14 / 31
第14話:王都への道と、募る想い
しおりを挟む
王都への道は、来た時とは比べ物にならないほど、長く、そして辛いものだった。
罪人用の、窓もない護送用の馬車に押し込められ、私はただ、揺れに耐えるしかなかった。
自由など、どこにもない。
護衛の騎士たちは、私を人間として扱わなかった。
食事は、日に一度、硬い黒パンと水だけが、無造作に放り込まれる。
彼らが交わす会話の端々から、「偽聖女」「公爵様を誑かした女狐」といった侮蔑の言葉が、容赦なく私の耳に突き刺さった。
そして、私の隣を馬で並走するイザベラは、ことあるごとに私に嫌味を言ってくる。
休憩のたびに、わざわざ馬車の小窓を開けて、私の顔を覗き込み、嘲笑を浮かべるのだ。
「あなたみたいな偽物が、アレクシス公爵のような気高い方を誑かすなんて、本当に万死に値するわ」
「その力は、アルフォンス王太子殿下と、この国のために捧げるものよ。勘違いしないでちょうだいね」
その言葉の数々を、私はただ、感情を殺して黙って聞き流していた。
反論する気力もなかったし、彼女の目的が私の力を利用することである以上、下手に刺激して、アレクシス様に更なる危害が及ぶのだけは、避けたかったからだ。
私の心は、ずっと、ずっと、辺境の地に残してきた彼のことでいっぱいだった。
(アレクシス様、今頃どうしているだろう……)
(ちゃんと、食事はとっているかな……)
私が去った後、あの荒れ果てた大地は、どうなってしまうのだろうか。
私がそばにいなければ、また元の、あの生命の気配のない、死んだ土地に戻ってしまうのではないだろうか。
そうなれば、彼の呪いの苦痛も、また酷くなってしまうかもしれない。
あの、地獄のような夜が、また彼を襲うのかもしれない。
そう思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
私が彼を守るために選んだこの道は、結果的に、彼をさらに苦しめることになっているのではないか。
その矛盾が、重い鎖のように、私を苛む。
でも、後悔はしていない。
あのまま抵抗していれば、もっと最悪の事態になっていたはずだ。
彼が王家と戦い、血を流す姿なんて、絶対に見たくない。
(私が、強くならなくちゃ)
今は耐える時だ。
イザベラの言う通り、私の力が必要だというのなら、それを逆手に取ってやればいい。
王都で力を示し、発言権を得て、そして必ず、彼の元へ帰るための道筋を、この手で作る。
「……何を考えているのか知らないけれど、無駄なことは考えない方が身のためよ」
私の考えを見透かしたように、イザベラの冷たい声が、再び小窓から投げかけられた。
「あなたは、私たちの言う通りに、大人しく力を提供していればいいの。そうすれば、辺境の公爵様の身の安全も、保証してあげなくもないわ」
それは、紛れもない脅迫だった。
アレクシス様の命を、彼の領民たちの命を、人質に取られているのと同じだ。
「……承知しています」
私は、全ての感情を心の奥底に沈めて、そう答えた。
数日後、見慣れた王都の高い城壁が、馬車の隙間から見えてきた。
活気に満ちた街並み。
ついこの間まで、私が絶望の中で彷徨っていた場所。
でも、今はもう、あの頃の私ではない。
私には、帰る場所がある。
待っていてくれる人がいる。
その想いだけが、私を支える、唯一の、か細い光だった。
(アレクシス様……)
心の中で、彼の名前を呼ぶ。
触れることさえ許されない、不器用で、孤独で、優しい人。
あなたのその孤独を、私が終わらせるんだ。
必ず。
馬車は王宮の門をくぐり、中庭で乱暴に止められた。
外に引きずり出された私を待っていたのは、勝ち誇ったような、歪んだ笑みを浮かべるアルフォンス王太子だった。
「よくやった、イザベラ。そして、ご苦労だったな、偽聖女リリアーナ」
王太子は、私を汚物でも見るかのような目で一瞥すると、騎士たちに顎でしゃくって命じた。
「この女を、地下の部屋へ連れて行け。逃げ出さぬよう、厳重に見張っておけよ」
「お待ちください、王太子殿下!」
イザベラが、慌てたように声を上げた。
「リリアーナは、客人としてもてなすべきです。彼女の力が必要なのでしょう?」
「フン、偽物に客人の資格などないわ。それに、少し灸を据えてやらねば、自分がどんな惨めな立場か忘れそうだからな。力の使い方は、その後で考えればいい」
王太子の冷酷な言葉に、イザベラの顔がわずかに引きつった。
彼女も、ここまでの仕打ちは予想していなかったのかもしれない。
彼女の計画が、彼女の思惑通りには進んでいない。
逆らうこともできず、私は騎士たちに腕を引かれ、冷たく暗い、城の奥深くへと連れて行かれた。
最後に見たイザベラの顔は、美しい顔に、焦りの色が浮かんでいるように見えた。
それが、これから始まる新たな戦いの、ほんの序章に過ぎないことを、私はまだ知らなかった。
本当の地獄は、ここから始まるのだ。
罪人用の、窓もない護送用の馬車に押し込められ、私はただ、揺れに耐えるしかなかった。
自由など、どこにもない。
護衛の騎士たちは、私を人間として扱わなかった。
食事は、日に一度、硬い黒パンと水だけが、無造作に放り込まれる。
彼らが交わす会話の端々から、「偽聖女」「公爵様を誑かした女狐」といった侮蔑の言葉が、容赦なく私の耳に突き刺さった。
そして、私の隣を馬で並走するイザベラは、ことあるごとに私に嫌味を言ってくる。
休憩のたびに、わざわざ馬車の小窓を開けて、私の顔を覗き込み、嘲笑を浮かべるのだ。
「あなたみたいな偽物が、アレクシス公爵のような気高い方を誑かすなんて、本当に万死に値するわ」
「その力は、アルフォンス王太子殿下と、この国のために捧げるものよ。勘違いしないでちょうだいね」
その言葉の数々を、私はただ、感情を殺して黙って聞き流していた。
反論する気力もなかったし、彼女の目的が私の力を利用することである以上、下手に刺激して、アレクシス様に更なる危害が及ぶのだけは、避けたかったからだ。
私の心は、ずっと、ずっと、辺境の地に残してきた彼のことでいっぱいだった。
(アレクシス様、今頃どうしているだろう……)
(ちゃんと、食事はとっているかな……)
私が去った後、あの荒れ果てた大地は、どうなってしまうのだろうか。
私がそばにいなければ、また元の、あの生命の気配のない、死んだ土地に戻ってしまうのではないだろうか。
そうなれば、彼の呪いの苦痛も、また酷くなってしまうかもしれない。
あの、地獄のような夜が、また彼を襲うのかもしれない。
そう思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
私が彼を守るために選んだこの道は、結果的に、彼をさらに苦しめることになっているのではないか。
その矛盾が、重い鎖のように、私を苛む。
でも、後悔はしていない。
あのまま抵抗していれば、もっと最悪の事態になっていたはずだ。
彼が王家と戦い、血を流す姿なんて、絶対に見たくない。
(私が、強くならなくちゃ)
今は耐える時だ。
イザベラの言う通り、私の力が必要だというのなら、それを逆手に取ってやればいい。
王都で力を示し、発言権を得て、そして必ず、彼の元へ帰るための道筋を、この手で作る。
「……何を考えているのか知らないけれど、無駄なことは考えない方が身のためよ」
私の考えを見透かしたように、イザベラの冷たい声が、再び小窓から投げかけられた。
「あなたは、私たちの言う通りに、大人しく力を提供していればいいの。そうすれば、辺境の公爵様の身の安全も、保証してあげなくもないわ」
それは、紛れもない脅迫だった。
アレクシス様の命を、彼の領民たちの命を、人質に取られているのと同じだ。
「……承知しています」
私は、全ての感情を心の奥底に沈めて、そう答えた。
数日後、見慣れた王都の高い城壁が、馬車の隙間から見えてきた。
活気に満ちた街並み。
ついこの間まで、私が絶望の中で彷徨っていた場所。
でも、今はもう、あの頃の私ではない。
私には、帰る場所がある。
待っていてくれる人がいる。
その想いだけが、私を支える、唯一の、か細い光だった。
(アレクシス様……)
心の中で、彼の名前を呼ぶ。
触れることさえ許されない、不器用で、孤独で、優しい人。
あなたのその孤独を、私が終わらせるんだ。
必ず。
馬車は王宮の門をくぐり、中庭で乱暴に止められた。
外に引きずり出された私を待っていたのは、勝ち誇ったような、歪んだ笑みを浮かべるアルフォンス王太子だった。
「よくやった、イザベラ。そして、ご苦労だったな、偽聖女リリアーナ」
王太子は、私を汚物でも見るかのような目で一瞥すると、騎士たちに顎でしゃくって命じた。
「この女を、地下の部屋へ連れて行け。逃げ出さぬよう、厳重に見張っておけよ」
「お待ちください、王太子殿下!」
イザベラが、慌てたように声を上げた。
「リリアーナは、客人としてもてなすべきです。彼女の力が必要なのでしょう?」
「フン、偽物に客人の資格などないわ。それに、少し灸を据えてやらねば、自分がどんな惨めな立場か忘れそうだからな。力の使い方は、その後で考えればいい」
王太子の冷酷な言葉に、イザベラの顔がわずかに引きつった。
彼女も、ここまでの仕打ちは予想していなかったのかもしれない。
彼女の計画が、彼女の思惑通りには進んでいない。
逆らうこともできず、私は騎士たちに腕を引かれ、冷たく暗い、城の奥深くへと連れて行かれた。
最後に見たイザベラの顔は、美しい顔に、焦りの色が浮かんでいるように見えた。
それが、これから始まる新たな戦いの、ほんの序章に過ぎないことを、私はまだ知らなかった。
本当の地獄は、ここから始まるのだ。
118
あなたにおすすめの小説
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
国に尽くして200年、追放されたので隣国の大賢者様に弟子入りしました。もう聖女はやりません。
香木陽灯
恋愛
聖女は217歳!?
ルティシア国の聖女であるニーナは、不老不死の存在として国を200年間支えていた。
ルティシア国境のみに発生する瘴気の浄化や人々の治癒。
ニーナは毎日人々のために聖女の力を使い続けていた。
しかし、ある日突然王子に国外追放を言い渡される。
それも聖女の座を恋人に渡したいという馬鹿らしい理由で……
聖女の力を奪われ追放されたニーナは、隣国セレンテーゼ帝国の大賢者に弟子入りを決意する。
「力が使えないなら知識をつければいいわけよ」
セレンテーゼの大賢者フェルディナンドはルティシア嫌いで有名だったが、なぜかニーナには優しくて……
「貴女の目を見れば誠実な人であることくらい分かります」
フェルディナンドのもとで暮らすことになったニーナは、大賢者の弟子として街の人々の困りごとを助けていく。
人々の信頼を勝ち取り、ついには皇帝陛下にも認められるニーナ。
一方、ルティシアでは新聖女が役目を果たせず国が荒れ始めていた。
困り果てた王子はニーナの力を借りようとするが……
ニーナを追放したルティシア、受け入れたセレンテーゼ。
それぞれが異なる問題を抱え、やがて聖女の力に翻弄され始める。
その裏には糸を引く人物がいるようで……。
※ふんわり設定です
【完結】悪役令嬢は折られたフラグに気が付かない〜王子たちは悪役令嬢の平穏を守れるのか!?〜【全23話+おまけ2話】
早奈恵
恋愛
エドウィン王子から婚約破棄されて、修道院でいじめ抜かれて死んでしまう予知夢を見た公爵令嬢アデリアーナは、男爵令嬢のパナピーアに誘惑されてしまうはずの攻略対象者との出会いを邪魔して、予知夢を回避できるのか試そうとする。
婚約破棄への道を自分で潰すつもりなのに、現実は何だか予知夢の内容とどんどんかけ離れて、知らないうちに話が進んでいき……。
宰相インテリ子息、騎士団長の脳筋子息、実家を継ぐために養子になったわんこ系義弟、そして婚約者の王太子エドウィンが頑張る話。
*リハビリに短編を書く予定が中編くらいになってしまいましたが、すでにラストまで書き終えている完結確約作品です。全23話+おまけ2話、よろしくお願いします。
*短い期間ですがHOTランキング1位に到達した作品です。
婚約破棄された宮廷薬師、辺境を救い次期領主様に溺愛される
希羽
恋愛
宮廷薬師のアイリスは、あらゆる料理を薬学と栄養学に基づき、完璧な「薬膳」へと昇華させる類稀なる才能の持ち主。
しかし、その完璧すぎる「効率」は、婚約者である騎士団の副団長オスカーに「君の料理には心がない」と断じられ、公衆の面前で婚約を破棄される原因となってしまう。
全てを失ったアイリスが新たな道として選んだのは、王都から遠く離れた、貧しく厳しい北の辺境領フロスラントだった。そこで彼女を待っていたのは、謎の奇病に苦しむ領民たちと、無骨だが誰よりも民を想う代理領主のレオン。
王都で否定された彼女の知識と論理は、この切実な問題を解決する唯一の鍵となる。領民を救う中で、アイリスは自らの価値を正当に評価してくれるレオンと、固い絆を結んでいく。
だが、ようやく見つけた安住の地に、王都から一通の召喚状が届く。
虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~
星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。
しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。
これで私の人生も終わり…かと思いきや。
「ちょっと待った!!」
剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。
え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか?
国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。
虐げられた日々はもう終わり!
私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!
冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました
富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。
転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。
でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。
別にそんな事望んでなかったんだけど……。
「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」
「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」
強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。
※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。
若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。
長岡更紗
恋愛
侯爵令嬢だったユリアーナは、第一王子のディートフリートと十歳で婚約した。
仲睦まじく過ごしていたある日、父親の死をきっかけにどん底まで落ちたユリアーナは婚約破棄されてしまう。
愛し合う二人は、離れ離れとなってしまったのだった。
ディートフリートを待ち続けるユリアーナ。
ユリアーナを迎えに行こうと奮闘するディートフリート。
二人に巻き込まれてしまった、男装の王弟。
時に笑い、時に泣き、諦めそうになり、奮闘し……
全ては、愛する人と幸せになるために。
他サイトと重複投稿しています。
全面改稿して投稿中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる