽善的な態度に、私は吐き気すら覚えた。
「では、私はこれで。道中、気をつけてね」
優雅な仕草で部屋を後にするエラーラ様の後ろ姿を見送りながら、私は固く拳を握りしめた。この屈辱を、決して忘れない。いつか必ず、あなたたちの偽りの仮面を剥ぎ取ってみせる。
その夜、私はほとんど眠ることができなかった。明日からの新しい生活への不安と、過去への怒りが入り混じり、心をかき乱した。しかし、不思議と絶望感はなかった。むしろ、この偽りに満ちた屋敷から離れられることに、僅かな解放感すら覚えていた。
「お嬢様、お辛いでしょうが、どうか気を確かに……」
アーニャだけは変わらず私の世話を焼き、慰めの言葉をかけてくれた。彼女の存在がなければ、私はとっくに心の均衡を失っていたかもしれない。
「ありがとう、アーニャ。あなたがいるだけで、私は救われるわ」
「勿体ないお言葉です。私は、お嬢様が無実だと信じております。いつか必ず、真実が明らかになる日が参りますわ」
アーニャの言葉は心強かったが、今の私には、その「いつか」が永遠に訪れないように思えた。
出発の前日、私は荷物をまとめるために自室の整理をしていた。幼い頃からの思い出の品々。その一つ一つが、かつての幸せだった日々を蘇らせ、胸を締め付ける。母の形見のネックレス、初めて刺繍したハンカチ、アラリック王子から贈られた小さなオルゴール……。
(もう、これらも必要ないわね)
私は、それらを無造作に箱に詰めた。過去への未練を断ち切るように。
その時、部屋の扉がノックされ、入ってきたのは継母のエラーラ様だった。彼女はいつものように優雅な微笑みを浮かべていたが、その目には冷ややかな光が宿っていた。
「セラフィナ、準備は進んでいるかしら?」
「……はい、おかげさまで」
「そう。カシアン様は、それはそれはお優しい方だと聞いているわ。あなたも、新しい土地で幸せになれるといいわね」
その言葉は、あまりにも白々しく響いた。彼女が私の幸せなど願っているはずがない。むしろ、私の不幸を喜んでいるのだろう。
「……ありがとうございます、エラーラ様」
私は感情を押し殺し、型通りの返事をした。彼女とこれ以上言葉を交わしたくなかった。
「ああ、それから、イゾルデがあなたに会いたがっていたのだけれど……あの子は今、アラリック殿下との婚約の準備で忙しくて。残念だわ」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。イゾルデが、私に? 何の冗談だろうか。
「……そうですか」
「ええ。あの子は本当に心優しい子だから、あなたのことを心配していたのよ。まあ、あなたがもう少し素直だったら、こんなことにはならなかったのかもしれないけれど」
エラーラ様は、まるで全てが私の責任であるかのように言い放ち、ため息をついた。その偽善的な態度に、私は吐き気すら覚えた。
「では、私はこれで。道中、気をつけてね」
優雅な仕草で部屋を後にするエラーラ様の後ろ姿を見送りながら、私は固く拳を握りしめた。この屈辱を、決して忘れない。いつか必ず、あなたたちの偽りの仮面を剥ぎ取ってみせる。
その夜、私はほとんど眠ることができなかった。明日からの新しい生活への不安と、過去への怒りが入り混じり、心をかき乱した。しかし、不思議と絶望感はなかった。むしろ、この偽りに満ちた屋敷から離れられることに、僅かな解放感すら覚えていた。
21
あなたにおすすめの小説
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!
As-me.com
恋愛
完結しました。
説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。
気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。
原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。
えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!
腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!
私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!
眼鏡は顔の一部です!
※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。
基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。
途中まで恋愛タグは迷子です。
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる