悪役令嬢ですが、二度目は無能で通します……なので執事は黙っててください

放浪人

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第21話 湯気の中の叫び

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濡れた髪が、外気に触れて瞬時に凍りついていく。
バリバリという小さな音が耳元で鳴るたびに、ここが死に近い場所なのだと突きつけられるようだった。

「どいて! 邪魔よ!」

私は湯気の充満する湯屋の脱衣所に踏み込み、野次馬になっている村人たちを怒鳴りつけた。
視線の先には、ぐったりと横たわる少年がいる。
湯屋の女将、ノアの息子だ。
破裂した配管から噴き出した高温の蒸気を浴びたらしく、腕と胸の皮膚が赤く爛(ただ)れている。

「レオ! レオ、目を開けて!」

ノアが半狂乱で息子の体を揺さぶっている。
その手つきが危なっかしくて、私は思わず駆け寄った。

「揺するな! ショック状態で死ぬわよ!」

「ひっ……リ、リディア様……?」

「その子を平らな板の上に寝かせて。足を高くして心臓に血を戻すの。それから、雪を持ってきて! 清潔な桶に入れてね!」

矢継ぎ早に指示を飛ばす。
私の剣幕に圧された男たちが、慌てて外へ飛び出していく。
無能な令嬢? そんな設定、今はどうでもいい。
目の前で子供の呼吸が浅くなっているのだ。
気道が熱傷で腫れ上がれば、窒息する。

「水! 冷たい水を患部にかけ続けて!」

運ばれてきた雪解け水を、手桶で慎重に、しかし絶え間なくかける。
少年の体温を奪いすぎないよう、爛れた部分だけに狙いを定めて。
ジュッ、と音がしそうなほどの熱気が、冷水によって和らげられていく。

「薬……薬はないの!?」

ノアが叫ぶ。
医者はいない。この吹雪では、隣村から戻るのに二日はかかる。
その間に感染症を起こせば終わりだ。

(……ある。私が作らせた、あれが)

私は懐から、ハンカチに包んだ乾燥薬草を取り出した。
ユイに指示して作らせた、強力な消炎作用を持つ「青雪草(せいせつそう)」のドライハーブだ。
これをすり潰して軟膏にすれば、熱を吸い出し、痛みを劇的に抑えることができる。
だが、それを使えばバレる。
私がただの無能ではなく、薬学の知識を持つ者だと。

少年の苦悶(くもん)の表情。
ノアの絶望に染まった瞳。
私の脳裏に、断罪の日に見た民衆の顔が重なる。
あの時、誰も私を助けなかった。だから私も助けなくていい?
……違う。
私は、あの断罪の場にいた「見ているだけの人々」になりたくない。

「ユイ! これを!」

私は背後をついてきていたユイに薬草を投げ渡した。

「いつもの手順でペーストにしなさい。オイルがないなら、厨房からバターを持ってきて混ぜて!」

「は、はい!」

「それから、清潔な雪麻布(ゆきあさぬの)を持ってきて。傷口を覆うわ」

私は自分のコートを脱ぎ捨て、腕まくりをした。
ドレスの袖が汚れようが構わない。
震える少年の手を握り、脈を確認する。
弱いけれど、まだ打っている。

「……助かるわ。私が許可しない限り、死ぬなんて許さない」

傲慢な言葉。
けれど、それは自分自身を鼓舞するための祈りでもあった。
処置を続ける私の背後で、いつの間にかレージが立っていた。
彼は止めようとしたのか、手が半ばまで伸びていて、けれどそのまま空中で止まっていた。
その瞳が、驚愕(きょうがく)と、痛ましいほどの理解に揺れているのが見えた。

「……もう、遅いですね」

彼が小さく呟く声が聞こえた。
ええ、遅いわ。
私はもう、踏み越えてしまった。
湯気の中で、私は「無能なリディア」を殺し、「領主リディア」として蘇ってしまったのだから。
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