追放された悪役令嬢は、氷の辺境伯に何故か過保護に娶られました ～今更ですが、この温もりは手放せません！？～

第二幕：霜降る大地に咲く希望の蕾

第15話：芽生えた信頼と新たな誓い

アーニャからの手紙を読んだ後、私はしばらく塞ぎ込んでいた。過去の裏切りや屈辱が蘇り、心が重く沈んでいたのだ。しかし、カシアン様の言葉と、彼が示してくれた揺るぎない信頼が、私を再び立ち上がらせてくれた。

「……セラフィナ、顔色が優れないようだが、大丈夫か？」

食事の席で、カシアン様が心配そうに私に尋ねた。彼の灰色の瞳には、確かな気遣いの色が浮かんでいる。

「……はい、少し考え事をしていただけですわ。もう大丈夫です」

私が無理に笑顔を作ると、彼は黙って頷き、そして、私の皿にそっと肉を取り分けてくれた。その不器用な優しさが、私の心を温かく包み込む。

（この人は、本当に変わったわ……ううん、私が変わったのかもしれない）

最初は冷酷で近寄りがたいと思っていた彼が、今では誰よりも頼りになり、安心できる存在になっている。それは、彼が私に心を開いてくれたからなのか、それとも、私が彼の本当の姿を見抜けるようになったからなのか。おそらく、その両方なのだろう。

その日の午後、私は城の庭園を散策していた。グレイロック城の庭園は、王都のそれとは比べ物にならないほど質素だったが、そこには厳しい自然の中で力強く生きる草花が植えられていた。その姿は、今の私自身と重なるようにも思えた。

ふと、庭園の隅に、一際美しい花が咲いているのを見つけた。それは、以前カシアン様が教えてくれた、スノーティアの花だった。純白の小さな花びらが、まるで雪の結晶のように輝いている。

（もう、そんな季節なのね……）

この北の地にも、確実に春が近づいている。そして、私の心にも、確かな希望の光が差し込んできている。

「……美しい花だろう」

不意に背後から声をかけられ、振り返ると、カシアン様が立っていた。彼は私の隣に並び、スノーティアの花を愛おしげに見つめている。

「はい。まるで、この土地の魂を映しているようですわ」

「……そうかもしれんな」

しばらく、二人で黙って花を眺めていた。穏やかで、満たされた時間が流れていく。

「セラフィナ」

やがて、カシアン様が私の名前を呼んだ。その声は、いつになく真剣な響きを帯びていた。

「はい」

「……俺は、お前と出会えて、良かったと思っている」

彼の突然の言葉に、私は息を飲んだ。顔が熱くなるのを感じる。

「私も……私も、カシアン様と出会えて、本当に良かったと思っておりますわ」

それは、私の偽らざる気持ちだった。この厳しくも美しい土地で、彼と共に生きる未来。それが、今の私にとって何よりも大切なものになっていた。

カシアン様は、私の言葉を聞くと、満足そうに頷き、そして、私の手をそっと握った。彼の大きな手は、温かく、そして力強かった。

「……これからも、共に歩んでくれるか」

「はい、喜んで」

私たちは、スノーティアの花の前で、新たな誓いを交わした。それは、言葉には出さなかったが、お互いの心の中ではっきりと響き合っていた。

過去の傷が完全に癒えることはないかもしれない。しかし、私たちは、それを乗り越えて未来へ進むことができる。この氷の土地で、二人で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられるはずだ。

私の心には、確かな信頼と愛情が芽生えていた。そして、それは、カシアン様も同じだと、私には分かっていた。私たちの物語は、まだ始まったばかりなのだ。