【悲報】氷の悪女と蔑まれた辺境令嬢のわたくし、冷徹公爵様に何故かロックオンされました!?~今さら溺愛されても困ります……って、あれ?

放浪人

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第四話:噂の公爵様と望まぬ夜会

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公爵様との奇妙な共同作業が始まってから、数週間が過ぎました。

灌漑設備の修繕計画は、公爵様が中央政府に働きかけてくださったおかげで、驚くほどの速さで予算が確保され、専門の技師たちも辺境の地に派遣されてまいりました。

わたくしは、その技師たちと領民たちの間を取り持ち、計画がスムーズに進むよう、日々奔走しておりました。

もちろん、最初は領民たちの反応は芳しくありませんでしたわ。

「氷の悪女様が、何を企んでいらっしゃるんだか」

「どうせ、俺たちをこき使うだけだろう」

そんな陰口が聞こえてくることも一度や二度ではございません。

けれど、わたくしは諦めませんでした。

一人一人に辛抱強く説明し、時には公爵様から学んだ知識を披露して彼らを納得させ、少しずつですが、彼らの信頼を勝ち取っていったのです。

ええ、それはもう、骨の折れる作業でしたわ。

公爵様は、そんなわたくしの様子を、相変わらず執務室の窓から、あるいは時折現場に足を運ばれては、冷徹な金の瞳で見守っておられました。

その視線は、以前のようなあからさまな侮蔑や疑念の色はなく、むしろ、何かを吟味するかのような、あるいは…ほんの少しだけ、評価するような光を宿しているように感じられることもございました。

(…まさか、ね)

そんな淡い期待を抱きそうになる自分を、わたくしはいつも必死で戒めておりましたけれど。

そんなある日のこと。

公爵様から、またしても突拍子もない命令が下されましたの。

「エレオノーラ嬢、明後日、隣町の領主が主催する夜会に出席しろ」

「…夜会、でございますか?」

わたくしは、思わず聞き返しました。

この「氷の悪女」とまで呼ばれるわたくしが、社交の場に出るなど、正気の沙汰とは思えません。

「そうだ。その夜会には、中央から有力な貴族も何名か出席する。彼らに、ヴァインベルク領の現状と、我々が進めている再建計画について説明し、さらなる支援を取り付ける良い機会だ」

「しかし、公爵様…わたくしのような者がそのような場に出席すれば、かえって皆様にご迷惑をおかけするのでは…」

「案ずるな。お前は、私のエスコートで出席するのだからな」

「こ、公爵様の…エスコート…!?」

あまりのことに、わたくしは言葉を失いました。

あの、帝国一冷徹と名高いアレクシス公爵様が、この「氷の悪女」をエスコートして夜会に出席なさるですって?

そんなことが知れ渡れば、王都の社交界は蜂の巣をつついたような大騒ぎになるに違いありませんわ!

「これは決定事項だ。異論は認めん」

公爵様は、有無を言わせぬ口調でそうおっしゃると、さっさと執務室を出て行ってしまわれました。

残されたわたくしは、ただ呆然と立ち尽くすばかり。

(ああ、もう、どうしてこの方は、いつもいつもこうなのでしょう…!)

わたくしの平穏な(?)辺境での生活は、この公爵様の登場によって、完全に掻き乱されてしまっておりますわ!

そして、二日後。

わたくしは、アンナがどこからか探し出してきた、数年前の流行遅れのドレスを身にまとい、公爵様の用意された豪奢な馬車に揺られておりました。

もちろん、隣には、氷の彫像のように美しい、けれどどこか不機嫌そうな公爵様が座っておられます。

道中、ほとんど会話はございません。

重苦しい沈黙が、馬車の中を満たしておりました。

(ああ、胃が痛いわ…)

わたくしは、何度目か分からない溜息を、心の中でそっとつきました。

夜会の会場である隣町の領主の館は、辺境とは思えぬほど立派で、煌びやかなシャンデリアが眩い光を放っておりました。

次々と到着する馬車から降り立つのは、着飾った貴族の男女たち。

その誰もが、自信に満ち溢れ、華やかな笑顔を浮かべております。

それに比べて、わたくしは…

まるで、場違いな場所に迷い込んでしまった、みすぼらしい小鳥のようですわ。

「…何を緊張している。堂々としていろ」

不意に、隣から低い声が聞こえました。

見れば、公爵様が、相変わらず無表情ながらも、わずかに眉を寄せてわたくしを見ておられます。

「…申し訳ございません。ですが、わたくしのような者が、このような華やかな場に…」

「お前は、私のエスコートで来たのだ。何も臆することはない」

そう言うと、公爵様はすっと右腕を差し出されました。

わたくしは、一瞬戸惑いましたが、恐る恐る、その逞しい腕に自分の手を重ねます。

彼の腕は、まるで鋼のように硬く、そして、意外なほど温かでした。

その温もりに、ほんの少しだけ、緊張が和らぐのを感じましたわ。

会場に入ると、案の定、わたくしたちの姿は注目の的となりました。

特に、公爵様がわたくしをエスコートしているという事実に、周囲の貴族たちは驚きを隠せない様子で、ひそひそと噂話をしているのが聞こえてまいります。

「まあ、あの方がアレクシス公爵様…? なんて素敵な方…!」

「でも、隣にいるのは誰かしら? 見かけない顔ですわね…」

「まさか、あれが噂のヴァインベルクの…『氷の悪女』…!?」

(ええ、ええ、そうですわよ。わたくしが、その『氷の悪女』ですわ。何かご不満でも?)

心の中でそう毒づきながらも、わたくしは努めて無表情を装い、公爵様の隣を歩きました。

公爵様は、そんな周囲の視線など全く意に介さず、堂々とした態度で会場を進んでいかれます。

そして、何人かの有力な貴族たちに声をかけ、わたくしを「ヴァインベルク領の再建計画における重要な協力者だ」と紹介してくださったのです。

もちろん、その紹介の言葉に、貴族たちは一様に驚いたような顔をいたしましたけれど。

中には、あからさまにわたくしを侮蔑するような視線を向けてくる方もおりましたわ。

けれど、公爵様が傍にいてくださるおかげで、不思議と、以前のような絶望的な孤独感は感じませんでした。

むしろ、彼のその毅然とした態度が、わたくしにとって何よりも心強い盾となっているように思えたのです。

しばらくして、音楽が始まり、ダンスタイムとなりました。

わたくしは、当然のように壁の花となるつもりでおりましたのに、

「エレオノーラ嬢、一曲踊っていただけるかな?」

と、公爵様から、まさかのお誘いが。

「え…!? わ、わたくしと、でございますか…!?」

「他に誰がいるというのだ?」

きょとんとした顔で(あくまでわたくしにはそう見えました)おっしゃる公爵様に、わたくしはもう、驚きのあまり言葉もございません。

周囲の令嬢たちの、羨望と嫉妬の入り混じった視線が、まるで針のように突き刺さってまいります。

(ああ、もう、どうにでもなれ、ですわ!)

半ばヤケクソな気持ちで公爵様の手を取り、ダンスフロアへと進み出ました。

幸い、ダンスの心得はございましたので、ぎこちないながらも、なんとか公爵様のリードについていくことができました。

間近で見る公爵様のお顔は、やはり彫刻のように整っていて、その金の瞳は、どこか遠くを見つめているかのよう。

けれど、その瞳の奥に、ほんのわずかな、本当にごくわずかな、優しい光が宿っているように見えたのは、きっとシャンデリアの光のせいなのでしょうね。

「…お前は、自分が思っているよりも、ずっと美しい」

不意に、公爵様がそう囁かれました。

その声は、あまりにも低く、そして甘く響いて、わたくしの心臓は、またしても大きく跳ね上がりましたわ。

「え…?」

「そのドレスも、よく似合っている」

「あ、ありがとうございます…」

顔が、カッと熱くなるのを感じました。

いけません、エレオノーラ。

この方は、きっと社交辞令でおっしゃっているだけ。

本気にしてはいけませんわ。

そう自分に言い聞かせながらも、わたくしの心は、まるで春の陽気に誘われた蝶のように、ふわふわと舞い上がってしまっておりました。

ダンスが終わり、わたくしたちはフロアの隅へと戻りました。

その後も、公爵様はわたくしを傍に置き、何人かの貴族たちと談笑されたり、時には真剣な面持ちでヴァインベルク領への支援を訴えたりしておられました。

その姿は、いつもの冷徹な「氷の公爵」様でありながら、どこか、人間味あふれる情熱も感じさせて、わたくしは、知らず知らずのうちに、彼の横顔に見入ってしまっておりましたわ。

(この方は、本当に、不思議な方…)

冷たいのか、温かいのか。

厳しいのか、優しいのか。

そのどちらもが、彼という人間の中で、矛盾なく存在しているように思えるのです。

夜会も終わりに近づいた頃、一人の若い令嬢が、頬を上気させながら公爵様に近づいてまいりました。

「あ、あの、アレクシス公爵様…! わたくし、マーガレットと申しますわ! もしよろしければ、今度、わたくしと…」

その令嬢の言葉を遮るように、公爵様はきっぱりとおっしゃいました。

「申し訳ないが、私はエレオノーラ嬢以外の女性と親しくするつもりはない」

え…!?

今、この方は、なんとおっしゃいました…?

わたくし以外の女性と、親しくするつもりはない…?

その言葉は、あまりにも衝撃的で、わたくしだけでなく、その場にいた全ての人が息を呑んだのが分かりました。

マーガレットと名乗った令嬢は、顔を真っ赤にして俯くと、そのまま逃げるように去っていきましたわ。

残されたのは、気まずい沈黙と、そして、わたくしの胸の中で鳴り響く、激しい動悸だけ。

(公爵様…あなたは、一体…)

彼の真意が、ますます分からなくなってしまいました。

けれど、一つだけ確かなことは、この望まぬ夜会で、わたくしの心は、かつてないほどに揺さぶられてしまった、ということでした。

それは、決して不快な揺らぎではなく、むしろ、どこか心地よい、温かな波紋のようでもありましたけれど。
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