悪役令嬢ですが、二度目は無能で通します……なので執事は黙っててください

放浪人

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第20話 残り半年

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カレンダーの日付を指でなぞる。
王都を出てから一ヶ月が過ぎようとしていた。
あと五ヶ月。
断罪の日までの砂時計は、止まることなく落ち続けている。

私は決めた。
もう、部屋から出ない。
厨房にも、温室にも、事務室にも行かない。
これ以上、何かをして「有能さ」の欠片(かけら)でも見せれば、それは王都への燃料になる。
『悪女は北の地で力を蓄えている』などと噂されれば、断罪の口実を与えてしまうからだ。

「……今日は一日、寝ているわ」

朝、レージにそう告げて、私は布団を頭まで被った。
食事も部屋で摂る。
誰とも会わない。
ただの、病弱で無気力な令嬢として、存在感を消すのだ。

窓の外は今日も吹雪だ。
風の音が、遠い叫び声のように聞こえる。
私は耳を塞ぎ、目を閉じた。
何も見ない。何も聞かない。
そうすれば、何も起きないはずだ。

(……でも)

瞼(まぶた)の裏に、村人たちの顔が浮かぶ。
湯屋で笑っていた老人たち。
薬草のおかげで熱が下がったと喜んでいた母親。
私の作った硬いお菓子を齧(かじ)りながら、仕事に精を出す男たち。

私が動けば、彼らは助かる。
私が黙れば、彼らは苦しむ。
その天秤が、私の胸の中でギシギシと揺れていた。

その時だった。

バンッ!

乱暴に扉が開く音がした。
レージではない。彼は絶対にこんな開け方はしない。

「リディア様! 大変です!」

飛び込んできたのは、薬師見習いのユイだった。
彼女は雪まみれで、顔面蒼白になり、肩で息をしている。

「……何よ。私は寝ていると……」

「湯屋で事故が! ボイラーの管が破裂して……子供が!」

「え……?」

「ノアさんの息子が、蒸気を浴びて……意識がないんです! お医者様は隣村に行っていて……この吹雪じゃ戻れません!」

ユイが泣きながら叫ぶ。
私の心臓が、冷たい手で鷲掴みにされたように縮み上がった。

湯屋。
私が適当な指示で直させた、あのボイラー。
私のせいだ。
私が中途半端に知識を使って、根本的な修理をしなかったから。

「助けてください! リディア様なら、何か……!」

ユイは縋(すが)るような目で私を見る。
行ってはいけない。
行けば、私はまた「何かできる人」になってしまう。
それは自殺行為だ。

けれど。

「……っ」

湯気の熱さではなく、血の気が引くような冷たさが全身を駆け巡る。
子供が死ぬ。
私のせいで。
それを見殺しにしてまで、私は自分の命を守りたいのか?

「……レージは?」

「村長と一緒に、瓦礫(がれき)の撤去を……」

私はガバッと布団を跳ね除けた。
何も考えられなかった。
ただ、体が勝手に動いていた。

「行くわよ」

「え?」

「薬箱と、一番綺麗なシーツを持ってきなさい! 急いで!」

私は寝間着の上に適当にコートを羽織り、部屋を飛び出した。
廊下の冷気が顔を打ちつける。
黙っていれば生き残れる。
でも、黙っていれば、誰かが死ぬ。
その現実が、私の「無能」という仮面を、内側から食い破ろうとしていた。
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