追放された悪役令嬢は、氷の辺境伯に何故か過保護に娶られました ～今更ですが、この温もりは手放せません！？～

第三幕：過去の影、新たな運命の鍛造

第16話：迫り来る脅威／古き敵の再来

カシアン様との間に確かな絆が芽生え、グレイロック城での生活にもようやく安らぎを見出し始めた矢先、その平穏は突如として破られた。王都から、不穏な知らせが舞い込んできたのだ。

それは、カシアン様の密偵がもたらした情報だった。アラリック王子とイゾルデが、何やらグレイウォール領に対して不穏な動きを見せているという。表向きは、辺境の視察と称して、近々この地を訪れる予定だというのだ。

「視察だと……？　あの軟弱な王子が、わざわざこんな辺境まで来るというのか。何か裏があるに違いない」

カシアン様は苦々しげに呟いた。彼の表情は険しく、灰色の瞳には警戒の色が浮かんでいる。

「イゾルデも一緒なのでしょう？　彼女のことですから、きっと何か企んでいるに違いありませんわ」

私も不安を隠せなかった。イゾルデが、大人しくしているはずがない。彼女は、私がこの地で穏やかに暮らしていることすら許せないのだろう。

「おそらく、お前の評判をさらに貶めるか、あるいは、俺とヴァレリウス家の間に楔を打ち込もうという魂胆だろう。奴らは、お前が俺の庇護下にあることが面白くないのだ」

カシアン様の言葉は的を射ているように思えた。イゾルデは、私が完全に孤立し、不幸のどん底に突き落とされるのを見たいのだ。そのためなら、どんな卑劣な手段も厭わないだろう。

「私たちは、どうすれば……？」

「心配するな。ここは俺の領地だ。奴らが何を企んでいようと、好きにはさせん」

カシアン様は力強く言った。その言葉は頼もしかったが、私の不安は消えなかった。イゾルデの執念深さを、私は誰よりもよく知っている。

数日後、アラリック王子とイゾルデの一行が、グレイロック城に到着した。彼らは、まるで凱旋将軍のように尊大な態度で城に入り、私たちを見下すような視線を向けた。

「やあ、カシアン卿。セラフィナも、息災であったか。ずいぶんとやつれたようだが、辺境の暮らしは厳しいと見えるな」

アラリック王子は、わざとらしく私を気遣うような言葉を口にしたが、その声には嘲りが込められていた。

「ご心配には及びませんわ、アラリック殿下。私は、ここで元気に暮らしております」

私は毅然とした態度で答えた。彼らに弱みを見せるわけにはいかない。

「まあ、セラフィナお姉様。お久しぶりですわね。こんな寂しい場所で、お辛いでしょうに……。わたくし、お姉様のことが心配で、夜も眠れませんでしたのよ」

イゾルデは、いつものように猫なで声で私に近づき、偽りの同情を寄せた。その瞳の奥に、悪意に満ちた光が宿っているのが見て取れた。

「ありがとう、イゾルデ。でも、あなたの心配は無用よ。私は、ここでとても幸せに暮らしているのだから」

私の言葉に、イゾルデは一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの甘い微笑みに戻った。

「それならよろしゅうございましたわ。でも、お姉様が何か困ったことがあれば、いつでもわたくしに相談してくださいましね？　わたくし、お姉様の味方ですもの」

その言葉は、あまりにも白々しく、私の神経を逆撫でした。

彼らの滞在中、私たちは常に緊張を強いられた。イゾルデは事あるごとに私に絡み、嫌味を言ったり、わざと私を困らせるようなことをしたりした。アラリック王子も、そんなイゾルデを庇い、私を責めるような態度を取った。

（やはり、彼らは私を苦しめるために来たのだわ……）

私は唇を噛み締めた。しかし、もう以前の私ではない。私には、カシアン様がいる。そして、このグレイロック城の仲間たちがいる。決して、彼らの思い通りにはさせない。