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第18話 商会の笑顔
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(視点:レージ)
応接間の空気は、張り詰めていた。
ソファに座っているのは、丸々と太った男。
商会連盟の北部支部長、ガストンと名乗った。
顔じゅうに愛想笑いの皺(しわ)を寄せているが、その目は値踏みをするように細められている。
「いやあ、素晴らしい! あの『白夜焼き』、実に画期的ですなぁ。雪国ならではの知恵! これなら軍の携帯食としても売れますぞ」
ガストンが大げさな身振りで捲(まく)し立てる。
リディア様は私の隣で、退屈そうに扇子を扇いでいた。
「……どうでもいいわ。そんな貧乏くさいお菓子、私の名前で売らないで頂戴」
「おやおや、ご謙遜を。……そこでですな、我々商会連盟が製造と販売を一手に引き受けましょう。公爵家には売上の二割を……」
「五割だ」
私が口を挟むと、ガストンの笑顔がピクリと固まった。
「……執事風情が、口を挟まないでいただきたい」
「主の代理として申し上げております。あの菓子の利点は、白夜領の廃棄素材である雪胡桃を活用できる点にあります。製造は全てこの領内で行い、商会には『輸送と販売』のみを委託する。その対価として、冬の間の生活物資を通常の三割引きで優先的に搬入していただきたい」
ガストンの額に汗が滲(にじ)む。
彼はただのレシピ買い取りだと思っていたのだろう。
だが、リディア様が偶然生み出したあの菓子は、物流の交渉カードとして最強だった。
軍隊食としての需要を見込めば、商会としても喉から手が出るほど欲しい商材だ。
「……五割は暴利だ」
「では他を当たります。王家御用達の商会に話を持っていっても構いませんが?」
「……ちっ」
ガストンは舌打ちを飲み込み、再び愛想笑いを貼り付けた。
「わかりました。……では、契約書を作りましょう」
彼が鞄から取り出した羊皮紙には、すでに細かい条文が書かれていた。
私はそれを一瞥(いちべつ)し、ペンを取る。
紙の上をペン先が走るサラサラという音だけが、部屋に響く。
物流を握る。
これで、雪に閉ざされた白夜領の生命線を確保できる。
署名を終え、ガストンが封蝋(ふうろう)を垂らす。
赤い蝋が溶ける独特の匂い。
彼が指輪の印章を押し付けると、ジュッという音と共に紋章が刻まれた。
「……?」
私がその印を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
商会連盟の天秤の紋章。
だが、その天秤の支柱のデザインが、本来のものとは微妙に異なっている。
支柱が十字にクロスし、先端が太陽のように割れている。
(……光輪教会の意匠か?)
商人と教会。
本来なら水と油のはずの両者が、なぜ混じり合っている?
ガストンは私の視線に気づかず、満足げに契約書を鞄にしまった。
「良い取引でした。……そうそう、リディア様。王都では最近、面白い噂が流れておりますよ」
帰り際、彼は世間話のように切り出した。
その声には、粘りつくような悪意が含まれていた。
「『聖女様が悪を裁く準備をされている』と。……心当たりがおありかな?」
リディア様の扇を持つ手が、わずかに止まる。
ガストンはそれを見て、にんまりと笑い、部屋を出て行った。
扉が閉まる音。
部屋に残ったのは、冷え切った封蝋の匂いと、得体の知れない不安だけだった。
商会はただの金儲け集団ではない。
その背後には、もっと巨大で、ドス黒い何かが蠢(うごめ)いている。
私は手袋の指先を強く握りしめた。
この契約は、リディア様を守る盾となるか、それとも彼女を縛る鎖となるか。
まだ、判断がつかなかった。
応接間の空気は、張り詰めていた。
ソファに座っているのは、丸々と太った男。
商会連盟の北部支部長、ガストンと名乗った。
顔じゅうに愛想笑いの皺(しわ)を寄せているが、その目は値踏みをするように細められている。
「いやあ、素晴らしい! あの『白夜焼き』、実に画期的ですなぁ。雪国ならではの知恵! これなら軍の携帯食としても売れますぞ」
ガストンが大げさな身振りで捲(まく)し立てる。
リディア様は私の隣で、退屈そうに扇子を扇いでいた。
「……どうでもいいわ。そんな貧乏くさいお菓子、私の名前で売らないで頂戴」
「おやおや、ご謙遜を。……そこでですな、我々商会連盟が製造と販売を一手に引き受けましょう。公爵家には売上の二割を……」
「五割だ」
私が口を挟むと、ガストンの笑顔がピクリと固まった。
「……執事風情が、口を挟まないでいただきたい」
「主の代理として申し上げております。あの菓子の利点は、白夜領の廃棄素材である雪胡桃を活用できる点にあります。製造は全てこの領内で行い、商会には『輸送と販売』のみを委託する。その対価として、冬の間の生活物資を通常の三割引きで優先的に搬入していただきたい」
ガストンの額に汗が滲(にじ)む。
彼はただのレシピ買い取りだと思っていたのだろう。
だが、リディア様が偶然生み出したあの菓子は、物流の交渉カードとして最強だった。
軍隊食としての需要を見込めば、商会としても喉から手が出るほど欲しい商材だ。
「……五割は暴利だ」
「では他を当たります。王家御用達の商会に話を持っていっても構いませんが?」
「……ちっ」
ガストンは舌打ちを飲み込み、再び愛想笑いを貼り付けた。
「わかりました。……では、契約書を作りましょう」
彼が鞄から取り出した羊皮紙には、すでに細かい条文が書かれていた。
私はそれを一瞥(いちべつ)し、ペンを取る。
紙の上をペン先が走るサラサラという音だけが、部屋に響く。
物流を握る。
これで、雪に閉ざされた白夜領の生命線を確保できる。
署名を終え、ガストンが封蝋(ふうろう)を垂らす。
赤い蝋が溶ける独特の匂い。
彼が指輪の印章を押し付けると、ジュッという音と共に紋章が刻まれた。
「……?」
私がその印を見た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
商会連盟の天秤の紋章。
だが、その天秤の支柱のデザインが、本来のものとは微妙に異なっている。
支柱が十字にクロスし、先端が太陽のように割れている。
(……光輪教会の意匠か?)
商人と教会。
本来なら水と油のはずの両者が、なぜ混じり合っている?
ガストンは私の視線に気づかず、満足げに契約書を鞄にしまった。
「良い取引でした。……そうそう、リディア様。王都では最近、面白い噂が流れておりますよ」
帰り際、彼は世間話のように切り出した。
その声には、粘りつくような悪意が含まれていた。
「『聖女様が悪を裁く準備をされている』と。……心当たりがおありかな?」
リディア様の扇を持つ手が、わずかに止まる。
ガストンはそれを見て、にんまりと笑い、部屋を出て行った。
扉が閉まる音。
部屋に残ったのは、冷え切った封蝋の匂いと、得体の知れない不安だけだった。
商会はただの金儲け集団ではない。
その背後には、もっと巨大で、ドス黒い何かが蠢(うごめ)いている。
私は手袋の指先を強く握りしめた。
この契約は、リディア様を守る盾となるか、それとも彼女を縛る鎖となるか。
まだ、判断がつかなかった。
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